(前回から読む)
中国が韓国に対する経済制裁に乗り出した。韓国は耐えられるのだろうか。
始まった「韓国イジメ」
「中国がイジメる!」と韓国人が騒いでいます。
鈴置:在韓米軍へのTHAAD(=サード、地上配備型ミサイル迎撃システム)配備が始まりました。THAADの配備予定地は慶尚北道・星州(ソンジュ)のゴルフ場です。
2月27日にゴルフ場の所有者である韓国ロッテグループが軍用地との交換を役員会で決めました。翌28日に韓国軍と正式に契約。韓国軍がゴルフ場を米軍に提供します。
THAAD配備を拒否するよう、韓国に圧力をかけてきた中国の面子は丸つぶれ。さっそく、韓国への報復に乗り出したのです。
広がるロッテの営業停止処分
真っ先に標的となったのはロッテグループでした。中国で展開する量販店「ロッテマート」4店舗が消防法に違反したとして3月5日までに、1カ月間の営業停止処分を受けました。
遼寧省丹東市の2店舗、浙江省・杭州市と江蘇省・常州市のそれぞれ1店舗です。韓国経済新聞の「滅茶苦茶な中国のTHAAD報復・・・ロッテマート4店が営業停止」(3月5日、韓国語版)が報じています。
聯合ニュースの「中国『反ロッテ』波状攻撃・・・対策に決め手欠く韓国政府」(3月6日、韓国語版)は、6日までに営業停止処分となった店舗が23カ所に及んだと報じました。
ロッテマートは中国全土に99店舗あります。2016年11月から消防法や食品安全法による中国当局の検査を受けていました(「中国が操る韓国大統領レース」参照)。
「THAADの用地を提供したら営業停止にするぞ」との警告です。中国は今、それを発動したのです。
3月2日にはロッテ免税店のウェブサイトがサイバー攻撃を受け、一時的にダウンしました。韓国メディアは韓国ロッテのキャンデーが「ビタミンEの成分が規制に違反した」として中国の検疫当局により廃棄処分にされたと報じています。
韓国観光も全面禁止
ロッテ狙い撃ちですね。
鈴置:輸入制限は韓国製の食品全体に広がっています。聯合ニュースが「韓国食品の輸入拒否相次ぐ 中国のTHAAD報復」(3月6日、日本語版)で報じました。
中国政府は自国民の韓国観光も制限する方向でしたね。
鈴置:2016年11月から示唆していました(「中国が操る韓国大統領レース」参照)。約束通り、というのも変ですが今回、しっかりと実行に移しました。
3月2日に中国政府が同国の旅行代理店に対し、韓国旅行商品の販売を全面的に中止するよう指示した、と韓国各紙が報じています。
翌3日には中国国家旅遊局が「旅行のリスクを認識し、目的地を選ぶように」と自国民に韓国旅行の自粛を呼び掛けました。念のいった話です。
日中から同時に圧迫
2016年に韓国を訪れた観光客は約1700万人。うち約800万人が中国人です。ただでさえ「嫌韓」で日本人観光客が落ち込んだ後ですから、韓国の観光業界は大きな打撃を受けるでしょう。
韓国の同業界はこれを見越し、日本人観光客の誘致に力を入れていました。しかし1月6日、韓国の合意違反に怒った日本政府はスワップ交渉を中断しました(「『百害あって一利なし』の日韓スワップ」参照)。
日本政府は駐韓大使も一時帰国させましたが、韓国が合意を守ろうとしないので2カ月経っても戻していません。事実上の「大使召還」です。
こんな状態で韓国に日本人の客足が戻るかは不明です。韓国は通貨スワップに次いで観光でも、日中双方から圧迫されることになったのです(「中国が韓国を『投げ売り』する日」参照)。
サムスンや現代も対象に
中国は「対韓制裁」をいつまで続けるのでしょうか。
鈴置:中国外交部の耿爽報道官は3月3日の記者会見で「関係者が(中国)民衆の声に耳を傾けることを望む」と述べました。
「民衆の声」を名分に掲げ、在韓米軍へのTHAAD配備を拒否するまで「対韓制裁」を続けるぞ、と脅したのです。
各地で「韓国製品の不買・打ちこわし運動」が始まったとしきりに中国のネットが伝えます。「民衆の声」のつもりなのでしょう。
中国共産党の対外威嚇用メディア、Global Timesは社説「SK must face bitter pill over THAAD」(3月1日、英語)で以下のように書きました。
- If the deployment of THAAD continues, resentment toward Seoul from Chinese consumers will eventually lead to zero exports of South Korean cultural goods to China. It will be the bitter fruit created by Seoul itself.
- China is the largest market for Samsung and Hyundai, both of which have factories in China. Most of their products sold in China are made in China. Sanctioning them will lead to a complicated outcome. However, Sino-South Korean conflicts keep escalating; the two companies will suffer sooner or later.
もしこのままTHAADの配備が進むのなら、中国人の「嫌韓」により、韓流ドラマの輸入が皆無になる。韓国の自業自得だ。中国という巨大市場を享受するサムスンや現代(ヒュンデ)も早晩、ひどい目に遭うだろう――というのです。見出し通りに「韓国は苦い薬を飲むことになる」という威嚇です。
泣きを入れる韓国政府
韓国政府はどう対応したのですか?
鈴置:“小声”で中国に抗議しています。中国を怒らせたくはない。しかし国民の手前、何も言わないわけにもいかないからです。
中央日報の「韓国外交部、中国のTHAAD脅迫に『言動の自制を』」(3月3日、日本語版)が、その空気をよく示しています。以下がポイントです。
- 趙俊赫(チョ・ジュンヒョク)外交部報道官は3月2日の定例会見で「韓国企業に不利益を与えるべきだとの主張が中国の一部から提起され懸念している。両国関係の発展、そして両国国民の友好増進に資さないような言動は自制することが望ましいと考える」と述べた。
「韓国企業を苛めたら許さないぞ」と毅然として抗議するのではなく「そんな怖い言い方をしないで」と泣きを入れたのです。
えらく弱気です。それでも韓国では「前に比べれば強く出た」と評価されています。記事は以下に続きます。
- 2月28日の定例会見の時に示した政府の公式立場よりもやや強いものだ。同日には趙報道官は「このような発言は両国関係の発展に資するものではない」とだけ触れた。
「中国の良識」に期待
新聞は「どうせよ」と書いたのですか?
鈴置:初めは「中国の良識」に期待する向きもありました。中央日報の「ロッテ、THAAD用地提供・・・総力外交で中国の圧迫防げ」(2月28日、日本語版)が典型です。こんなくだりがあります。読みやすい日本語に直して引用します。
- Global Timesは評論で「中韓の経済が複雑に絡まっている状況で報復は『両刃の剣』だ」と慎重論を提起した。
- 「中国に投資し多くの雇用を創出するロッテを圧迫すれば、中国企業と労働者も影響を受けることになる」と賢明な対応を注文した。我々は中国でこうした合理的な声が力を増している状況に注目する。
もちろん、中国に良識を期待しても無駄でした。2日後、韓国人から頼りにされたGlobal Timesは社説「Dissent can’t sway China over SK sanctions」(3月2日)で、次のように書きました。
- Although mainstream Chinese society has supported sanctions on South Korea and Lotte Group in particular, some people also hold different views. This is normal. China has already become a diverse society in which it's impossible to have a monolithic view of a single event.
- However, Chinese society has formed a collective determination to impose sanctions on South Korea, so there is no room for the latter to take any chances.
困るのは韓国だけ
中国社会の主流が韓国とロッテに対する制裁を支持している。中国は多様な社会だから、一部には異なる意見もある。しかし中国社会は韓国に制裁を下すことで合意している。少数意見が採用される余地はない――という宣告です。
韓国人が「変な希望」を持たないよう、つまり「中国を甘く見るなよ」と社説で釘を刺したのです。
実際、中国の対韓制裁が「両刃の剣」になるとは言えません。韓国の全輸出に占める対中輸出は対香港まで含めれば30%前後。一方、中国の対韓輸出は全体の4-5%。中韓が対立し、仮に貿易をすべてやめても中国はさほど困らない。しかし韓国経済は崩壊します。
興味深いのは、先に引用した社説「SK must face bitter pill over THAAD」(3月1日、英語)の中国語の原文――環球時報の「韓国を怪我させる必要はない。衰弱させればよい」(2月28日)だけにあるくだりです。以下です。
- 韓国は中国と陸地で接しているわけでもない。先進技術もなく、中国にとって重要な天然資源も持たない。中国の経済発展にとって、韓国は「あってもなくてもいい国」なのだ。
日本は一致団結した
韓国人はがっくりきたでしょうね。
鈴置:はっきりと「あってもなくてもいい国」と言われてしまったのですからね。多くの韓国メディアがこの記事を引用しました。
聯合ニュースの「中国の人民日報の姉妹紙『サムスンも現代も当分苦労する』と脅し」(3月1日、韓国語版)、SBS放送の「『韓国はあってもなくてもいい国』・・・中国、THAAD報復を本格化」(3月1日、動画、開始後1分50秒から)などです。
それに加え3月2日には「星州のゴルフ場を外科手術的に破壊する」と中国の高級軍人に脅されもしました。
環球時報の「羅援の『THAADを制する十策』」(3月2日、中国語)という記事です。さすがの韓国人も「変な希望」――「中国に対する甘え」を捨てざるを得ませんでした。
韓国紙は経済制裁の長期化を見越し「2012年の中国の反日暴動に対し、日本はどう対応したか」を分析する記事を載せるようになりました。各紙とも「日本は慌てず中国のイジメに冷静に対処した」「日本人は一致団結した」と強調しています。
なぜ「一致団結」を強調するのでしょうか。
鈴置:韓国では国論が分裂したからです。朝鮮日報が3月3、4日に実施した世論調査では55.8%が「THAAD配備に賛成」と答えた半面、32.8%が「反対」と回答しました。
「文在寅45.8VS安哲秀32、文在寅56.9VS黄教安25.4」(3月6日、韓国語版)で読めます。
韓国にも引導渡す
3月6日夜、米軍が突然にTHAADの機材を韓国に持ち込み始めました。聯合ニュースは「在韓米軍のTHAAD実戦運営 早ければ4月から」(3月7日、日本語版)で、当初は6-8月だった実戦配備の計画が前倒しになると報じています。
米軍は京畿道の烏山(オサン)空軍基地で大型輸送機から機材を降ろす光景の写真や動画を公開しました。動画は在韓米軍のサイト「THAAD arrives on the Korean Peninsula」(3月6日、英語)で見ることができます。
米国は中国に対し「反対しても無駄だ。もう配備を始めたのだから」と言い放ったのです。もちろん韓国に対して「中国の顔色をこれ以上見るな」と引導を渡す意味もあったのでしょう。
このところ米国は韓国に対し「配備の約束を破るんじゃないぞ」と執拗に念を押してきました(「米国のTHAADを巡る対韓圧力」参照)。
2016年 | |
---|---|
12月20日 | 安全保障補佐官に内定のフリン元陸軍中将、訪米した韓国政府高官に「THAAD配備は米韓同盟の強固さの象徴」 |
2017年 | |
1月31日 | 訪韓を前にしたマティス国防長官、韓民求国防長官に電話し、THAAD配備を確認 |
2月2日 | マティス国防長官、訪韓し「北朝鮮の核の脅威が最優先課題」と表明、THAAD配備も再確認 |
3月1日 | マクスター安全保障補佐官と金寛鎮・国家安保室長、電話会談し「THAAD配備を再確認」 |
3月1日 | マティス、韓民求の米韓両国防長官、電話で会談しTHAAD配備を再確認 |
3月6日 | 米軍、THAADの一部機材を烏山空軍基地に搬入 |
突然の装備持ち込みに対し、中国の耿爽報道官は3月7日「我々はTHAAD配備に激しく反対し、必要な措置を激しく取り、自らの安全利益を守るだろう。発生するすべての問題の後始末は、韓国と米国が負担すべきである」と非難しました。
米国が聞く耳を持つわけもありません。同日、北朝鮮から「(3月6日の弾道弾の発射試験は)在韓米軍を目標とする部隊が担当し、成功した」と威嚇されてもいるのです。
中国の韓国イジメはますます激しくなるでしょう。韓国がいつまで耐えられるかに注目が集まります。
(次回に続く)
在韓米軍サイトの情報を更新しました[2017/03/09 01:50]
■「朝鮮半島の2つの核」に備えよ
北朝鮮の強引な核開発に危機感を募らせる韓国。
米国が求め続けた「THAAD配備」をようやく受け入れたが、中国の強硬な反対が続く中、実現に至るか予断を許さない。
もはや「二股外交」の失敗が明らかとなった韓国は米中の狭間で孤立感を深める。
「北の核」が現実化する中、目論むのは「自前の核」だ。
目前の朝鮮半島に「2つの核」が生じようとする今、日本にはその覚悟と具体的な対応が求められている。
◆本書オリジナル「朝鮮半島を巡る各国の動き」年表を収録
『中国に立ち向かう日本、つき従う韓国』『中国という蟻地獄に落ちた韓国』『「踏み絵」迫る米国 「逆切れ」する韓国』『日本と韓国は「米中代理戦争」を闘う』 『「三面楚歌」にようやく気づいた韓国』『「独り相撲」で転げ落ちた韓国』『「中国の尻馬」にしがみつく韓国』『米中抗争の「捨て駒」にされる韓国』 に続く待望のシリーズ第9弾。10月25日発行。
登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。
※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。