写真やつぶやき、日記など、故人が残した痕跡を再構築してデジタル故人を作り出す。その需要は現在どれくらいあるのだろうか? 世界がコロナ禍に見舞われた2020年以降に行われた調査とその分析から、最新の世相を探りたい。

「デジタル故人は受け付けない」と考える人が多数派

 デジタル情報と死の関係性を追いかけている関東学院大学の折田明子教授は、2022年1月に調査会社のマクロミルに依頼してオンラインアンケートを実施した。20年以降に近親者を亡くした20歳以上の日本人を対象に、故人が残したデジタルデータやSNS(交流サイト)などをどうしたいかを問う内容だ。有効回答は20代から70代まで1303件。

 その調査によると、故人が残した写真やSNSの投稿などがある場合、「よく見ている」「時折見ている」「今後見るかもしれない」との回答が「今後も一切見たくない」を圧倒した。デジタルの形見が比較的多くの人に受け入れられている様子がうかがえる。

折田教授が行った「残されたデータとどう向き合っているか」の調査を基に作成。初出は22年9月発表の「情報処理学会研究報告/第97回電子化知的財産・社会基盤(EIP)2022-EIP-97-3」
折田教授が行った「残されたデータとどう向き合っているか」の調査を基に作成。初出は22年9月発表の「情報処理学会研究報告/第97回電子化知的財産・社会基盤(EIP)2022-EIP-97-3」
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 その一方で、故人が残したデータに何らかの手を加えるなどして活用することに関しては、大多数の人がかなり消極的だと分かった。下のグラフのように、「故人が写っている写真に何かを追加する」や「広く公開する」など、複数回答方式で挙げられた項目に関心を示す人は少なく、「当てはまるものはない」が85.0%と圧倒的に多い。

 デジタル故人の需要に直結する「故人が残したものをデータベースにして人工知能(AI)を作り、故人と会話(チャット)ができるようにする」という項目を選んだ人はわずか1.3%だった。

同調査の「故人のデータの活用(複数回答)」を基に作成。初出は同様
同調査の「故人のデータの活用(複数回答)」を基に作成。初出は同様
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 つまるところ、身近な人を亡くして間もない人たちであっても、現時点ではデジタル故人の需要はかなり小さいと言える。写真や動画データ、SNSの投稿などが形見として大切にされることは珍しくないが、それらを加工する段階までは求めていない人が大半のようだ。

 この結果を受け、折田教授は「デジタル故人に関しては、自分が予想していたよりも需要が少なかった。受け入れる素地は、まだない印象です」と率直に語る。そして、むしろ拒否感を示す人のほうが多勢とみている。

 折田教授は講義でも、学生に著名人を思い浮かべてもらい、その人が亡くなったときにデジタルデータをどうしたいかを聞いてみたという。すると、やはりデジタル故人化を含めたデータの加工に積極的な反応はごく少数であった。一方で「あまりやってほしくない」「絶対やってほしくない」との回答はクラスの半数を超えていたという。「どちらでもない」は2割程度にとどまっており、明確にノーを示す学生が大半だった印象があるという。

 「故人が残した写真や文章をネットに公開するかどうかでは、ここまで拒否感が多数であることはありませんでした。デジタルネーティブ世代であっても、故人のデータを加工して新たなものを生み出すことに関しては、受け付けないという人が現時点ではまだ多数なのだと思います」(折田教授)

嫌悪感を抱く人たちに逃げ道を

 一方で、これまでの回で触れてきたとおり、デジタル故人を真剣に求める人も確かに存在する。そうした人たちの需要と、大勢の人たちの拒否感が交錯しないように交通整理できれば、現状はニッチであってもデジタル故人の市場を穏便に育てていけるのではないか。

 そうした考えに基づいて制作会社のWhatever(東京・港)は、20年3月に『D.E.A.D.』という死後復活についての意思表明サービスを立ち上げた。『D.E.A.D』は『Digital Employment After Death=死後デジタル労働』という意味だ。

 このサイトにアクセスすれば、自分自身のデータを死後に利用して復活させる意思表明書が簡単に作成できる。「一切の利用を認めない」や「私が指名した人なら人工知能を作ることを許可する」などの意思が簡単に明示でき、その場でPDFとしてダウンロードできる仕組みだ。

『D.E.A.D.』の意思表明フォーム。全拒否は左のように1つのチェックで済む。許可する場合は右のように条件にチェックを入れた上でPDF化する。
『D.E.A.D.』の意思表明フォーム。全拒否は左のように1つのチェックで済む。許可する場合は右のように条件にチェックを入れた上でPDF化する。
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 『D.E.A.D.』に法的な効力はないが、この書面が死後に残された人たちに渡れば自分の考え方はしっかりと伝えられる。死後に自分の分身が作られたり姿形を再生されたりするのが嫌なら嫌だと言える。「デジタル故人を作るなら、ただ働きにならないように」と注文をつけることもできる。「その利点が大きい」と同社CEOの富永勇亮さんは語る。

 「デジタル故人などのサービスをつくるとき、まずはそこに拒否感や嫌悪感を抱く人たちの逃げ道をつくらなければならないと考えました。『D.E.A.D.』はそのためのプラットフォームなのです。たとえば臓器提供カードも提供の意思だけでなく拒否の表明もできますよね。現在の臓器移植は、そうやって自分が嫌だったら拒否できる、強制されないという安心感の上に成り立っているところがあります。それに近いものを提供したいと考えました」(富永さん)

 『D.E.A.D.』の公開に先駆けて20年1月から2月に日米で実施した調査(有効回答1030件)では、「故人をデジタルで復活させたい」との回答は23.3%にとどまり、76.7%が「NO」と答えていた。その理由の首位となっていたのは、亡くなった本人の意思が確認できないまま無断で実行すべきではないというものだった。

Whateverが実施した「死後の肖像の扱い方についての意識調査」にある、反対の理由に関する調査結果より
Whateverが実施した「死後の肖像の扱い方についての意識調査」にある、反対の理由に関する調査結果より
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 逆に言えば、死後の「復活」を明確に認めた故人のデータであれば、活用への拒否感を抑えられるのではないか。そうやってすみ分けをしていくことが重要だと同社CCOの川村真司さんも考えている。

 「多くの人が嫌悪感を抱く根本は、故人を無断で好き勝手にいじっているのではないかという部分だと思います。しかし、本人が生前に認めた範囲内での活用であるならば、もう少し死後の活用について許容しやすくなるのではないでしょうか」(川村さん)

物議を醸す前に論議を

 19年、韓国では難病で亡くなった愛娘を仮想現実(VR)で「復活」させるドキュメンタリー番組が放送され、年末には日本で人工知能の美空ひばりが紅白歌合戦の舞台に立って「お久しぶりです」と言った。20年の米国大統領選では、2年前に銃乱射事件で犠牲になったホアキン・オリバーさんの人工知能が銃規制を訴える動画に出演。同じように、22年にはオランダで何者かに銃殺された当時13歳のセダール・ソアレスさんの人工知能が事件解決に向けて情報提供を呼びかける動画が公開された。

 それぞれが強いインパクトとともに大きな物議を醸した。いずれも遺族の了承を得て進められたプロジェクトだったが、本人の了承は得ていない。

 一方で、22年6月にALS(筋萎縮性側索硬化症)で亡くなった英国のピーター・スコット・モーガン博士は生前から自身が率先して自分の人工知能を作成していた。そちらに異を唱える声は少なくとも公の場では聞かない。

 生前の本人による意思表明の上に立つ「死後デジタル労働」であれば、世間の向かい風をずいぶん抑えられそうだ。『D.E.A.D.』はその有効な第一歩になるかもしれない。

 アクセス数は順調に伸びているという。

 「立ち上げた当初よりも、22年になってからのほうが意思表明の数は伸びています。世の中がこういうことを議論することに前向きになっているのではないかと思いますね。徐々にタブーじゃなくなってきているなと感じます」(富永さん)

 サイト上でYES/NOを問うアンケートの結果は、アクセス数が伸びるほどにYESの割合が上がっている。2年半前の事前調査時、自身の「死後デジタル労働」を認める割合は37%だったが、現在は44%まで上昇している。拒否派が多勢であることに変わりはないが、徐々に肯定派も割合を伸ばしている。

自身の死後デジタル労働を問う『D.E.A.D.』のアンケート画面。22年8月20日のもの
自身の死後デジタル労働を問う『D.E.A.D.』のアンケート画面。22年8月20日のもの
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 ただ、タブーが解消されても、すべての人がデジタル故人に肯定的になるわけではないし、本人の許可があったとしても嫌悪感を抱く人は存在するだろう。それを踏まえて折田教授は今後のデジタル故人をこう展望する。

 「俳優の容姿としぐさ、芸術家や作家の作風など、パーツごとに故人の要素を活用する道筋は残りうるでしょう。ただ、全人格を想定して復活させる方向は、倫理面だけでなく習慣においてもまだ課題が多いと感じます。とくに日本では仏壇や遺影に語りかける生活習慣が長らくあります。この習慣と、語りかけに対して具体的なアクションを返してくるデジタル故人が折り合えるのかどうかがまだわからないところです。もし、デジタル故人との対話が受け入れられるとしたら、むしろ日常で故人に話しかける習慣があまりない人たちや地域からかもしれませんね」

 いずれにしても数年の話ではなく、もっとロングスパンでの話だ。

 デジタル故人が数世代かけて定着するか、その前にあだ花として散るか、変形して部分的に残るか――。育て方次第で将来が大きく変わっていきそうだ。

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