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なぜ人はアートを楽しむように進化したのか 作者:アンジャン・チャタジー草思社Amazon 本書はアートを進化的に考察した本になる*1.著者のアンジャン・チャタジーは神経科学者で,神経美学(neuroaethetics)の研究者でもある.私はあまりよく知らなかったが,神経美学とは認知神経科学の一分野で,脳の働きと美学的経験の関係(美しいものを見た時に脳のどの領域が活性化するか,どのような神経伝達物質が介在するかなど)を研究するものらしい.本書ではこの至近因的な神経科学の内容だけでなく,究極因的な(進化心理学的な)内容を扱い,対象も美しいものだけでなくコンテンポラリーアート,コンセプチュアルアートなども含むアートと広げている.原題は「The Aethetic Brain: How We Evolved to Desire Beauty and Enjoy Art」. 冒頭のはしがきで,自然科学
現代思想2024年10月臨時増刊号 総特集=ダニエル・C・デネット――1942-2024 意識と進化の哲学 作者:木島泰三,戸田山和久,飯盛元章,吉川浩満,山口尚,高崎将平青土社Amazon ダニエル・デネットは意識,自由意思*1,ダーウィニズムを扱った哲学者であり,新無神論の提唱者の1人としても知られる.本臨時増刊号は彼の今年4月の逝去を受けての追悼記念号という位置づけだと思われる. 私のデネットとの出会いは,「ダーウィンの危険な思想」から始まる.哲学者が著した進化論を巡る論考ということで手を出してみたのだが,実に緻密で徹底的な思考により自然淘汰のアルゴリズムの強力さが描かれており,すぐに大ファンになった(そして私の哲学への偏見を取り除いてくれた恩人でもある).その後意識をめぐる「解明された意識」「スウィート・ドリームズ」,自由意思をめぐる「Freedom Evolves(邦題:自由は進
わたしは哺乳類です: 母乳から知能まで、進化の鍵はなにか 作者:リアム・ドリューインターシフトAmazon 本書は,哺乳類についてその特徴と進化を語った一冊.著者のリアム・ドリューは神経生物学の研究者であった経歴を持つサイエンスライター.この本はかなり評判が良く,2019年に訳本が出て(原書は2017年出版)私も読もうと思っていたのだが,いつまでたっても電子化されず,待ってるうちについ読みそびれていたものだ*1.しかしブルサッテの「哺乳類興隆史」を読んでみて哺乳類についてより学びたいという気分になり,参照文献に本書がたびたび登場しているのを知り,そうそうこれは読もうと思っていた本だったと思い出し,早速取り寄せてみたものだ.原題は「I, Mammal: The Story of What Makes Us Mammals」 はじめに 序章では本書のテーマが示されている.それは哺乳類を哺乳類た
ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」 動物のひみつ――争い・裏切り・協力・繁栄の謎を追う 作者:アシュリー・ウォードダイヤモンド社Amazon 本書は動物行動学者アシュリー・ウォードによる動物の社会生活に焦点をおいた一般向けの科学書である.ウォードは社会性動物のコミュニケーションの専門家(感覚生態学と呼ばれることもあるようだ).かなり思わせぶりな邦題だが,原題は非常にシンプルな「The Social Lives of Animals」だ. はじめに 冒頭で有名なチスイコウモリの獲得した血を同種個体に分け与える協力行動のエピソードを紹介し,本書のフォーカスが集団を形成する社会的動物の相互作用にあること,そしてその重要性はヒトにおいても同じであることが述べられている. 第1章 氷と嵐の世界に棲む謎の生物 第1章のテーマは集団性.冒頭で登場するのはナンキョクオキアミ.生物の社会性を解説する本と
ダーウィン-「進化論の父」の大いなる遺産 (中公新書 2813) 作者:鈴木 紀之中央公論新社Amazon 本書は進化生物学者鈴木紀之によるダーウィンについての一冊.ダーウィンを語る本は,ダーウィンイヤー(生誕200年,種の起源出版150年)であった2009年辺りにずいぶん出版され,ダーウィンファンの私は喜んで片っ端から読んだものだが,それも一段落し,最近はあまり見かけなくなっていた.そこに久々のダーウィン本の新刊ということになる. 本書の特徴はダーウィンの生涯を,(「種の起源」だけでなく)数多くの著書の内容を中心に振り返っていることで,サンゴ礁の理論,植物関連本の紹介はこれまでの(日本語の)ダーウィン本ではあまり触れられていない部分でもあり,非常に嬉しい一冊になっている. 序章 ダーウィンが変えたもの 序章ということで,進化とは何か,自然淘汰とは何かについての簡単な解説がおかれている.ダ
まじめにエイリアンの姿を想像してみた 作者:アリク・カーシェンバウム,穴水由紀子柏書房Amazon 本書は進化生物学者であり,動物のコミュニケーションの専門家であるアリク・カーシェンバウムによる,星間航行を可能にするような地球外生命がどのようなものであるのかを,(生化学的,解剖学的にではなく)進化的に考えてみようという一冊.姿形よりも行動や社会性に焦点があり,そういう意味では邦題はあまり良いものではない.原題は「The Zoologist’s Guide to the Galaxy: What Animals on Earth Reveal About Aliens--and Ourselves」. 第1章 はじめに 冒頭で2009年のケプラー宇宙望遠鏡の打ち上げ以降,系外惑星が次々と発見され,系外惑星の物理的環境条件がかなりわかってきたことに触れ,そこから地球外生命を想像することの難しさ
WEIRD「現代人」の奇妙な心理 上 経済的繁栄、民主制、個人主義の起源 作者:ジョセフ・ヘンリック,今西康子白揚社AmazonWEIRD(ウィアード)「現代人」の奇妙な心理 下:経済的繁栄、民主制、個人主義の起源 作者:ジョセフ・ヘンリック白揚社Amazon 本書は文化進化研究の第一人者で「文化がヒトを進化させた」の著者でもあるジョセフ・ヘンリックによる一冊.WEIRDという書名から多くの心理学研究のサンプルが西洋諸国の大学生に偏っている問題を扱ったものかと思っていたら,そうではなく,この西洋諸国の大学生の心理傾向が,実際にとても奇妙(weird)であり,それがどのようにしてそうなったのかを説明していく大著だった.ヘンリックの説明はもちろん文化進化を主軸においているが,歴史的経緯が詳しく描かれており,読みごたえのある本に仕上がっている. 日本を含む東アジアの人々にある集団主義的心理と,西
ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか?~進化の仕組みを基礎から学ぶ~ (光文社新書) 作者:河田 雅圭光文社Amazon 本書は進化生物学者河田雅圭による進化の一般向けの解説書になる.河田は新進気鋭の学者であった1990年に「はじめての進化論」を書いている.当時は行動生態学が日本に導入された直後であり,新しい学問を世に知らしめようという意欲にあふれ,かつコンパクトにまとまった良い入門書だった.そして東北大学を定年退官して執筆時間がとれるようになり,その後の30年以上の学問の進展を踏まえ,改めて一般向けの進化の解説書を書いたということになる.ダーウィンの議論の今日的当否を問うような印象の題名だが,それは本書の極く一部の内容で,基本的にはいくつかの誤解が生じやすいトピックを扱いつつ進化とは何かを解説する書物になっている. 第1章 進化とは何か 1.1 そもそも進化とはなんだろうか? 第1章第
善と悪の生物学(上) 何がヒトを動かしているのか 作者:ロバート・M・サポルスキーNHK出版Amazon善と悪の生物学(下) 何がヒトを動かしているのか 作者:ロバート・M・サポルスキーNHK出版Amazon 本書は,ストレスについての神経生理と行動の研究者で,アフリカで長年ヒヒの観察をしたことで知られるロバート・サポルスキーによるヒトの行動(特に暴力と攻撃と競争)についての一冊.進化生物学,脳神経科学,心理学の至近要因,究極要因の両方を含む広範な知見が簡潔に紹介され,著者自身の様々な考察が述べられている重厚な一般向け啓蒙書だ.サポルスキーは2001年に自伝的な回想録「A Primate's Memoir: A Neuroscientist's Unconventional Life Among the Baboons」を出しており(邦訳書は「サルなりに思い出すことなど」で2014年刊行)
技術革新と不平等の1000年史 上 作者:ダロン アセモグル,サイモン ジョンソン早川書房Amazon技術革新と不平等の1000年史 下 作者:ダロン アセモグル,サイモン ジョンソン早川書房Amazon 本書はダロン・アセモグルとサイモン・ジョンソンという2人の経済学者による「技術革新がどのような社会的経済的影響を与えるか」を語る一般向けの本になる.議論の焦点はまさに今大きな展開をみせているAI技術が私たちの社会や経済にどのように影響するのか(テックジャイアントが言うような楽観的な予測を信じていよいのか)というところにある. アセモグルはこれまでジェイムズ・ロビンソンと組んで,歴史的な自然実験という視点から国家や社会がどのような道をたどるか(どのような制度のもとで持続的経済成長が可能になるのか)を語る「国家はなぜ衰退するのか」「自由の命運」を書いてきた.本書のテーマはこれらの著作より狭い
心理学を遊撃する 作者:山田祐樹ちとせプレスAmazon 本書は認知心理学者山田佑樹による,「心理学の再現性問題」についてそれをリサーチ対象として捉えて突っ込んでいった結果を報告してくれる書物である. 「心理学の再現性問題」は,心理学者にとって自分のリサーチの基礎ががらがらと崩れていくかもしれないような重苦しいテーマであるに違いない.しかし著者はそれを軽やかに取り上げ,様々な角度からつつき,本質を見極めようとする.物語としてはその突貫振りが楽しいし,再現性問題が非常に複雑な側面を持ち,かつとても興味深い現象であり,到達点がなお見えない奥深いものであることを教えてくれる.それはまさに最前線からの「遊撃」レポートであり,迫力満点の一冊だ. 第1章 心理学の楽屋話をしよう 第1章では心理学の「楽屋話」が書かれている.まず著者の駆け出しのころの研究(ランダムネスの知覚),面白い効果を実験で示せたと
宗教の起源 作者:ロビン・ダンバー,小田哲白揚社Amazon 本書はダンバー数で有名な進化心理学者ロビン・ダンバーが宗教を語る一冊.これまでに宗教を進化的に説明するものとしては,(宗教が信者に誤信念を抱かせ,儀式等にコストをかけさせることから個体にとって適応度を下げるものであることを前提にして)進化的に形成された適応的な認知傾向による副産物だとするもの(アトラン,ボイヤーなど),原始宗教は副産物であり,さらに組織化された宗教にはミーム複合体の側面もあるとするもの(デネット,ドーキンスなど),文化進化として説明するもの(ライトなど),マルチレベル淘汰をもちだして集団や社会にとって適応的であると説明するもの(DSウィルソンなど)などがあった.本書では,前提を見直して宗教は個体にとって適応的だったのではないかという観点から説明を試みるものになる.そしてその説明はこれまでのダンバーの研究領域である
なぜオスとメスは違うのか―性淘汰の科学 作者:マーリーン・ズック,リー・W・シモンズ大修館書店Amazon 本書はハミルトンとともに性淘汰のハミルトン=ズック仮説を提唱したことで有名なマーリーン・ズックとリー・シモンズによる性淘汰の解説書だ.ズックは性淘汰とパラサイトの,シモンズは性淘汰と生活史の研究者ということになる.性淘汰はダーウィンが1870年代に提唱したが,(そのうちメスの選り好み型については)生物学者たちにはあまり受けがよくなく,フィッシャーが1930年代に理論モデルを提唱したあともなかなか受け入れられなかった.1980年代にメスの選り好みと選り好まれるオスの適応度上昇が実証的に示されて以降,ようやく進化生物学者たちに受け入れられ一気に研究されるようになり,1990年代にハンディキャップ理論を元にしたグラフェンのモデルやハミルトン=ズック仮説などが現れる.この頃に書かれた様々な解
ダーウィンの呪い (講談社現代新書) 作者:千葉聡講談社Amazon 本書は千葉聡による「ダーウィンの自然淘汰理論」(特にそれが社会にどのような含意を持つかについての誤解や誤用)が人間社会に与えた負の側面(本書では「呪い」と呼ばれている)を描く一冊.当然ながら優生学が中心の話題になるが,それにとどまらず様々な問題を扱い,歴史的な掘り下げがある重厚な一冊になっている. 冒頭ではマスメディアがしばしばまき散らす「企業や大学はダーウィンが言うように競争原理の中でもまれるべきであり,変化に対応できないものは淘汰されるべきだ」という言説を,まさに「呪い」であると憂いている.そしてそれが「呪い」であるのは,「進歩せよ,闘いに勝て,そしてそれは自然から導かれた当然の規範である」というメッセージがあるからだと喝破している(それぞれ,「進化の呪い」「闘争の呪い」「ダーウィンの呪い」と名付けられている). 第
なぜ私たちは友だちをつくるのか--進化心理学から考える人類にとって一番重要な関係 作者:ロビン ダンバー青土社Amazon 本書はダンバー数と言語のゴシップ起源説で有名なロビン・ダンバーによるヒトの社会的ネットワーク(特に親しい友人関係)についての本.ダンバー数とはヒトにおける一人一人互いに相手を知るような社会的ネットワークの規模は150人程度であり,それは人類の進化史において形成されたものだという考えを表す概念だが,本書はヒトのネットワークについてのその後の30年の研究の進展がまとめられているものになる.原題は「Friends: Understanding the Power of our Most Important Relationships」 第1章 なぜ友だちは重要なのか 第1章では友人関係を持つことのメリットが解説される. 大規模な疫学的調査によると友人の存在(特に社会的サポー
「協力」の生命全史―進化と淘汰がもたらした集団の力学 作者:ニコラ・ライハニ東洋経済新報社Amazon 本書は行動生態学者でヒトの協力のリサーチも行っているニコラ・ライハニによる協力の進化を扱った一般向けの科学啓蒙書だ.オーソドックスに協力にかかる進化生態学的な解説を行いつつ,最新の知見やリサーチ結果も取り込んでいて端正な仕上がりの本になっている.原題は「The Social Instinct: How Cooperation Shaped the World」 はじめに 冒頭で新型ウイルスが感染を広げられるのはヒトが社会的に生活しているからであること,それに対処するにはヒトの協力が必要であることに触れ,ヒトの生活のあらゆる側面に協力がかかわっていること,このような社会性を持つ生物は稀だがいくつか存在すること,協力には負の側面もあることなどが指摘されている.そして著者による協力の進化を探る
人を動かすルールをつくる――行動法学の冒険 作者:ベンヤミン・ファン・ロイ,アダム・ファインみすず書房Amazon 本書はヒトがルールに対してどのように反応して行動するかという行動科学的視点にたって法(特に立法政策)を考える試み*1についての一般向けの解説書だ.著者のロイとファインはともに法学者で法と行動科学,法と行動の相互作用を専門としている*2. 法,特に刑事法は人々の行動を変えようとするものでもあり,うまく人々の行動を変えるには,ヒトがルールに対してどのように反応するかは重要な論点のはずだが,実際に法を作っている人々はそのような行動科学のトレーニングは受けていないし,非常に単純な前提しかおいていない.著者たちはそういう立法実務は非効率でり,行動科学を取り入れた法のデザインが重要だと主張している.行動経済学とちょっと似た視点にたっていて,興味深い.原題は「The Behavioral
運動の神話 上 作者:ダニエル E リーバーマン早川書房Amazon運動の神話 下 作者:ダニエル E リーバーマン早川書房Amazon 本書は進化生物学者ダニエル・リーバーマンによる運動(本書では特に意識的に身体活動を目的にして行うエクササイズを指す)についての本だ.リーバーマンは前著「人体600万年史」で進化環境における人体の適応史と現代環境とのミスマッチを概説してくれたが,本書では運動に焦点を絞り,なぜ,どのように運動は健康に良いのか,なぜそれがわかっていても実践するのが難しいのか,そしてどうすればいいのかについて解説してくれている. 全体としては,イントロダクションの第1章をおいた後での4部構成になっており,運動しない状態,スピードとパワーを必要とする運動,持久力を必要とする運動,現代における運動がそれぞれ扱われている.各章においては(巷でよく聞く)運動についての様々な「神話」をと
進化が同性愛を用意した: ジェンダーの生物学 作者:坂口 菊恵創元社Amazon 本書は進化心理学者坂口菊恵による同性愛を扱った一冊.坂口は進化心理学的に性淘汰産物としてのヒトの行動性差,個人差について探究し,その後その至近要因にも踏み込んで内分泌行動の研究も行ってきた研究者だ.単著としてはナンパや痴漢のされやすさの個人差に関する「ナンパを科学する」に続く2冊目ということになる. 本書は同性愛を科学的に考察するものだが,まず同性愛行動そのものが複雑で多層的な側面を持つこと,またラディカルなフェミニズムや社会正義運動の吹き荒れる昨今,同性愛はなかなか社会的に微妙なテーマとなっていること,さらに(環境要因として)同性愛の社会史や文化史まで視野に入れていることから,かなり複雑で込み入った構成となっている. Part 1 同性愛でいっぱいの地球 第1章では動物界に同性愛行動がありふれていることが強
チョウの翅は、なぜ美しいか:その謎を追いかけて (DOJIN選書 096) 作者:今福 道夫化学同人Amazon 本書はチョウの研究者今福道夫によるチョウのメスの選り好み型性淘汰に関する探求物語だ.チョウのオス間競争型性淘汰に関しては先日「武器を持たないチョウの戦い方」を読んでいろいろと面白かったので,次はメスの選り好み型もと思って手に取った一冊になる. メスの選り好み型性淘汰は,クジャクやゴクラクチョウで有名で,オスが鮮やかな色や模様を持ち,メスがそれを選り好み形で進むものだ.そしてこのような鳥類においては有名ないくつもの研究がある.一方チョウにもオスとメスに性的二型があり,オスの方が鮮やかな種が多数存在する.しかし本書によるとチョウの選り好み型性淘汰の研究はあまり進んでいないのだそうだ.ということで著者はその謎に迫っていくことになる. 第1章 梢上の花 冒頭は著者の子供のころのウラナミ
War and Peace and War: The Rise and Fall of Empires (English Edition) 作者:Turchin, PeterPlumeAmazon ターチンの協力の科学の学説史は進化生物学の理論に進む.冒頭で血縁淘汰と(直接)互恵性について言及し,EOウィルソンとドーキンスの名前を出した.ここからヒトの向社会性の説明の話になる. 第5章 自己利益の神話:協力の科学 その4 確かに血縁淘汰と互恵性はヒトの進化の早い時期に重要な役割を演じただろう. しかし狩猟採集民のバンドのような「原始的」な社会であっても血縁者だけで構成されているわけではない.血縁淘汰で彼等の行動を説明するには非血縁者が多く存在し過ぎるのだ.狩猟で得られた大きな獲物の肉は非血縁者も含めたバンドメンバーに注意深く平等に分けられる.そしてその対極のような現代の複雑な社会,例えば1
人間性の進化的起源 作者:ケヴィン・レイランド,豊川航勁草書房Amazon 本書はヒトの知性や認知能力や心のあり方の進化的な起源を「文化進化」を深く考察することにより探索する本だ.そしてその中では累積的文化進化,ニッチ構築,遺伝子と文化の共進化にからむ正のフィードバック過程がキーコンセプトになる.著者はケヴィン・レイランド.原題は「Darwin’s Unfinished Symphony: How Culture Made the Human Mind」 本書全体は第1部「文化の基礎」で模倣や文化にかかる行動や能力がどのように進化しうるのかをまず整理し,第2部「人間らしさの進化」でヒトを特別にしているものは何か,それはどうして(ヒトだけに)進化したのかを扱うという構成になっている. 第1部 文化の基礎 第1章 ダーウィンの未完成交響曲 冒頭で,ダーウィンは土手を覆い尽くす生物たちの多様性を
広がる! 進化心理学 朝倉書店Amazon 進化心理学は基本的にヒトの行動や心理を進化的な視点から理解しようとする試みであり,極めて学際的な営みになる.本書はそのような進化心理学の周辺分野の専門家たち(その多くは同時に進化心理学者でもある)による進化心理学が周辺分野に与えてきた影響,あるいはその親和性を解説する一冊になる.編者は小田亮と大坪庸介. 冒頭の「まえがき」は「なぜ書店の『心理学』の棚には『進化心理学』というコーナーがないのか」という面白い掴みから始まっている.基本的に新しい分野でまだ認知度がなく,そういう書名の本が少ないからだと思われるが,ここでは,進化心理学は他の○○心理学と異なり,○○にあたる内容を研究するのではなく,進化はその視座を表しているからだと説明されている.つまり進化心理学は認知科学,社会心理学,発達心理学のような内容による区分に横串を通すような分野であり,そのよう
生物学者のための科学哲学 勁草書房Amazon 本書は生物学にかかわる科学哲学の主要トピックについて科学哲学者や科学史家たちが解説したもの.編者は科学哲学者のカンプラーキスと生物学者のウレルで,書名にもあるように想定読者としては生物学者が念頭に置かれている. これまでの生物学の科学哲学の入門書だと「種とは何か」「自然淘汰の単位は何か」「系統樹の推定はどのような営みか」「利他行動の進化とマルチレベル淘汰」「発生システム論」などの個別の各論のトピックが主要テーマになっているものが多いが,本書が取り上げるものは必ずしも「生物学の科学哲学」に限らないということで,「説明」「知識」「理論とモデル」「概念」などの基礎ブロック的なテーマが数多く取り上げられていてなかなかハードな内容になっている.原題は「Philosophy of Science for Biologists」. 第1章 なぜ生物学者は科
進化的人間考 作者:長谷川眞理子東京大学出版会Amazon 本書は長谷川眞理子による「ヒトの特殊性」についての本になる.もともとは東京大学出版会のPR誌「UP」に2010~2012年にかけて「進化的人間考」として連載されたもので,それに少子化,犯罪,進化心理学についてのいくつかの雑誌寄稿*1を加え,最新の知見等にあわせ一部改訂し,一冊にしたものだ. 第1章ではヒトを探究する学問についての俯瞰的な解説がなされている.もともと人間についての探求は哲学として始まり,法学,経済学,社会学,倫理学,心理学,民族学,文化人類学と広がり,片方で自然人類学がある.自然人類学は長らく化石からの考察が中心だったが近時ゲノム解析が進み生態学,行動学,神経科学を取り込んで包括的に人類進化を解明できるようになった.そしてこれらを統合できないかというのが著者が長年取り組んできたことになる. ここから社会生物学論争,人
進化心理学 (放送大学教材) 作者:大坪 庸介放送大学教育振興会Amazon 本書は進化心理学者大坪庸介の手になる進化心理学の教科書だ.今2023年度から放送大学で「進化心理学」が開講され,その教材として出版されたものだ.放送大学なら(BS視聴環境があれば)誰でも視聴でき,このようにテキストも出版されているので,初学者にとってはとてもうれしい学習環境になったというべきだろう. 冒頭の「まえがき」でいきなり,「進化心理学について学びすぎないようにしてください」とあって驚かされるが,教科書に書いてあることを鵜呑みにするのではなく自分で考えることによって理解が深まるのだという趣旨のようだ.そして進化心理学は「進化・適応」という大原則から統一的な理解が得られるという面白さがあること,進化的な説明が現代の倫理観とかけ離れたものであることが多く,誤謬のリスクがある反面,価値中立的に事実を評価することに
招かれた天敵――生物多様性が生んだ夢と罠 作者:千葉聡みすず書房Amazon 本書は進化生物学者千葉聡による天敵を利用した生物的防除の歴史を扱う大作.千葉は「歌うカタツムリ」でカタツムリを題材に淘汰と浮動の進化観をめぐる壮大な進化学説史を語ってくれたが,本書では生物的防除の成功と失敗の歴史を滔々と語り,そのストーリーテラーの才能をまたも披露してくれている. 序章にあたる「はじめに」では,「自然」という著しく複雑で多様な系に対して科学の手法であるモデル化で対応することの限界とリスクが指摘され,より良い解決を望むなら歴史を知ることが有益ではないかと示唆されている.本書は有害生物防除についての歴史を知るために書かれているのだ. 第1章 救世主と悪魔 冒頭はレイチェル・カーソンの「沈黙の春」から始まる. 1939年に殺虫効果が発見されたDDTは人体への危険がほとんどないと認識され,マラリア撲滅の切
知られざる食肉目動物の多様な世界 東欧と日本 作者:増田 隆一,金子 弥生中西出版Amazon 本書は東京農工大とトラキア大学の間の姉妹校交流の中から生まれたブルガリアの食肉目哺乳類の協同研究プロジェクト(両大学のほか,北海道大学,ブルガリア国立自然史博物館も加わっている)の成果物,そしてブルガリアや研究手法にまつわるさまざまなコラムを一冊の本にまとめたものだ.中心テーマはヨーロッパとアジアの接点でもあるブルガリアの食肉目動物についての生態学,進化遺伝学,系統地理学のリサーチ結果だが,それ以外にもさまざまな要素が付加され,手作り観満載の楽しい本になっている. 冒頭カラー口絵部分でさまざまな概説があって楽しい.食肉目*1とはどのような動物かが系統樹と共に解説され,続いて(日本に分布せずなじみの薄い)ジャッカル*2,ネコ科動物の解説があるかと思えば,ブルガリアの生物多様性,伝統的な街並み,自動
「社会正義」はいつも正しい: 人種、ジェンダー、アイデンティティにまつわる捏造のすべて 作者:ヘレン・プラックローズ,ジェームズ・リンゼイ,Helen Pluckrose,James Lindsay早川書房Amazon 本書はアメリカのアカデミアで吹き荒れる行き過ぎたポリコレ,アイデンティティ・ポリティクス,社会正義運動,キャンセルカルチャーがどのような思想的な流れの上に発生したものか,代表的な議論はどのようなものか,そしてこれに対抗するにはどうすればいいのかを語る本になる.著者たちはこれらの運動の基礎にあるのは1970年代に一世を風靡し,その後その非生産性とシニカルさから衰退していったと思われていたポストモダニズムにあるのだと喝破し,詳しく解説してくれている.著者は第2のソーカル事件(不満スタディーズ事件)の首謀者でもある数学者のジェームズ・リンゼイと評論家のヘレン・プラックローズ.原題
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