カレントアウェアネス
No.362 2024年12月20日
CA2072
牧之原市立図書交流館:水野秀信(みずのひでのぶ)
2021年4月17日、牧之原市に新たな図書館が誕生した。開館記念式典に参加した人々は、大きな変化を遂げた明るく広がりのある空間に目を見張った。民間施設内にある牧之原市立図書交流館「いこっと」(1)は人気スポットとなり、初年度の来館者は目標の年5万人を大きく超え11万人以上を記録した。
牧之原市は、静岡県の中西部にある榛原町と相良町が2005年に合併した人口4万2,000人の地方都市だ。それぞれの町には図書館があったが、どちらも学校の教室程度の極めて狭い空間だった。利用者が滞在できる場所はほとんどなく、1日の平均来館者は約50人。読書好きな市民が本を借りに来て帰るだけの図書館だった。
限られたサービスしか受けられない状況の中、市民の図書館の充実や新図書館建設に対する思いは強くなっていく。2008年に市民有志20人が「牧之原市立図書館のあり方検討会」を発足させ、25回の会合を経て、2009年に市に対する提言書「市民を元気にする図書館7つの提言」(2)が提出された。
- ①独立した専門機関としての図書館と専任職員の配置
- ②学習・交流ができて、市民が自然に集う安らぎの図書館
- ③移動図書館ひまわり号とサテライト図書館構築による市内各地の利便性向上
- ④図書館と幼稚園・保育園・学校の連携
- ⑤読書活動ボランティアの支援
- ⑥市民による図書館サポート活動
- ⑦図書館機能充実 実現のための協働推進 今後の展開
このように行政だけに図書館を任せるのではなく、利用者である市民自らも図書館運営に参画することで機能充実を図りたいという熱意が伝わるものとなっている。この「7つの提言」は市議会等でも取り上げられ、2019年に策定した「牧之原市立図書館基本計画」(3)へ市民の願いとして引き継がれていった。
市図書館基本計画で機能拡充を目指していく方針が定まったが、施設整備をする際に大きな壁となったのは新館建設に必要な数十億円もの費用だった。そこで、新たに図書館を建てるのではなく、空き施設の活用を検討することとなった。始めは市役所の3階を改修して図書館にと考えたが、書架の設置には床の強度が足りず、床や柱の改修だけでも数億円かかることが判明した。庁内を諦め、次に目をつけたのが民間の空き施設だ。
ちょうどその頃、市内の商業地区でホームセンターが撤退し、空き施設となる大型の物件があった。面積は約2,400平方メートルと申し分のない広さだったが、市が進める「公民連携により暮らしの魅力を自ら作り出すリノベーション型のまちづくり」のため、3分の1の815平方メートルを賃貸借により図書館として利用し、市と民間が共営することが求められた。施設の所有者は同じ商業地区内にあるスーパーマーケットの社長であったため、エリア再生につながるこの計画に前向きに協力してくれた。
民間施設内で整備するにあたっては課題がいくつも浮上した。まずは施設整備のための財源確保である。改修工事には国の地方創生拠点整備交付金を活用した。この改修工事は単にひとつのハコモノ(図書館)を整備するだけでなく、周辺にある小売店、飲食店、公園等と一体でエリアの価値を高めなくてはならない。図書館と地域資源を結び付けることで地域住民の暮らしの質の向上を目指すもので、地方創生の目的にかなった事業となる確信があった。
改修工事では、地方創生の目的に沿ったエリア(主に開架部分)を「交流・学びの拠点整備工事」、その他図書館運営に必要となるエリア(カウンター、バックヤード等)を「図書交流館整備工事」として交付対象、対象外の明確化を行った。
施設を一体的に設計するため、官民の境目をなくすプランが浮上した。これには市図書館協議会から利用者の安全、プライバシーの保護等、様々な懸念が挙がった。特に官と民の境界線の仕切り方については激しい議論が交わされ、ガラスの壁、パイプシャッター、ロールカーテン、ベルトパーテーション等の案が出たが、施設の一体感醸成と利用者の安心・安全の確保、及び費用の面から図書館の閉館時はネットカーテンで仕切り、警備システムを導入することとした。これにより利用者目線で施設を見渡すと、図書館と民間部分の区分けを意識することなく、ひとつの屋内広場のような開放感を得ることができた(図、写真2)。
運用面の課題も山積だった。資料の持ち出しについては、本をツールとした交流空間を創出するため、ラック付きの展示台に本を乗せて民間エリアで利用できるようにしたり、雑誌の最新号を読みながらカフェで飲み物を楽しむといった使い方が考えられた。盗難や紛失のリスクが懸念されたが、改修工事と同時並行で資料のIC化を図り、施設の入り口にブックディテクションシステム(BDS)ゲートを設置することで課題を解消した。IC化には新型コロナウイルス対応地方創生臨時交付金を活用した。
民間エリアでは絶えず音楽を流しているので、図書館に静謐を求めるのは困難だった。そこで図書館内の民間との境目のゾーンを「交流・談話エリア」(写真3)と位置づけ、むしろ積極的に会話等を楽しんでもらう場所とした。静かな場所で読書や勉強をしたい人には、奥にある学習室を案内する。ここでは会話をせず静かに使用してもらい、ニーズによるすみ分けをした。もうひとつの対策として、図書館エリア内に環境音楽を流している。リラックス効果があるとともに、民間エリアで流れる音楽のマスキング効果もある。
館内での飲食は、本の汚損リスクから全面的に禁止する案もあったが、蓋つきの飲み物であれば可とする方向で落ち着いた。民間側にカフェ等飲食できるスペースが多く存在していることも大きい。図書館が開館して3年以上経つが、飲み物をこぼす等で資料を汚損したケースは一度もない。図書館は他者が監視するのではなく、まわりの環境が緩やかにマナーを啓発する場だと証明できそうだ。
プライバシー保護は重要な問題だ。官と民の境目に図書館カウンターがあるため、レファレンスや利用者登録の際、民間エリアの利用者に内容が聞こえてしまう心配があった。これにはカウンター前は共用エリアとし、原則そこでの販売等は行わないと施設所有者が配慮してくれた。
この共用エリアは約25平方メートルあり、図書館の展示や工作コーナーとして無償で使用させてもらっている。結果として図書館サービスの拡充につながった。
工事完了から開館までは3か月もなく、短い期間での準備が求められた。当館職員だけでは間に合わないと思われたが、そこを救ってくれたのは地元住民だった。中学生は本のクリーニング、大人は配架や書架整理等、延べ500人の市民がボランティアに駆けつけてくれた。この活動を通じて「みんなでつくった私の図書館」という意識が広がり、一番の図書館ファンになってくれたと感じる。
また、図書館運営の手伝いを行う図書館サポーターを育成し、市内の読み聞かせグループを「よもーね!マキノハラ」として組織化したことで、「行政から提供される図書館」ではなく「市民が活躍する図書館」へとボランティアの意識が変化していった。
資料についても個人・団体を問わず様々な形で支援を受けた。所蔵する雑誌約120タイトルのうち、半分はスポンサーがついている。図書は企業版ふるさと納税制度を活用し、市内外の企業から援助を受けた。
開館から3年が経つが、今も変わらず「いこっと」は賑わっている。引き続き市民に親しまれる施設であり続けるには、いかに官と民の協働を継続させる図書館運営ができるかにかかっている。
(1)“施設案内”. 牧之原市立図書館.
https://lib.city.makinohara.shizuoka.jp/TOSHOW/html/access.html, (参照 2024-09-30).
(2)牧之原市立図書館あり方検討会. 市民を元気にする図書館7つの提言. 2009, 9p.
https://m-toshotomo.weebly.com/uploads/1/1/2/5/112541429/h210326-7.pdf, (参照 2024-09-30).
“7つの提言”. まきのはらし図書館友の会.
https://m-toshotomo.weebly.com/6530312388123982555235328.html, (参照 2024-09-30).
(3)牧之原市. “牧之原市立図書館基本計画を策定しました”. WARP.
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11636309/www.city.makinohara.shizuoka.jp/site/library/1563.html, (参照 2024-09-30).
[受理:2024-11-07]
水野秀信. 民と官で築いた牧之原市立図書交流館「いこっと」. カレントアウェアネス. 2024, (362), CA2072, p. 2-4.
https://current.ndl.go.jp/ca2072
DOI:
https://doi.org/10.11501/13942637
Mizuno Hidenobu
IKOTTO: Makinohara City’s library & community center built by the public and private sectors