驚くほど強烈な出来事があった時に「はぁ!?」みたいな感じでなんとなく、!?を今まで使ってきたんだけど、?!を使う人も結構見るようになったんですよね。 で、最初は?!を気持ち悪いと思ってたんだけど、!?が正しいってソースもないし、?!も受け入れていこうと考えてもう3年ぐらいたつんだけどやっぱり、!?が正しいとしか思えない。 Googleで!?ってググっても、?!でググっても共に検索結果が現れない。 なので、誰かどっちが正しいかってソースもってませんか?
驚くほど強烈な出来事があった時に「はぁ!?」みたいな感じでなんとなく、!?を今まで使ってきたんだけど、?!を使う人も結構見るようになったんですよね。 で、最初は?!を気持ち悪いと思ってたんだけど、!?が正しいってソースもないし、?!も受け入れていこうと考えてもう3年ぐらいたつんだけどやっぱり、!?が正しいとしか思えない。 Googleで!?ってググっても、?!でググっても共に検索結果が現れない。 なので、誰かどっちが正しいかってソースもってませんか?
痴漢とか性犯罪とかの話がなんか盛り上がってまして、僕は結構そこらへん喋りたいことが多い人で、何せ僕はどう転んだっていつだって悪意が先手を取ってくるっていう構造上どうしようもないところが非常に鼻持ちならなくて理不尽すぎてちょっと考えただけでむかついてくるんですけど、だからと言って自分には関係ない、滅多な確率で起こるもんでもないと蔑ろにしたところでやってくる時はやってくるわけで、「あんまりだ」と嘆いたりその悪い奴をどうこうしたりってのは常にやられた後の話になってしまうのでそれじゃあ意味がなくてそれこそ「あんまりだ」なので、そういう馬鹿がやってくる前に、ダルいですけど日頃考えとかなきゃならん問題だよなぁと常々思っているものですので、嫁となんかそこらへんの防犯意識的な話をちょろっとしました。が、このエントリの本題はそこらへんの話ではなく、まぁそこらへんの話は自分の中でもうちょっとまとまったらそのう
寄稿。 久しぶりに寄稿していただいた。こちらのブログを書いている id:bern-kasteさんより。 けっこう読み応えのある文章なので、時間のあるときにどうぞ。 本文。 はじめましてbernです。自己紹介はうざったいだけなのでさくさく記事進めていきます。 本記事は「ブログなんて時間食うだけなのになんで続けてるんだろ?」という内容を8213文字にてお届けします。 ではどうぞ。 ◆ ふと思った。なんで私はこんな時間掛けてまでブログをやってるんだろう? それは「サイト紹介」でも書いたように自分の気持ちを書き残しておくことが好きだからだし、単純に忘れてしまうことが嫌だからなんだと思う。 →サイトを紹介します!(ver3.2) けれどもそういうことを、ここで再考したいわけじゃない。 もう一歩進めた「ブログ媒体の価値」みたいなことについて考えをまとめておきたい。 ブログは時間の無駄? 以前に、「ブロ
・自意識過剰な人は、テキストサイト時代に活躍したが、 はてなでは流れ星のように去っていく。 他者の視線が可視化されすぎて、かつコメントまでつくことが原因ではないだろうか。 こう書くと、はてなはメンヘルの巣窟でネガコメや呪詛ばかりだからな、というXMENを思い出すが 私は実際に問題になるのは、実はネガコメではなく、承認の方であると考える。 「いいね!」以上の具体的な承認は書き手を確実に変容させてしまう。 ・はてなブログで引退発言をするような人間は基本的に文章くっそながい。 どうでもいいことやピントがズレたことをものすごいコストかけて書く。 ひとことでいうと自意識過剰。だからこそ傍目で見ている分には面白い。 ・このテの人間は否定されてることには慣れているというか自虐大好きだ。 普段から基本的にネガティブな発言が多い。 だからこそネガティブなコメントを常に呼び寄せるが、同時に耐性は実は非常に高い
○○が嫌いな理由とか○○みたいなくだらない物が流行ってるのが信じられないとか ○○って評価されてるけど食べてみたらマズかったとか 新しい○○はデザインがカスすぎて笑うとか 嫌いで語るブログが心底しんどい 嫌なら見るなで済むっちゃ済むんだろうけどツイッターやらなんやらでどうしてもタイトルくらいは目にしてしまう そこからクリックして内容を見る事は少ないんだけど、たまに見ちゃうと見なきゃよかったってげんなりしちゃう げんなりするポイントは文章の中身ではなく、嫌いっていう書き手の気持ちが伝わってくるのがしんどい 時々は心温まる批判の文章もあるけど大抵は嫌いっていう初期衝動のまま文章を書き連ねたものが多くて そういった嫌いという痰のような物を見せられてしんどい
この度ブログを引退することを決めました。 愛読してくれていた読者の方々には、本当に申し訳なく思っています。体力、気力の衰えもありますし、自分のメンタルの弱さ、なにより才能の無さ、センスの欠如を痛感したのです。 ここに至るまでの過程と言いますか、要因を、最後に、少しだけ、説明させてください。 仄めかしの恐怖 いろいろなブログを見ていると、これは、もしかして、自分のことをいわれているんじゃないだろうか、などという妄想に取り憑かれてしまうようになりました。僕みたいな弱小ブログが、そんなハズもないのに、可笑しいですよね。肥大した自意識が被害妄想を生むという、負の連鎖に陥ってしまったのです。 大き過ぎた目標 僕は、まえにも書いたのですが、「おうつしかえ」の、ばんばんちゃんのファンです。そしていつか僕も、ばんばんちゃんみたいな、こころ揺さぶるストーリーテラーになりたいと思っていました。頑張ればあんな風
id:fujiponさんの、『それでも、ブログには「観客」が必要なのだと思う。』というエントリーを読んで驚きました。 http://fujipon.hatenablog.com/entry/2013/12/03/130341 まつたけ(id:denpanohikari)さんの「ビッチは殺されて当然か」「自分は観客だと思っている人たち」という二つのエントリーを読んで、僕も映画「サマーウォーズ」を思い出したからです。 http://matsutake.hatenablog.jp/entry/%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%81%E3%81%AF%E6%AE%BA%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%A6%E5%BD%93%E7%84%B6%E3%81%8B ただ、当たり前だけど思った内容は違います。 少しだけ僕についての話を書きます。 僕は、県庁所在地ではない地方
自分が前から関わっていた人や自分が読んでいるブログから少しずつ奥ゆかしさが失われていくのを見るのが本当に辛い。 特にネットでのそれは顕著に感じる。無数の相手のうちから自分が特に気に入った相手を選べるからこそ、わずかな変化を大きく感じるのだろうか? たとえばあるブロガーはこの所上から目線で物を書くことが目立つようになってきた。 彼は元々どこかぶっきらぼうな物の書き方をする人だったのだが、それが上から目線でやられるとひどく鼻につくようになった。 手短に言えば彼の文章からにじみ出る人格から奥ゆかしさやしなやかさが明らかに失われてしまっていたのだ。 昔は「こうなればいいなぁ」とか「そう思った」と言っていた彼が最近は「どうしてこうならなかったんだ?俺は前から警告していたぞ」とか「俺はこうなった方が絶対にいいはずだと考えている」といった物言いをするようになった。話の締めくくり方だけが過剰になったのでは
きのうの続き。だいぶ前、日記の感想メールもらって、そこには「毎日何食べたかなんて詳しく書かなくていいからどこへ行ったかどんな映画見たかどんな本読んだかそういうことを書いてくれ」とあったんだよね。たまらず苦笑したけどさ。でもその人の言いたいことはなんとなく僕にはわかった。 わかったけどどうしようもない。毎日どこへも行かないし、毎日映画見てないし、毎日本は読んでるけど一行だけって日もふつうにあるから困っちゃって。さすがに一行の感想はそうそう書けない。あのときなんて返事したかなあ。もう思い出せない。送信済みのメールも残ってない。たいして変わり映えのしない毎日の暮らしの中で、せめて昨日と違う何かを見つけようと思ったら(日記に書ける範囲のことで)、夜ごはんに食べたものというのは、それこそ毎日内容が違う。昼はラーメンとかカレーとか、家でもカップラーメンなんて同じものが多いでしょ。 風呂の入浴剤の種
2010年02月19日 日本語は当分、滅びないが、縦書き文化は、近いうちに滅びる 今日は、コンテナや運搬手段が変化することは、その積荷であるコンテンツに対して、決してニュートラルではないぞ、という話です。 昼に岩瀬さんのTwitterで紹介されていたので、GREEの田中さんが書かれた「ウェブ時代5つの定理」の文庫版への解説を読みに行ったのだが、そのページを開いた瞬間に、「わ!縦書きかよ!?」とすごいアレルギーを出してしまっている自分がいたのである。ある意味、そんな自分の心の動きに、驚くと同時に、興味深くも思った。(文章の内容自体は、非常に素直に共感できるもの。) というのも、今朝の通勤電車で、昨晩、購入した小飼弾さんの新著「決弾」をiPhone版で初めて読み、生まれて初めて、「内容」と「インターフェース」の両面から、まともに楽しめる電子書籍に巡りあった〜!と思っていたからだ。 余談だが、電
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