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その相場感や人文系の感覚というのは粗悪な翻訳が行われることに対する懸..
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その相場感や人文系の感覚というのは粗悪な翻訳が行われることに対する懸念に由来するものだろうが もち... その相場感や人文系の感覚というのは粗悪な翻訳が行われることに対する懸念に由来するものだろうが もちろんそれもあるけど、質じゃなくて規範の問題なんだよね。マトモな研究や翻訳は原典に基づいて行うべきだ、という規範。 ありていに言えば、「なーんだ、重訳なんだ」「えっ、重訳なの……?」と、重訳である時点で評価が二段階三段階は落ちるわけ。 なんだろうな、理系分野や経済学でいう査読の重みに近いかな。「重訳だけど正確な訳だし……」っていうのは、「査読されてないけど面白い論文だし……」って言われてるみたいな感じ。「まずは直訳」「直訳が困難な事情がある場合には重訳でも許容」なのよ。 だから、「ピケティの本を英語から重訳する」というのは、人文系目線では、「『エコノメトリカ』に載るレベルの論文を査読なし雑誌に載せる」みたいなもんで、ショボい研究ならそれでいいのかもしんないけど、ピケティでやっちゃダメだろ! って