Topic.1
がんを集中的に叩く!重粒子線治療の実力
――重粒子線も含めた放射線治療は、がん医療においてどのように位置づけられているのでしょうか。
鎌田(神奈川県立がんセンター重粒子線治療センター) 放射線治療は手術同様、固形がんの病巣に働きかける局所治療ですが、がんを取り去るのではなく、がんに高エネルギーの放射線を当ててがん細胞の遺伝子に傷をつけ、死滅させます。切らずに治療できるため、からだへの負担が少なく、高齢や持病で手術を諦めなければならない人でも放射線治療なら受けられることが少なくありません。臓器の形や機能を温存できることも大きな強みと言えるでしょう。
塩山(九州国際重粒子線がん治療センター) 以前は狙った病巣に集中的に放射線を当てる技術が発達してなかったので、補助的な治療や緩和的な治療が中心でしたが、ここ20~30年ほどの間に機器や照射技術が大きく進歩しました。周囲の正常組織に当たる線量を抑えながらがんの病巣に正確に線量を集中できるようになって、根治のための有力な治療手段に位置づけられています。鎌田先生が言われたように、手術が難しい方も根治をめざした治療ができるようになったことは大きいですね。
――放射線にはさまざまな治療のオプションがあり、重粒子線治療もその一つとして注目されています。重粒子線の特徴を教えてください。
石川 (量子科学技術研究開発機構QST病院) 放射線治療では主に、X線を体の外から当てる外部照射が行われています。重粒子線もX線治療と同じで外から当てますが、がんを叩く威力が格段に強い。またX線の場合はからだに入ってすぐのところでピークに達して減弱しながらからだを貫通していくのに対し、重粒子線は病巣まで進んでから一気にエネルギーを放出し、そこで止まるので、病巣の奥側の正常組織にはほとんど当たることはありません。副作用を抑えつつ、病巣のみを集中的に叩けることが、重粒子線の最大のメリットと言えるでしょう。
沖本(兵庫県立粒子線医療センター) 全国に7か所ある重粒子線治療施設では患者さんを登録しデータを集めてきました。既存のX線治療と比較して重粒子線は治療効果が高く、副作用を抑えて治療できるケースがたくさんあることは、データでも証明されています。たとえば間質性肺炎で肺機能が極端に落ちている人に肺がんができた場合にX線を肺に照射すると、きわめて高い確率で致死的な肺障害が起こりますが、重粒子線だと起こりにくい。今年(2024年)6月に早期肺がんの重粒子線治療に保険が適用されてからさらに恩恵を受けられる人が増えてきて、当センターでも肺機能がすでに酸素を吸わないといけないような状態にもかかわらず、重粒子線を肺に当てて大丈夫 だった患者さんがたくさんいらっしゃいます。重粒子線治療でなければ難しい方はたくさんいるのではないでしょうか。
――全世界の重粒子線の治療施設は、日本の7施設を含めて16施設しかありません。海外では重粒子線治療はどのように捉えられていますか。
小藤(山形大学医学部東日本重粒子センター) 重粒子線治療は1970年代にアメリカで始まった治療ですが、当時はCTが普及していない時代で、加速器をいつも治療用に使えるわけではないなど、いろいろな悪条件もあって、うまくいかなかったんですね。その状況を打開して、80年代後半に新たにチャレンジしたのが、日本とヨーロッパです。日本はプロトコールを作って実績を積み重ねてきた甲斐もあって、「やはりこの治療は良さそうだ」という評価を得て施設が増えてきました。治療を受けた患者数も他国と比較して突出しています。
塩山 日本とヨーロッパはほぼ同時にスタートしましたが、今は日本が世界をリードする立ち位置ですね。
小藤 簡単に作れる装置ではないので、それを作った日本の技術力や医療環境は大きな要因だと思います。日本からX線では治らなかった病気が治っているといった臨床データが数多く発信されていますので、世界中が注目し、今は特に中国や韓国などアジアで新たな治療施設が建設されています。
またアメリカも、アジアやヨーロッパで重粒子線治療が盛り上がってきている様子を目の当たりにして、再び重粒子線治療に乗り出しました。メイヨークリニック(フロリダ)に新設中の治療施設には日本のメーカーの装置が導入されるほか、臨床面での交流も始まっています。影響力も資金力もあるアメリカが本格的に参入すれば、今後世界的にこの治療が広がっていくだけでなく、治療技術も発展していくのではないかと期待しているところです。
山形大学医学部 東日本重粒子センター
世界最小の第三世代装置を採用
東北・北海道エリア初の重粒子線治療施設。45m四方に小型化した世界最小の第三世代装置(山形モデル)を採用し、大学病院への併設も実現。各診療科との連携のもと、2022年10月より本格稼働を開始した。「固定照射室」と、国内2番目となる超伝導「回転ガントリー照射室」を設置。山形モデルは韓国2カ所にも導入され、技術指導も行っている。
量子科学技術研究開発機構 QST病院
日本の重粒子線治療と研究開発を主導
放射線医学総合研究所の病院部として設立され、1993年に世界初の医療用重粒子線治療装置(HIMAC)を開発。より高精度な照射でより副作用が少ない照射を可能にする治療法と、次世代の治療装置の研究開発というソフト・ハードの両面から重粒子線治療をリードする、日本唯一の専門施設。国内7施設の多施設共同臨床研究グループ(J-CROS)も組織している。
神奈川県立がんセンター重粒子線治療センター
世界初のがん専門病院併設型治療施設
世界初のがん専門病院併設型の重粒子線治療施設として2015年に治療を開始した。その特徴を生かし、病院棟と一体で各診療科の専門医と連携しながら、集学的治療の観点で一人ひとりに適した治療方針を検討。最新の照射技術である高速三次元スキャニング照射法のほか、コンピューターで自動調整できるロボット治療台、治療室全室へのCTの設置など、精密でスムーズな治療を実現している。
兵庫県立粒子線医療センター
重粒子線と陽子線の治療が可能
“がん撲滅”を目指し、2001年に世界初の2種類の粒子線治療(回転ガントリーによる陽子線治療と固定照射の重粒子線治療)が可能な専門施設として開設された。患者ごとに治療計画を立て、それぞれの病状に応じてより効果が高く、より副作用の少ない方法で治療を行っている。小児がんを得意とする「神戸陽子線センター」は同センターの附属施設。
九州国際重粒子線がん治療センター
通院中心の社会生活重視型治療を展開
九州地区唯一の重粒子線治療施設。産学官(経済界・大学・医療界・行政)合同プロジェクトとして計画され、2013年に開院した。愛称「サガハイマット」。外来治療が中心の社会生活重視型施設として山口・九州エリアに浸透し、治療総数は延べ10000人以上。照射角度や照射法の異なる3つの治療室を備え、腫瘍の性質や形態に応じて使い分けている。
Topic.2
保険適用で身近に…重粒子線治療の現状
――日本の重粒子線治療はどのように発展してきたのでしょうか。
石川 重粒子線治療は1994年に当院の前身である放射線医学総合研究所で始まりました。次いで2001年に兵庫県立粒子線医療センターが治療を開始し、その後、治療装置の小型化などで全国に少しずつ治療施設が増え、治療を受ける患者さんの数も増えました。その成果をエビデンスとして国内外に発信し、治療の実力が認識されるようになりました。それを国内では保険診療という形で、少しずつ先進医療から移行してきました。
小藤 日本放射線腫瘍学会が全国の治療施設の蓄積したデータをもとに働きかけを続けてきて、最初に保険が認められたのは2016年の骨軟部腫瘍でしたね。
鎌田 骨軟部腫瘍は、X線はあまり効かないけれども、重粒子線は高い効果が期待できる疾患です。ただ、希少疾患である上に手術ができない体幹部の肉腫は非常に少なくて、重粒子線の対象になる患者さんを集めて保険に持っていくまでに相当時間がかかりました。
小藤 2018年には頭頸部悪性腫瘍の保険収載が決まりました。骨軟部腫瘍もそうですが、標準治療ができない患者さんにとって重粒子線が明らかに有用な疾患なので、認めていただけたのだと思います。同時に前立腺がんも保険適用になりましたが、通常のX線と明確な差が示せなかったこともあって、技術料が少し低めに設定され、X線に近い金額になっています。
2022年に長径4cm以上の肝細胞がん、肝内胆管がん、局所進行性膵がん、術後再発した局所大腸がん、局所進行性子宮頸部腺がんが保険に追加されましたが、そこに至るまでは結構大変でした。「重粒子線治療がどう良いのか」をずっと問われ、2群を比較して差が出せればいいのですが、放射線治療は薬と違ってそういう試験が組みにくい。我々が行ったのは重粒子線と従来の放射線治療(X線)のシステマティック・レビューでそれぞれの治療結果に関する情報をきっちり調べて一定の見解を出すことと、重粒子線治療を行った患者さんを前向きに登録して治療結果を報告することでした。その結果従来の、X線よりも生命予後に明らかに良い影響を与えると証明された疾患が保険に通っています。
――2022年は難治がんの膵臓がんにも保険が適用されましたね。
沖本 患者さんにとって大きな希望になっています。とはいえ、まだまだ難しいですね。膵臓がんは手術で根治的に摘出するのが一番ですが、早期発見が非常に難しく、見つかった段階でもう7~8割は根治切除が困難です。こうした方たちの生存率を上げていくためには、放射線治療も頑張らないといけない。膵臓がんは生物学的に放射線抵抗性なので、がんを死滅させるには強い放射線をしっかり当てる必要がありますが、膵臓の周りにある消化管は放射線にすごく弱く深刻な障害が出てしまうので、理論上厳しい。頑張れる可能性が高いのは、X線よりも重粒子線です。ただし膵臓がんは非常に早期から転移しやすいので、重粒子線で膵臓の原発巣を叩くだけではなかなか長期生存は得られません。上手に抗がん剤を使っていくことも考える必要があります。そこで当センターとQST病院の両方で重粒子線をより強力に当てる臨床試験をスタートしています。手ごわいがんですが、こうした工夫を重ねていけば治療成績は必ず上がっていくと僕は思っています。
――2024年6月には新たに早期肺がんと子宮頸部扁平上皮がん、婦人科領域の悪性黒色腫が保険に追加されました。
塩山 早期肺がんは2年前も保険適用が検討され、いいところまで行ったものの、見送られていました。この2年間にこれまでのクオリティの高い論文のレビューや、2016年から先進医療で実施してきた重粒子線治療の治療成績をまとめてその結果を報告したりして、今回、既存のX線治療の定位照射と比べても 生存率の向上などで重粒子線治療の優位性を明確に示すことができたことが大きかったと思います。また、現時点では「手術が適応困難な場合」という但し書きがついていますが、手術とほぼ同等の成績も出ています。先ほど沖本先生がおっしゃったように、間質性肺炎のような併存疾患があって通常の放射線治療が困難な方や、 肺機能が低くて手術ができない方、高齢の方に根治治療のオプションとして提示できるようになりました。手術ができる患者さんにとっても、大変有効な代替治療法だと思います。
小藤 子宮頸部の扁平上皮がんは、内照射とX線の外照射を合わせて行うことでよく効くんですね。ただ、がんのサイズが大きいと、特に内側から攻めていく内照射が当てきれないことがあって成績はあまり良くなかった。重粒子線であれば、内照射で当てきれなかったところを外からしっかりカバーでき、既存の治療と比べて生存率の向上を示すことができたため、6cm以上のがんに保険が認められました。
――今後、新たな疾患が保険適用されそうな動きはありますか。
石川 腎がんや食道がんなど複数の疾患が、先進医療にまだ残っています。肺がんも早期肺がんの重粒子線治療は 保険でできるようになりましたが、進行肺がんは保険適用になっていません。また、転移はしているものの数が少ない「オリゴ転移」という病態は、転移巣に局所的に放射線をかけると生存期間が延長することが明らかになって、X線はすでに保険が認められています。副作用が少ない重粒子線は、「QOLを維持しながら長期生存を可能にすることにさらに貢献できるのではないか」ということで、先進医療として継続しています。
保険収載を拡大していくため、ここにいらっしゃる先生方も含め全国の全ての重粒子線治療施設が参加し、「J-CROS」という多施設共同臨床研究を行っています。2年ごとに保険収載の審議があり、次回(2026年4月)は食道がんが大きなターゲットになっていまして、昨年開催された先進医療会議で要請された「副作用を少なくできているかどうか」の報告をまとめているところです。さらに縦隔に浸潤した進行肺がんなど、いろいろな研究を多施設で進めていますので、そういったデータも含めて私たちの出した結果をしっかり評価していただけるように、見せ方も検討していきます。
――重粒子線治療が保険適用になる疾患が増え、治療の選択肢が広がっています。前立腺がんのように放射線治療だけでもたくさん治療の選択肢がある場合、患者さんはどのように治療を選べばいいのでしょうか。
石川 前立腺がんや肺がんの場合、小さな腫瘍に対してはX線治療でも十分根治を目指せるレベルになっています。とはいえ重粒子線は線量集中性がさらに高いので、効果はもちろん、副作用を減らせるメリットは大きいと思います。
小藤 きわめてシンプルに言うなら、重粒子線治療が適応になるケースについては重粒子線がX線よりも悪いことはありません。同等あるいは良いということですから、迷っている状況であれば重粒子線を選べばいいと思います。
――腫瘍が大きいなどがんが進行していても、重粒子線で根治的な治療ができるケースもあります。しかし重粒子線治療という選択肢を示されず、治療にたどり着けない患者さんも多いようです。
沖本 主治医から「もう手術はできない」とか、「こんなに大きな腫瘍は放射線を当てても無駄」「抗がん剤でも完治は無理だ、緩和ケアですね」などと言われて、根治的な治療を諦めてしまう方が間違いなくいらっしゃる。しかしX線では無理でも重粒子線なら治療できる症例があるので、もしかしたらその方たちを治せるかもしれない。よりパワーが強い重粒子線なら叩ける可能性はあるわけです。積極的な治療をしなければもうがんが治ることはありませんから、助かる可能性がある治療を受けられるかどうかは、患者さんにとっては非常に重要なこと。ところが重粒子線治療が適応できる病態にもかかわらず、治療の選択肢に挙げてくれない医師や病院は少なくありません。
塩山 がん治療医でも重粒子線治療のことをまだよく理解されていない医師は多いですね。
沖本 主治医に重粒子線治療の知識があって相談できれば理想的ですが、患者さんご自身も重粒子線治療に限らずがんについていろいろ勉強して知識を身につけていただきたい。自分の命ですから。
鎌田 ご自身の病状を理解し、ご自身はどういう治療を求めているのか、たとえば副作用が少ない治療なのか、あるいは短期間で治療できるようなものなのか、考えてみることは大事ですね。その上で、今はセカンドオピニオンが一般的になっていますから、重粒子線治療を実施している施設でセカンドオピニオンを受けてみることが一つの突破口になる気がします。
Topic.3
がん医療に貢献する重粒子線医療の未来像とは?
――今後、重粒子線治療はどうなっていくのでしょうか。
塩山 まず、さらに データを積み重ねてより多くの疾患に保険適用を広げていくことは、重要なミッションです。ただ、これまでは保険適用拡大を目標にすべての重粒子線治療施設が統一したプロトコールで治療をしてきましたが、これからは重粒子線の潜在能力をもっと引き出して新たな治療法を開発するために、照射法や線量などもっと自由度を上げて研究や治療に取り組むことも必要でしょう。
また、薬物療法や免疫療法などと重粒子線治療を組み合わせる「併用療法」に関するエビデンスは、X線治療に比べると圧倒的に少ない。集学的治療の中に重粒子線治療をどう組み込んでいくか、7施設の皆さんと一緒に考え、道筋をつけていければと思います。
石川 治療効果を上げるための線量の増加や治療期間を短期化するといったさまざまな臨床試験が進行しています。研究開発にも力を入れる当院では、大きなトピックの一つとして「マルチイオン照射」を開発し、臨床試験がスタートしました。マルチイオン照射は、従来の炭素イオンだけでなく、酸素イオンやヘリウムイオンなど炭素よりも重いイオンを組み合わせて重粒子線の質を高め、治療効果の最大化を図ろうというものです。日本だけでなく海外からも注目を集めていて、粒子線に関する最大の学会に重粒子線に特化した委員会が設置され、今後国際的な臨床試験や新たな治療技術の開発に向けた機運が高まってきています。重粒子線治療は日本がリードしてきた分野ですので、これまで以上に国内外にさまざまな情報を発信し、国内はもとより、世界においてもより安全でより効果的な治療として発展していくことを期待しています。
沖本 そして、先ほども話題に上りましたが、患者さんだけでなく、医師にも重粒子線に対する理解を深めてもらうことも大切ですね。
小藤 山形大学の場合は地方ならではの問題も起きています。北海道・東北地域で一つしかない重粒子線治療施設なので、かなり広い範囲の患者さんが対象ですが、患者さんだけでなく医師も重粒子線治療をよく知らないという現状があります。患者さんは主治医から情報をもらえず、取り残されてしまい、特に山形県外など山形大学から離れた地域に住んでいる方は、なかなか重粒子線治療にたどり着くことができないんですね。とはいえ重粒子線でしか治らない病気もありますから、適応となる患者さんにはぜひ治療を受けていただきたい。山形大学では私たち東日本重粒子センターのスタッフが各地域に出向いて市民向けの講演を行い、その際に地元の病院で主導的な役割を果たしている各疾患の医師にもパネリストとして壇上でのディスカッションに加わってもらっています。
鎌田 神奈川県立がんセンターでも、横浜市から少し離れると重粒子線治療のことはほとんど知らないという方が、ドクターでも多い。知らないから、「重粒子線治療を受けるなら私はもう診ません」と言われるケースも起きています。重粒子線治療は素晴らしい治療であるだけに、患者さんにも医師にももっと理解してもらえるように、小藤先生のような活動を積極的に行っていくことが大切だと思います。
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