記者には仲の良い先輩がいた。三つ上で、猪突(ちょとつ)猛進というイメージの記者、桂禎次郎さん。福岡や東京の社会部で一緒に仕事をした。
桂さんは2010年1月に41歳で亡くなった。脳のがんがみつかり、09年3月に手術し成功したと聞いていた。活躍のさなかの死去。葬儀に参列したが、信じられない気持ちだった。
14年の時を経て、桂さんの闘病が本に載ったと聞いた。読むと、冒頭で取り上げられていた。知らないことばかりだった。
桂さんの病名は、脳腫瘍(しゅよう)の一種で「膠芽腫(こうがしゅ)」だった。平均余命15カ月の、最も治療が難しいがんだという。
桂さんは、頭を開いて脳がむきだしの状態で麻酔を解く「覚醒下手術」に臨んだ。脳に電極をあてながら、意識のある状態でカードを見せて返答させる。言語をつかさどる脳の場所を確認し、その部分を回避して腫瘍を取り出す手術だ。
記者として現場復帰したいという強い思いが、全摘出ではなく、このような手術を希望させたという。
桂さんの闘病を取材した著者は、ノンフィクション畑を歩き続けてきた作家だ。書名は「がん征服」だが、本の内容は膠芽腫に絞りこんでいる。「がんの中で最も治療の難しい膠芽腫は、新しい治療法が模索され続けている。原子炉内で手術するなど、想像を超える三つの治療法の開発に悪戦苦闘する日本人研究者らの姿を描いた」と言う。
桂さんの手術は、取材先の医師から教えられたという。「膠芽腫の難しさを象徴するものだと思い、本の導入部に使わせてもらった」
がん治療に厳しい目も向ける。三つの治療法のひとつを「有効性が証明されていないにもかかわらず国に承認された」と指摘した。当初の構想にはなかったが、取材を進める中で、国の審査報告書に「有効性があると結論付けることは困難」と書かれているのに気づいたという。
「なぜ承認されたのか」を追っていくと、14年の改正法施行で、有効性の「証明」ではなく、「推定」だけで承認する規制緩和が行われていたことに行き着いたという。(文・沢伸也 写真・慎芝賢)=朝日新聞2024年12月7日掲載