無料で読める最高の金融政策講義七選
日本銀行の白川総裁が、二人の副総裁の任期満了に合わせて、つまり新しい体制のスタートを向いた形で、三月に辞任する。特に最近は、政府から強い批判を浴びる中で、日本および世界経済の現状と金融政策について、丹念な説明を繰り返していた。その内容は、彼の外見の印象とは対照的に、実に骨太の、知識と経験とに裏打ちされた、いつでも力強いものだ。それらを目にしたこと、耳にしたことのない方も多いと思うので、数多ある彼の素晴らしい講演の中から、僕の好みで、いくつか選んでみたいと思う。これらは結果的に、最高の金融政策講義になるだろう。現首相をはじめとして、ヒステリックな日銀批判を見かけることは多いが、そしてまた一体何が本当なのか、よくわからないと感じられている方も多いと思うが、他のどんな「教科書」を当たるよりも、この無料で読める講演群に、まず目を通されてみてはいかがかと思う。いかに稀有な人材を、我々は中銀総裁として持ったのか、「財金分離」を主張し彼を選んだ民主党が、その意図にかかわらず、結果的にどれだけ大きな仕事をしたのか、感じられるかもしれない。
2009年8月8日
非伝統的な金融政策 ―中央銀行の挑戦と学習―
中国人民銀行・国際決済銀行共催コンファランス(上海)における講演の邦訳
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2009/ko0908a.htm/
この上海の会議では、我が国のバブル崩壊と日銀の対応について、伝統的な金融政策の枠組みから、手探りしながら外れていった経験について総括している。重要な指摘が一文の形であちこちに込められ、後で読み返すたびに発見のある、非常にコンパクトなまとめになっていて素晴らしい。
2010年9月16日
特殊性か類似性か? ―金融政策研究を巡る日本のバブル崩壊後の経験―
IJCB秋季コンファランス「グローバルな危機からの金融政策への教訓」における基調講演の邦訳
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2010/ko1009c.htm/
ここではバブル崩壊後の日本経済について基本的な、しかし我々が肌で理解しているとは言えない事実について指摘し、そしてリーマンショック後の世界経済との類似点と相違点を挙げる。現在の欧米が苦悩している問題について、先取りした内容も一部に含まれており、その知見には恐れ入る。
2011年3月8日
通貨管理におけるイノベーションと挑戦の150年
日独交流150周年記念講演(ゲーテ大学フランクフルト・アム・マイン)の邦訳
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2011/ko110309a.htm/
通貨管理の歴史から金融危機への政策対応、そして中央銀行の役割を展望する、永久保存版とも言える講演がこれだ。イノベーションとしての中央銀行、最後の貸し手、金融政策、独立性を鮮やかに切り出し、同時代に先頭に立つ当事者として、そして現状と未来と対照してみせる。
2012年3月24日
セントラル・バンキング ―危機前、危機の渦中、危機後―
Federal Reserve Board と International Journal of Central Banking による共催コンファレンスでの講演の邦訳
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2012/ko120326a.htm/
FRBの多くのエコノミストが、リーマンショックが起きる前に日本を総括した「デフレを防ぐ」論文に、痛烈な一撃を与える指摘がこれだ。危機前、危機の渦中、危機後に、それぞれ中央銀行がどのような役割を果たすことができるのか、あるいは難しいのか、行間から経験と苦悩が伝わってくる。
2012年4月18日
社会、経済、中央銀行
Foreign Policy Association(ニューヨーク)における講演の邦訳
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2012/ko120419a.htm/
タイトルの大きさに決して負けない、鮮烈な内容のマスターピースで、自分も、どう直面してよいのか悩みつつ歯ぎしりしながら小さなツッコミ記事*1を書いた。これまで50年の中央銀行と、これから50年の中央銀行、そして未来へ、彼の情熱と生涯が刻み込まれた講演は、昨年春のものだ。
2012年4月21日
財政の持続可能性 ―金融システムと物価の安定の前提条件―
フランス銀行「Financial Stability Review」(2012年4月号)掲載論文の邦訳
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2012/ko120422a.htm/
金融システムの安定の観点から、ソブリン危機と政府のソルベンシー、中央銀行の仕事と切っても切り離せない問題について切り込む。政治家からの圧力を受ける中で、専門家の間でも見解に幅がある財政と金融政策について、基本的な概念から整理し、我々が逃げられない事実を大きく描き出す挑戦。
2012年11月12日
物価安定のもとでの持続的成長に向けて
きさらぎ会における講演
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2012/ko121112a.htm/
昨年秋の国内での講演では、いわゆるデフレ脱却を巡る論点について、他のあらゆる教科書よりも、あらゆる論者よりも、明瞭に問題を整理している。デフレ脱却、インフレ予想、需給ギャップ、成長力、そして日本銀行の金融政策について、現場の先頭に立ち続けた英知は、まず最初に確認したいコンパスだ。
ここに挙げた七つ以外にも、日本銀行のウェブサイトには沢山の素晴らしい講演が眠っている。興味を持たれた方は、雪の積もる夜に、静かに探してみるのも楽しいと思う。