人よりも匂いに敏感だと自負している。こと、好きな人、好きだった人の匂いとなると、忠実に覚えていられる。それも髪だけじゃなくて、首や腰、足と、部位ごとで覚えていることもある。 前世は犬だったのかもしれない。僕の嗅覚は五感の中でも特別センチメンタルで、エモーショナルで、記憶媒体として役立つ優れた器官だ。 この間は、転勤する知人を送別するために買った花の香りをきっかけに、田園都市線沿線に住んでいたときのことを思い出した。匂いはときに強引に、僕を過去へと連れ戻す。 その髪はちっとも美しくなかった。 指を通せばスルッと抜けて、歩けば踊るように光沢を保ったまま跳ねるロングヘアを「美しい」とするなら、彼女は正反対の髪質をしていた。 ワックスを付けたり髪が長くなったりすると重たくなって、「ボリュームが出なくなるから」とショートに抑えられた黒髪。少しごわごわしていて、手ぐしが途中で引っかかることもしょっちゅ