塩澤一洋の“Creating Reed, Creative Mass.──大公開時代の羅針盤” 第11回
塩澤一洋の“Creating Reed, Creative Mass.──大公開時代の羅針盤”
前進を続けるカルチャー
2008年08月03日 15時00分更新
赤信号、みんなで曲がれば怖くない!? 不合理なルールを変革する文化
'05年、米国のカリフォルニアに渡った私が最初に興味を持った「法律問題」は、著作権法でも契約法でもなく、交通法規だった。交通法は自分の専門分野ではない。けれども、ほぼすべての人がクルマを使う社会の交通は極めて日常性が高く、そこに何か普遍的な「法」が横たわっているように感じたのだ。
ここカリフォルニアのシリコンバレーは、アップルやアドビ システムズはもちろん、破竹の勢いで成長を続けるグーグルを筆頭に、数多のドットコム企業が盛衰する土地。日常性の高い交通法規の根底には、そのカルチャーの基礎があるのではないか。ここで考えを先取りしてしまうと、異なる方向に進もうとする人が行き交う交差点のルールにこそ、それを読み解くキーが潜んでいる。
カリフォルニアの交差点で最も特徴的なのは、原則として赤信号でも右折可能なことだ。右側通行しているクルマが右側の縁石に沿って右に曲がるのだから、日本のような左側通行で考えると「左折」のイメージになる。実は、ニューヨーク市内など一部を除き、米国のほとんどの地域でこの「赤信号でも原則として右折可」のルールが採用されているのだ。
英語で「Right Turn On Red」だから「RTOR」と略される。停止線で完全にいったん停止したあと、ほかのクルマや通行人が来ていない場合は右折OK。日本ではおよそ考えられないことだが、米国では当たり前の光景なのである。
このRTORは一般に、米国的合理精神の賜物と言われている。クルマが来ていないのに赤信号で止まっているのは無意味だし、その間排気ガスを出すのも環境に悪いというわけだ。しかし、いかに合理的とはいえ、交通ルールの体系から考えるとこれは、「赤信号では止まれ」という大原則に対する重大な例外にあたる。法律とは、原則と例外との組み合わせ。RTORという例外にも、大きな意味があるはずだ。
最初、右方向に行く経路がたまたま交差点で「合流」していると考えれば合点がいくと思ったが、それだけでは赤信号でも前進してもいい理由としては説得力に乏しい。何を原則とし、何を例外とするかをあれこれ思いめぐらすうち、どうやら重大な発想の転換が必要なのではないかと思い至った。実はRTORではなく、赤信号で止まることのほうが「例外」なのではないかと。
海の上では昔から、船舶の左舷に赤、右舷に緑を掲げ、衝突を回避してきた。国際条約に基づき日本でも「海上衝突予防法」で、「紅灯」「緑灯」を船の左右に掲げることが義務づけられている。航空機も同様だし、米国の緊急車両も屋根の左右に赤緑のライトを掲げている。
具体的には、2隻の船舶が互いに針路を横切る方向に進んでいる場合、左側の船(相手の船を右前方に見る船)は右側の船の針路を避けなければならない「横切り船」の航法がある。夜間、この灯火を掲げることによって、右から来る船の上には赤い灯火が見えるので、自船の回避義務がわかる。逆に、針路と速力を保持する義務がある右側の船から前方左側の船に見える灯火は緑だ。
(次ページに続く)
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