司馬亮とは、下記の事物を指す。
ここでは、1及び2について説明する。
歴史人物の司馬亮
司馬亮(227年以前~291年)は三国時代の武将。晋王朝時代の八王の乱における八王の一角。字は子翼。
概要
司馬懿の三男で母は伏夫人。 司馬師、司馬昭は異母兄で、同母弟に司馬伷、司馬京、司馬駿、異母弟には司馬榦、司馬肜、八王の趙王司馬倫がいる。
曹魏にて権勢を振るう司馬氏の一族として要職を歴任するが、諸葛誕の反乱や鮮卑族の討伐時に失態があり降格も経験している。それでも晋王朝では汝南王、撫軍大将軍などとして、宗族の最長老として遇された。
290年(太熙元年)、晋の初代皇帝司馬炎が崩御する。外戚である楊駿は司馬亮の排斥を目論んでおり、許昌に赴任させようとしていた。司馬炎は後継者の司馬衷の補佐として楊駿と司馬亮を指名するが、司馬炎の崩御直後、司馬亮は楊駿が自分を討ち取ろうとしたことを察知して許昌に逃れる。
新帝司馬衷の下で楊駿はやりたい放題の圧政を繰り広げ内外から顰蹙を買った。291年(永平元年)2月、司馬衷の皇后賈南風は司馬炎の五男、楚王司馬瑋をけしかけて楊駿一族を打倒し、司馬亮は、衛瓘、司馬瑋と共に輔政の任に就いた。
しかし司馬亮と衛瓘は、司馬瑋が果敢な反面で苛烈な性格であることを嫌い司馬瑋の排除を企てようとしたがこれが命取りとなる。口うるさい老人2人を嫌っていた皇后賈南風は同年6月、夫に勅令を出させ司馬瑋に司馬亮と衛瓘の逮捕命令を出させる。抵抗せず囚われた司馬亮は「我が忠心は明らかなのにどうして無罪の者を殺そうとするのか」と訴えた。真夏の酷暑の路上に座らされた司馬亮を兵士達は憐れみ誰も殺そうとしなかったが、司馬瑋が「司馬亮を斬った者に布千匹を与える」と伝えた所、殺到した兵士達に微塵切りにされた。
賈南風は用済みとなった司馬瑋を誅殺し、司馬亮の名誉は形式的に回復され「文成王」と諡された。
晋の宗族が絡んだ内乱「八王の乱」は中国大陸に新たな乱世を呼び込むこととなる。司馬亮はその八王の先陣を切った、いや最初の犠牲となったのである。
なお汝南王を継いだ孫の司馬祐(次男の子)は晋王朝の亡命政権である東晋でも重用され、汝南王家は東晋の滅亡まで続いた。
ちなみに司馬亮は司馬懿のライバルだった諸葛亮と同じ名前である。諸葛亮や父ほどの才知には恵まれなかったが…
超獣機神ダンクーガの司馬亮
気障な性格ながら戦隊の最年長として、主人公藤原忍と時に対立しながら支えていく。時折山籠りの修行に出かけるという奇行がある。
同作品の後日譚を書いた小説『獣機神曲―超獣機神ダンクーガ』ではメキシコの奥地に妻と暮らしていたが、妻が何者かに攫われその救出に向かう。
スーパーロボット大戦シリーズではダンクーガの精神コマンド要員として登場している。