2021年にタンザニアで生理用ナプキンの製造・販売事業を始めた菊池モアナさん。望まぬ妊娠で退学し、家からも追い出された職のない女の子たちに雇用先と生きる力を提供しています。始まったばかりの取り組みを取材しました。
若年妊娠で学校も家庭も失うタンザニアの女の子たち
タンザニアはインド洋に面した東アフリカの国のひとつです。日本からは飛行機を乗り継いで約20時間。野生動物の保護区やキリマンジャロなどの豊かな自然で知られています。
一方で人口の約45%が1日280円以下で生活している開発途上国で、経済格差、若年層の高い失業率などのほか、15~19歳の女性の3、4人に1人が妊娠をしてしまう「若年妊娠」が社会問題になっています。
タンザニアでは妊婦の生命に危険が迫った場合を除いて妊娠中絶は認められておらず、2021年までは国の対策として若年妊娠した場合は公立学校は退学、復学も禁止。年間6000人もの女学生が教育を奪われていました。家からは家族の恥として追い出され、子連れでまともな職にも就けず、追いつめられてしまうケースも多くみられます。
大学で教育開発学を学んでいた、当時20歳の菊池モアナさんは、子どもの教育環境を研究しに行ったタンザニアでアナという16歳のシングルマザーに出会い、そうした現実を知りました。
「若年妊娠をしてしまう背景にも貧困がありました。子どもでも働かないと学校へ行けない家庭が多く、雇い主から性交渉を強要されて断れない、さらに、まともな性教育を受けていないため、事後に水を飲めば妊娠しないなど誤った情報が浸透していたんです」
自身もシングルマザーになってタンザニアへの思いを強く
タンザニアから帰国後もアナのことが忘れられず、自分ができることをずっと考え続けていた菊池さん。ほどなくして、自身の予期せぬ妊娠が発覚します。相手はタンザニア人の現配偶者ですが、当時は日本に来られない状況。なにより、まだ学生の立場です。周囲の反対にもあいますが、迷った末に生むことを決意し、3年間シングルマザーを経験することになりました。
「私の場合は、大変でしたが周囲に支えてくれる人がいて、生きるのに困るようなことはありませんでした。思いがけず同じシングルマザーの立場でタンザニアと日本の環境の違いを体感し、現地への思いがさらに強くなっていったのです」
無事に大学を卒業したあと、菊池さんはタンザニアでシングルマザーの力になることを決意し、再び現地へ。あらためて行った女の子たちのニーズ調査の結果、もともとテーマに掲げていた教育とともに、雇用が必要とされている現実を知ったそうです。「勉強を続けるよりも、なんでもいいから働いて、自分と子どもを養えるようになりたいという子が多かったんです」。
そこで、まずは最低限、安定した生活を手に入れるための雇用機会を提供すべく、タンザニア全土で必要とされるサービスを探すことから始めます。復学を望む子には、雇用と同時に学費が貯まる仕組みをつくろうと考えました。
ナプキン事業でタンザニアの「生理の貧困」も解決したい
いろいろな事業の可能性を考えているなか、生理用品のアイデアを友人に話したところ、インドで生理用品を普及させた実話映画「パッドマン」を紹介されます。「すべての女性が必要とするプロダクト、やはりこれだ! と思いました」。そうしてタンザニアのナプキン事情をリサーチするにつれ、新たな問題「生理の貧困」に気づきます。
タンザニアでのナプキンの価格は一般的に1パック8~10枚で品質のいいものは200~250円、安いものは80~100円。ナプキンを買えずに布や紙を使っている女性も少なくない状況でした。ナプキンを使えない生徒が生理のたびに学校を休んで、勉強についていけなくなり退学してしまうこともあるそうです。
「安いナプキンは肌に触れる部分がプラスチックのような素材で、かゆみやかぶれにつながりやすい。吸収力も悪く、すぐにびちょびちょになります。布を使う場合は、水が貴重なのでしっかり洗えない、洗っても男性の前で干すのはタブーという文化的背景から、現地で流行している尿路感染症の原因になっていました」
菊池さんが目指したのは、価格帯は既存製品の中間で1パック145円ほど、吸収力と薄さにこだわった使いやすい製品です。ナプキンを買えない女の子には寄付のかたちで手に入る仕組みによって、ナプキンを日常的に使う文化からつくっていきたいと考えました。
トラブル続出。品質と販売の仕組みづくりで血路を開く
ようやく具体的に動き始めても、障壁はいくつも待ち構えていたそう。「コロナで機械の輸送が9か月遅れ、日本人というだけでライセンスなども高額がふっかけられ、赤字が続いて何度もくじけそうになりました」。そのたびに「まだになにもできていない、トライしてダメだったらあきらめよう」と自分を奮い立たせます。
各所で実演販売に力を入れ、徐々に販路を開拓しました。ナプキンを実際に使った人は、その薄さに驚くそうです。そうして販売量も少しずつ増えていきました。
学校の予算でナプキンを購入してもらう交渉も試み、成立させました。学校から学生へナプキンを無償提供できれば、毎月9つの県で各3000~5000人の貧困層の女の子がナプキンを使えるようになります。ナプキンが1パック売れたら1枚を寄付に回すという仕組みもつくり、現在までに計1万5000枚近くを学生に寄付しました。
「そのうち2枚入り(25円)の製品もつくって、量が多いときだけでもナプキンが買える子を増やしたいと思っています」
ナプキンを学校に寄付する際には性教育をセットにし、生理用品の使い方から、性的同意や避妊について教えることで、若年妊娠を防ぐことにも力を入れています。
「内容はスタッフと相談しながら定期的にブラッシュアップします。学生に対して支援ができること、誰かの役に立てるという実感は、スタッフが一度失った自己肯定感を取り戻すきっかけにもなっていると思います」
自立に必要な経済力とライフスキルを提供できる企業に
事業は「LUNA sanitary products」と名づけ、少しずつ前進しています。しかし、若年妊娠のシングルマザーが本当の意味で自立するには、雇用だけではない、別の課題があるといいます。
「スタッフの女の子は、企業で働き給料を得るという経験が初めてのケースがほとんどで、お金の使い方や貯金に対する考え方を学ぶ環境がなく、働いて得たお金をあるだけ使って月末までたりないということも珍しくありません。また、なんとか人生を変えていこうという意志はあってもつき合う男性に左右されやすく、言われるがままに仕事をやめて再び貧困に陥るという現実もあります」
菊池さんの事業では給与を支払うだけでなく、福利厚生としてライフスキル、ライフプランニング、クオリティオブライフの考え方まで、面談などを行いながら身に着けてもらうことをセットにしています。起業するきっかけとなったアナは、最初のスタッフとして菊池さんと長く時間を共にし、自立を果たして事業のロールモデルとなりました。
まだまだ雇用できる人数は限られている「LUNA sanitary products」ですが、いずれはタンザニアの州すべてに工場をつくりたい、ゴミ問題も深刻なので地球にやさしい素材を使いたいなど、菊池さんの目標は留まるところを知りません。
目標に少しずつでも近づくため、資金調達にも力を入れます。赤字で厳しい局面に日本で挑戦したクラウドファンディングでは菊池さんの思いが600人以上に届き、個人でも継続的に寄付をしたいという声が多かったそう。応援してくれる人がいることが力になるという菊池さんは、今度はInstagramでの支援コミュニティづくりを始めました。女性向け製品のメーカーなどに、社員研修や寄付などのCSR活動でコラボレーションをする提案も考えています。
「最終的には、ナプキンパッケージにヘルプデスクをつけ、若年妊娠で困っている女の子の相談やシェルターの役割も果たしたいです」。菊池さんの信念と実行力で、その未来は確実に近づいていると感じました。
<取材・文/カラふる編集部>
菊池モアナ
Borderless Tanzania Limited 代表取締役社長
1995年生まれ。神奈川県藤沢市出身。1児の母。大学在籍中イギリスとタンザニアに渡航。大学3年のときに妊娠・出産。2020年にボーダレス・ジャパンに新卒起業家として入社、2021年にBorderless Tanzania Limitedを設立し、LUNA sanitary productsを立ち上げ。