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人生に関するyuya_prestoのブックマーク (102)

  • 40歳になるので30代でやってよかったことをまとめた - そーだいなるらくがき帳

    来週で40歳にあるので30代の振り返りとしてこれを書く。 そんな30代を全力で走ってきた中で、これは30代でやってよかったな。 もっと早くやってもよかったな。というようなことを書く。 最初に行っとくと一般的にやったほうが良いということは基的にやったほうがいい。 そういうのも含めて実際にやってみた経験も書く。 習慣を作れるようになる これは当にやったほうがいい。 身につけるのであれば、早ければ早いほどほどいい。 もう少し具体的に話すと自分がやりたいことを実現していくためには習慣にできるとよい。 なんでも習慣にできると強くて、自分はどうやったら習慣になるんだろう?ってところを理解して上手くハックして習慣化していけると自分のやりたいことがどんどん実現できるようになる。 運動習慣 これも早ければ早いほど良いと思うが、朝か夜の散歩くらいからでもよいからやったほういい。 コロナ禍をきっかけに自分は

    40歳になるので30代でやってよかったことをまとめた - そーだいなるらくがき帳
    yuya_presto
    yuya_presto 2024/12/28
    30代について考える時が増えている
  • いなくなった、あの人のこと|岸田奈美|NamiKishida

    今年の3月ごろ、足を運ぶのにダントツで気が重い場所は、役所だった。 母が感染性心内膜炎というやばい病気で入院。 祖母の物忘れが急加速し、介護認定。 ダウン症の弟と祖母が一緒になるとトム&ジェリーからユーモアを抜いたような様相になることが増えたので、弟のグループホーム入居。 十年も精神病院で過ごしていた祖父が亡くなったので、相続。 わたしが東京から神戸へ出戻ることになったので、引っ越し。 一気に押し寄せてきたので、事あるごとにわたしは役所に行っていた。クエストを進行しに行ったはずが、なぜかいつもクエストを受注して帰ってきたような気がする。 書類を作るための書類に押す印鑑を証明するための書類を作るから、家に郵送する書類と他の書類を集めてもう一度来てね、みたいな。ドラクエの石板集めの方がまだ簡単。 でも、手続きが面倒というだけで、気が重かったわけじゃない。 手続きって、お金をもらうことでもあるか

    いなくなった、あの人のこと|岸田奈美|NamiKishida
    yuya_presto
    yuya_presto 2023/11/26
    oO(ここまでのぐちゃぐちゃでないけど、わたしの生い立ちを思い出す部分があった
  • 続く道 花の跡 - ななせ悠 | 少年ジャンプ+

    JASRAC許諾第9009285055Y45038号 JASRAC許諾第9009285050Y45038号 JASRAC許諾第9009285049Y43128号 許諾番号 ID000002929 ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号 第6091713号)です。

    続く道 花の跡 - ななせ悠 | 少年ジャンプ+
  • ウサギの島の毒ガス工場、引き揚げ女性の極秘堕胎施設……。第二次大戦で消された記録<前編> FNSドキュメンタリー大賞2019|FNNプライムオンライン

    ウサギの島の毒ガス工場、引き揚げ女性の極秘堕胎施設……。第二次大戦で消された記録<前編> FNSドキュメンタリー大賞2019 第二次世界大戦が終わって、70年あまり。広島と長崎に投下された原爆。東京や福岡での大規模な空襲。そして、敗戦後の大陸からの引き揚げ――。それぞれの日人が異なる場所で体験した「忘れ得ぬ記憶」は、戦争体験者の心の奥底に今もこびりつき、いびつなわだちとなって固まっている。 アメリカ兵捕虜の生体解剖に関わった医師、極秘の堕胎施設で働いていた看護師、中国大陸で使用する毒ガスを砲弾に詰めていた男性、アメリカまで飛ばす風船爆弾を作っていた女生徒……。彼、彼女たちは、確かな罪の手触りを感じながら人生を歩んできた。 その証言にある“消えない真実”から見えてくるのは、日における「被害の歴史」、そして「加害の歴史」だ。 前編では、広島県にあった毒ガス工場、福岡県にあった堕胎施設をめぐ

    ウサギの島の毒ガス工場、引き揚げ女性の極秘堕胎施設……。第二次大戦で消された記録<前編> FNSドキュメンタリー大賞2019|FNNプライムオンライン
  • 「まるかつ無料食堂」スタートして半年後のご報告と御礼 | 匠とんかつ まるかつ(奈良市・生駒市・天理市・大阪市)

    店長の金子友則です。 5月4日に「まるかつ無料堂」を始めさせていただき、ちょうど半年が過ぎました。開始直後から想像以上の反響、そして、当に多くのご声援をいただきました。遠方からわざわざお越しくださるお客様も増えました。まだまだ至らないことだらけのお店なのに、なんか申し訳なくて、当にありがたいことです。当店としては、もっと料理や接客を磨いて、当店が皆さまの笑顔と元気のきっかけになれればと、日々努めていく決意です。 ※無料堂についてはこちらもお読みいただければありがたいです ・「まるかつ無料堂」について ・子ども向け「無料堂」ポスターについて メディアなどで報道していただくたびに「無料堂」を利用される方も増え、ありがたいなと思っています。また、利用される方の表情からもきっと喜んでいただいていると思います。人生には私などが想像も及ばないさまざまな境遇があり、子どもだけではなく、むし

    「まるかつ無料食堂」スタートして半年後のご報告と御礼 | 匠とんかつ まるかつ(奈良市・生駒市・天理市・大阪市)
  • 新しい家族のかたち「拡張家族」。 働き方の次は、家族観を見直していこう。

    2018年は当に沢山の挑戦をさせて頂いた激動の年でしたが、間違いなく私自身の人生の中で今年を最も総括するキーワードは「家族」でした。 今日は12月30日。今この記事を見てくれている皆さんの中には実家への帰路の途中の方もいるかもしれません。きっと一年の中で最も家族について思いを馳せる時だからこそ、皆さんと一緒に「家族」について考えたい。

    新しい家族のかたち「拡張家族」。 働き方の次は、家族観を見直していこう。
  • 友達ってどうやって作ればいいの?アスペルガーな私の学生時代【LITALICO発達ナビ】

    私と娘は親子揃ってアスペルガー症候群です。娘の診断をきっかけに、私も42歳で診断を受けました。今回は、私の学生時代を振り返りながら、その特性ゆえに友達作りで苦労したお話をご紹介します。 私の母に言わせると、私は昔から友達ができない子どもだったそうです。幼稚園は1年しか行きませんでしたが、入園したとたんにつまづいてしまいました。 いつの間にかクラスの子たちは打ち解けて自然に遊んでいるのですが、どうしたらああなれるのかもわからず、「一緒に遊ぼう」の一言が言えなくて、1人で遊ぶことが多かったのを覚えています。というか、仲良く友達と遊んだ記憶がないんですよね。 先生は厳しい人で、松ぼっくりを蹴って遊んでいたら「松ぼっくりさんがかわいそうでしょ!」と怒られたことを覚えています。どうして松ぼっくりがかわいそうなのかいまだにわかりません…。 幼稚園が楽しいとは、1度も思ったことはありませんでした。 小学

    友達ってどうやって作ればいいの?アスペルガーな私の学生時代【LITALICO発達ナビ】
    yuya_presto
    yuya_presto 2020/02/13
    なんか、自分っぽい。
  • 普通のママが半年で社会を変えるまで|前田晃平

    ここのところ、多胎育児(双子ちゃんや三つ子ちゃんの育児のこと)の支援が拡充されているニュースが次々と飛び込んできます。 当に多くの人の努力、そして積もりに積もった当事者の皆さまの想いがこの施策に結びついたのだと思います。 でも、なんで突然、多胎育児が注目されているのだろう?と思いませんか。 実は、きっかけがあったのです。 それはたったひとりの女性の想いでした。 僕の勤めている認定NPO法人フローレンスの仲間、いっちーです。 2020年1月31日、都庁で小池都知事と面会した時の写真。小池都知事に赤い資料を手渡している女性がいっちー。 とはいっても、いっちーは政治家じゃありません。 専門家でもないし、多胎育児の当事者ですらありません。 二人の娘の育児に奮闘しながら働く普通のママです。 実はいっちー自身、ほんの少し前まで多胎育児が抱える問題を認識すらしていませんでした。 それが、行政に働きかけ

    普通のママが半年で社会を変えるまで|前田晃平
    yuya_presto
    yuya_presto 2020/02/05
    多胎育児のための社会変革の軌跡。
  • 司法試験の受験をやめる話 -

    題名の通りです。司法試験の受験をやめることにしました。暗い話に思う方もいるかもしれませんが、私としては、逃げた結果として辞めるというよりも、強くなったからこそ辞めるのだという気持ちです。辞めると決めた今、私は毎日がとても楽しいです。私は自分を誇りに思っていますし、後悔もありません。 そして、私はどうしても、辞めることにした気持ちの変化と、今の気持ちをどこかに記さなければいけないのです。私のこれまでのカッコ悪い奮闘の記録を、私自身のために残しておかなければいけないと思うのです。言い訳だと言われたらそれまでかもしれませんが、それでも良いのです。それならば、私は今から胸を張って言い訳をします。 私は中学生2年生の時分に、検察官になりたいと思うようになりました。最初は『古畑任三郎』や『ケイゾク』といった刑事ドラマに触発され、正義を貫く存在に憧れを抱いたのかもしれません。中学2年生ですからね、厨二病

    司法試験の受験をやめる話 -
    yuya_presto
    yuya_presto 2019/12/28
    プログラミングだけが取り柄、と思って生きてきた時期があるのでちょっとわかる。(好きな授業でも)朝起きれなかったのを棚にあげるけど、経済環境的に、奨学金を遊びに使う輩とかが愚かに映ったりしたなぁ。
  • 料理上手なフォーリンラブ♡バービーが「男の胃袋をつかみたくない」理由(バービー)

    お笑いコンビ「フォーリンラブ」のバービーさんの新連載「音の置き場所」(毎月1回更新)がスタート! 2019年8月に放送されたTBSラジオ『ACTION』に生出演したバービーさんは、「初めて音で喋っている」と言い、自虐やセクハラをネタにしたお笑いとの向き合い方、差別やジェンダーなどの社会問題に対する思いを語った。放送後、その内容が話題となり、ラジオのリスナーたちから「テレビでもっとこういう話をしてほしい」「思慮深い女性」「知的さがすごい」などの賛同コメントがSNSに多数寄せられた。 FRaU web編集部もそのような声に共感し、バービーさんの秘められた価値観や思想をもっと聞きたい、発信したいという想いで連載のオファーをさせていただいた。 第1回のテーマは、バービーさんのストレス発散法のひとつである“料理”が、男の胃袋を掴むための女の武器として見られることについて。男性の前で料理好きを公言

    料理上手なフォーリンラブ♡バービーが「男の胃袋をつかみたくない」理由(バービー)
    yuya_presto
    yuya_presto 2019/12/28
    誰かに本音を話すのが怖い、わかる。「今でも、ジャッジの材料にされるのは嫌だ。でも好きな男に料理を期待されるのは、嫌じゃないんだ。」
  • JAISTに入学してひと月が経ちました - 怠惰を求めて勤勉に行き着く

    JAISTに入学してようやくひと月が経ちました1。 ひと言でいうとJAISTは最高です。働きながら大学院生になった感想を残しておこうと思います。 JAISTは最高 JAISTは最高です。僕は東京サテライトの学生なので以下特に「石川校」と断りのない限り東京社会人コースのことだと思ってください。 学生のレベルとモチベーションが高い 社会人コースはその名の通り社会人しかいません。働きながら勉強しようという連中なので当然非常に高いモチベーションです。 グループワークをするとみんなつばを撒き散らしながら白熱の議論をしますし、発表するとなるとマイクを奪い合って登壇します。 また、どういうわけかすでに高い教育を受けて世界を股にかけて活躍している第一線のビジネスパーソンがずらりと揃っています。JAISTは入試の際に「自分の出身大学、指導教官、勤め先などを一切明かしてはならない」というルールがあります。こ

    JAISTに入学してひと月が経ちました - 怠惰を求めて勤勉に行き着く
  • "人からの期待に応える"ことでしか、自分を認められない。そんな私が自分のための人生を歩み始めるまで/あかしゆか | soar(ソア)

    “人からの期待に応える”ことでしか、自分を認められない。そんな私が自分のための人生を歩み始めるまで/あかしゆか あかしちゃんってさ、自己肯定感が低いよね。 昔、そんなことを先輩から言われた経験があります。私はその時ぼんやりとしか「自己肯定感」を理解しておらず、漠然と「自分の自己肯定感は低くはない」と思っていたので、「えー、そんなことないですよお。前向きですし」と、ヘラヘラ返事をしていました。 ただ、今から9ヶ月ほど前。私は自分の「自己肯定感の低さ」と向き合わざるを得なくなったのです。 今回から3回にわたって、私が実際に日々生きながら感じている「悩み」について、内科医の鈴木裕介先生にお話を伺い、その悩みと向き合うためのヒントを模索するコラム連載をスタートします。 第1回目は、「他者の承認を通じてしか、自分のことを認められない」という悩み、つまり前述の自己肯定感の低さ、についてのお話です。 「

    "人からの期待に応える"ことでしか、自分を認められない。そんな私が自分のための人生を歩み始めるまで/あかしゆか | soar(ソア)
  • 大人の発達障害に苦しむ人をサポートしたい。岩本友規さん | soar(ソア)

    大人の発達障害に苦しむ人をサポートしたい。障害に気づいたことで、自分の特性を活かす働き方を見つけた岩友規さん 「普通」という枠組みに入らずとも、それぞれの場所で生きていける。そんな社会を作りたいですね。 そう話すのは、大人の発達障害で苦しむ人をサポートするウェブサイト『発達障害の「生き方」研究所 | Hライフラボ』を運営する岩友規さんです。 岩さんは大人になってからアスペルガー症候群、ADHDの診断を受けました。でも現在は自分の特性に合った活躍できる分野を見つけ、レノボ・ジャパン株式会社のサプライデマンドシニアアナリストとして働いています。 実は、この記事を書いている私にも、発達障害のある弟がいます。発達障害とは、いったい何なのか。その答えは、19年間共に暮らしてきた今なお、分かりません。 自閉症やアスペルガー症候群、ADHDといった発達障害のある子どもたちが通う特別支援学校に足を運

    大人の発達障害に苦しむ人をサポートしたい。岩本友規さん | soar(ソア)
    yuya_presto
    yuya_presto 2019/10/27
    得意なことを仕事に。「できる」を大事に。
  • 寝たきりの親友と話していた「自信」に対する考察|吉藤オリィ|note

    生前、よく自宅からリモートで働いていた番田雄太と「一緒に働くってどういう事?」「所属してるって何?」「自分を好きになれって言われても・・・」というような話を、それはもう頻繁にしていた。 いかに人は絶望状態から希望を得て、自分を信じる状態へ至るのか。私と番田の経験に則り、5段階仮説としてまとめてみる事にした。 番田はよく「孤独」を私に訴えた。 番田雄太とは、2013年12月から2017年9年に彼が亡くなるまで、ほぼ毎日共に活動した、私の1歳年下の親友、相棒だ。 私の親友にして一緒にOriHimeを作ってきた番田雄太が亡くなって、今日で半年 4歳で交通事故で脊髄損傷で寝たきり、20年間、学校も通えず友達も居ない絶望の入院生活、唯一動く顎を使ってPCを操作し、2013年に私をネットで見つけてOriHime開発に参加。様々な挑戦、前例を築いた男@myendores pic.twitter.com/

    寝たきりの親友と話していた「自信」に対する考察|吉藤オリィ|note
    yuya_presto
    yuya_presto 2019/09/17
    「生きる」についていろんなことが書かれてた。泣いてるけど、障害とか死じゃなくて、自分に真っ直ぐな生きざまに感動したのと、その「生きる」を叶えられる技術者になりたいと思って。心理的安全性の前に大事な話。
  • ロンブー田村淳さん、慶應大学院生になっていた。理由は「死者との対話」を学ぶため

    「人は生きる上で、色んなことを主体的に選択する権利を持っています。でも、死に方についてだけは全然違う。そこに何とかアプローチしてみたいんです」

    ロンブー田村淳さん、慶應大学院生になっていた。理由は「死者との対話」を学ぶため
    yuya_presto
    yuya_presto 2019/09/08
    強い気持ちで大学に通う人と、再び大学に行きたい気もする。どう死ぬのか、について考えさせられるようなサービスを作っているそう。
  • 研究者を辞めた時のこと、そしてその後のこと - 渋谷駅前で働くデータサイエンティストのブログ

    TL;DR これは、このブログの題とは何の関係もない僕自身の回顧録にして懺悔録であり、見ようによっては怪文書です*1。故に、記事中には何の参考になる内容も書かれていないことを予めお断りしておきます。それでも良いという方だけ、この先をお読みください。ただしTL;DRと書いた通りで、超長文につきご注意を。 当時から7年が経ち、この中に登場する人物の中には既にリタイアしている人もいれば、物故している人もいます。ある意味もう時効だろうということで、その時起きたことをつぶさに書いてみることにした次第です。 研究者を辞めた時のこと 研究者の道を目指した理由 正直言って無能だったが、勉強だけは熱心なポスドクだった ポスドク待遇改善運動、研究体制改革運動を経て、業界では知らぬ者のないお尋ね者になった そしてポスドクをクビになり、国内に行き先がなくなった 土壇場でシンガポールでのjob talkに招かれた

    研究者を辞めた時のこと、そしてその後のこと - 渋谷駅前で働くデータサイエンティストのブログ
    yuya_presto
    yuya_presto 2019/09/08
    もはや言葉が出ない、小説化待ち。合わない環境は変えずに逃げろという話と、企業は研究より小さくPDCAを回せて悪いデータも出しやすい、という話が印象深い。事業仕分けの功罪や、無意味や圧力の多い世界、も。
  • 「なんで勉強しなきゃいけないの?」と子供に聞かれたら、こう答えよ(瀧本 哲史) @gendai_biz

    ニュートンが著した『ブリンキピア(自然哲学の数学的諸原理)』。彼自身が所有していた初版の扉©Andrew Dunn,5 November 2004 ところが彼は、これをチャンスに変えます。 ニュートンの「微積分学」や「万有引力の法則」など、人類史をひっくり返すような研究の大半は、田舎町での「たったひとりの1年半」のあいだに成し遂げられたのです。 のちにニュートンは、当時のことを振り返ってこんなふうに書いています。 「あの日々は、わたしの発明の才能の最盛期で、あれ以来、あのころ以上に数学と哲学に打ち込んだことはありません」(ピエール・デ・メゾーへの手紙) 現代のわたしたちがニュートンから学ぶべきことは、たくさんあります。 まず、中学時代の成績なんて、ほとんど関係ないということ。 そして、たとえ(ケンカ相手を見返したい、というような)不純な動機であっても、気で勉強すれば成績は伸びるというこ

    「なんで勉強しなきゃいけないの?」と子供に聞かれたら、こう答えよ(瀧本 哲史) @gendai_biz
  • 趣味で作ったソフトウェアが海外企業に買われるまでの話 - knqyf263's blog

    今回はソフトウェアエンジニアじゃない人や学生にも、ソフトウェアエンジニアという職業には夢があるかもしれないと思ってもらうために書いています。そのため既に詳しい方からすると回りくどい説明も多いと思いますがご容赦下さい。 基的に記事とかには技術的なことしか書かないスタンスでやってきましたが、今回の件はさすがに誰かに伝えておくべきだろうということで長々と垂れ流しました。 概要 GW中に趣味で開発したソフトウェアを無料で公開したところAqua Securityという海外企業(アメリカとイスラエルが社)から買収の申し出を受け、最終的に譲渡したという話です。さらに譲渡するだけでなく、Aqua Securityの社員として雇われて自分のソフトウェア開発を続けることになっています。つまり趣味でやっていたことを仕事として続けるということになります。 少なくとも自分の知る限り一個人で開発していたソフトウェ

    趣味で作ったソフトウェアが海外企業に買われるまでの話 - knqyf263's blog
  • 世の中には様々な対立がある。どちらかに「偏りたくない」と思っているあなたへ

    途上国で生産したバッグやジュエリーを東京など世界各地で販売している「マザーハウス」代表取締役兼チーフデザイナーの山口絵理子さん。起業から13年。途上国で雇用を生み出し、国の発展に貢献すると同時に、スタッフ600人を抱える企業を経営してきた。 途上国を豊かにしたいという<理想>。日々厳しいビジネスの現場に立ち、13年連続で売り上げを伸ばしてきたという<現実>。両方の目標の間で揺れ動きながら、どちらかに偏ったり、あきらめたりすることなく、自分の道を歩いてきた。

    世の中には様々な対立がある。どちらかに「偏りたくない」と思っているあなたへ
  • 娘4歳と2人でいちごを食べた夜の話

    田舎で子育て中。医者である自分の出産・育児を通して、(できるだけ)医学的なエビデンスを交えて育児情報・その他ニュースなどいろいろ発信したいと思います。 相川晴(HAL) @halproject00でTwitterでもボソボソ呟いています。フォローお気軽に。 妊娠ブログもやってます。産婦人科系のネタはこちらで。 妊娠も37週を過ぎ、もういつ産まれてもおかしくないからねーと話題が出るくらいになったある日の話。 その日はパパが当直で、私と娘しか家にいなかった。 夜中、4歳の娘がなかなか寝付かないなと思いながら添い寝していたら、娘がむくりと布団の上に起き上がって言った。 「ほんとうは、ママとはなれたくない」 そう言って、娘はポロポロと涙を流した。 うん、知ってたよ。 あなたが、お産の時にママと離れておじいちゃんおばあちゃんの家に行くことを、一度も「いやだ」と言わなかったこと。 どうしようもないから

    娘4歳と2人でいちごを食べた夜の話