ギョギョー!「クニマス絶滅してなかった!」の何が凄いの?
2010年12月14日夜、僕はこの衝撃的なニュースをtwitter経由で知りました。
「京大チーム、絶滅した魚のクニマス発見」News i - TBSの動画ニュースサイト*1
今年3月、山梨県の富士五湖の1つ、西湖で京都大学の研究チームが70年ぶりにクニマスを発見しました。
クニマスは元来、最も水深のある秋田県の田湖にしか住まないとして珍重されていましたが、戦時中、水力発電のため田沢湖に酸性水を導入したことで、絶滅したとされていました。
また15日朝になって、朝日新聞を中心にwebニュースが流れています。
クニマス絶滅してなかった! 生息確認、さかなクン一役−asahi.com
絵描こうと取り寄せたら絶滅魚…さかなクン「ひえーっ」−asahi.com
「『さかなクン』だと? 『さん』をつけろよデコ助野郎!」と言いたいのはやまやまですが※、それはともかく。
僕はサケ科魚類が大好きなのですが、正直なところ、クニマスのことについてはあまりよく知りません。図鑑にも載っていないし、論文もあまり集まりません。ということで、勉強がてらweb上の資料を集めてみることにしました。
本エントリでは、「クニマス再発見!」というニュースが流れた直後、取り急ぎ報道とwebで手に入る資料から、クニマスが見つかった経緯と、「クニマスが見つかったニュースの何がすごいの?」についてまとめてみたいと思います。
写真は朝日新聞digital 奇跡の魚 クニマス フォトギャラリーより引用させていただきました。
【クニマスってどんな魚?】
まず、話題のクニマスちゃんがどんな魚かみてみましょう。
写真は朝日新聞digital 奇跡の魚 クニマス フォトギャラリーより引用させていただきました。
現在web上で簡単に閲覧できるのは、環境省のレッドリスト指定種の説明ページです。この中のRDB種検索−クニマスより、生態や概要を抜粋・引用します。
摘要
クニマスは秋田県田沢湖の固有亜種で、ほかに生息や移殖の成功例を聞かない。全長30cm程。近縁のヒメマス(O. nerka nerka)に比べて、体に黒点がなく、鰓耙が少ない。
1940年1月以降、発電を目的として、玉川から強酸性の水をここに導入したためにこの魚は絶滅した。別亜種のヒメマスとの分類学的関係は、今後、精査が望ましい。
形態
成魚の体型はヒメマスによく似る。全長30cm位まで。背面に黒点を欠き、体は黒い。
体は暗青色で、体表や各鰭には黒点がない。
ヒメマスに比べて、体が黒く黒点を欠き、鰓条骨と幽門垂が少ない。
分布の概要
田沢湖にのみ分布していた。1940年1月以降、発電と農地開発を目的として、玉川(雄物川水系)から田沢湖へ強酸性の水を導入したため、湖のpHが下がり本亜種は数年で絶滅した。他地方への移殖も成功しなかった。
分布域とその動向
琵琶湖や富士五湖にも移殖したが、成功していない。滋賀県醒ヶ井の養鱒場で孵化、飼育したことがある。過去50年以上、移殖地も含めて捕獲例をまったく聞かない。
なお、玉川からの導水以降、田沢湖にはエゾウグイ(Tribolodon ezoe)以外の魚類は生息できなかったが、近年、流入水は中和処理がなされれている。そのために湖にコイ(Cyprinus carpio)などが生息可能になりつつある。
特記事項
ヒメマス天然分布の南限である北海道の阿寒湖、網走川上流のチミケップ湖から、はるか南に別亜種のクニマスが分布していたことは、生物地理学上きわめて興味深い。
ちょっと長いので、内容を要約してみました。
- クニマスは、サケ科ヒメマスとごく近い種で、日本国内の秋田県田沢湖にしか生息していなかった。
- 1940年頃まで生息していた。
- 絶滅の直接の原因は、強酸性の水が湖に導入されたことによる水質悪化。
- 絶滅する前に、他の水域への移殖放流も試みられたが、成功しなかった。
クニマスについてわかっていることは、こんなところでしょうか。
なお、日本国内では古くからサケ科魚類の孵化放流事業が行われてきたため、クニマスについても絶滅前にある程度の知見は得られていたようです(→幻の魚クニマス - 田沢湖に生命を育む会を参照)。
ちなみに、RDB(レッドデータブック)は環境省が定める国内の動植物の「絶滅の危機に瀕している生物ランキング」のようなものです。国内に生息する魚類のうち、このRDBで「絶滅した」と指定されているのは、クニマスを含め4種しかいません。
もちろん、今回のように「絶滅したと思われたけれど生き残っていた」ことが確認されたのは初めてです。
【どうしてクニマスとわかったの?】
なぜ絶滅したはずのクニマスとわかったか、については記事を読んでいただければわかるのですが、記事を参考に再現してみました。
京都大学・中坊教授「さかなクン、クニマスのイラスト描いてよ」
さかなクンさん「ギョギョー!いいですよ!」
↓
「…でもホルマリン標本じゃうまく描けませんねー」
「ヒメマスと比較して参考にすればいいじゃない」
↓
「そのアイディア、いただきです!」
「さっそく北海道や富士五湖からヒメマスのサンプルを送ってもらいましょう」
↓
「あれ…? このヒメマス、なんか黒い。痛んでるわけでもないし」
「送り元は富士五湖ですか……あっ、ここは確か、田沢湖のクニマスが移殖された場所!」
「ひぇーっ! もしかしたらクニマスが生き残ってたのかも! 先生、確認してください!」
↓
中坊教授「ギョギョギョギョー!!」
つまり、送られたヒメマスサンプルが通常の個体と異なることに気づき、さらに既に絶滅しているはずのクニマスかもしれないと疑問を抱き検証に走った、我らがさかなクンさんの大手柄なのです!
僕はさかなクンさんのファンなので、自分のことのように嬉しい!
記事によると、京大に持ち込まれたのは今年3月。その後、ヒメマスと異なる外部形態――鰓耙(えら内部のヒダヒダ・プランクトンなどをこし取る器官)など――を持つことからクニマスと判断し、さらに(西湖のヒメマスのサンプルと比較した)遺伝子解析を行った結果、近縁種のヒメマスと交雑したものではないことが明らかになった、とのことです。
【どうやって生き残っていたの?】
今回クニマスが発見されたのは、絶滅した田沢湖ではなく、山梨県にある富士五湖のひとつ、西湖(さいこ)です。西湖は過去にクニマスの移殖が試みられた場所のひとつだったのですね。記事では「田沢湖で絶滅する5年ほど前、放流用にクニマスの卵が10万粒、西湖に運ばれた記録がある」とのことですから、失敗したと思っていたけれど実は生き残っていた、のでした。
この西湖には近縁種のヒメマスが放流され、現在も成育しているため、クニマスが生きていくのに特に問題はなかったのかもしれません。田沢湖が400mを越える水深を誇るのに対し、西湖は70m程度。このあたりの生息環境なども、今後調査で明らかになってゆくと思いマス。
【なにがすごいの?】
興奮しているのでうまくまとまりませんが、羅列してみます。
- 一度「絶滅した」と判断された種が再発見されるのが初めてのことである。
- 生きた個体が見つかったことで、明らかになっていなかったクニマスの詳細な生息環境や生活史が調査可能となる
- ヒメマスとの遺伝的差異について検証が可能となり、国内サケ科魚類の遺伝的分化•分類•分布について研究が進む
などが考えられます。
……これだけを見るとあんまりすごさが伝わらない気もしますが、国内の魚類研究者の皆様には物凄い衝撃だったと思われます。
もしもし今後研究が進み、個体数が復元すれば、食用として利用することも可能になるかも! とても美味しいらしいので、ぜひ食べてみたいです。
【それで、今後どうなるの?】
クニマスの生息が確認されたことで、今後行われる調査などを考えてみると、
- 現在の生息状況(湖のどこでどれくらいの数がいるのか)
- クニマスの生活史(いつ、どこで、どのように産卵し、どのような環境を好むか)
- 孵化・養殖技術の確立
などを把握した後、
- 再導入について検証(田沢湖にもう一度戻すのか?)
し、議論を重ね、仮に田沢湖に戻すことになった場合は
- 田沢湖が生息地として適しているか
- 生息環境の整備
を検証し、放流ののちモニタリングを継続する、という流れが想定されます。また、報道ではレッドデータブックのカテゴリ見直しについて触れられていますが、保全のための希少種指定のあり方についても議論が行われるでしょう。天然記念物にするのか、種の保存法で指定するのか、禁漁区などと合わせるのか、悩みどころのひとつです。
恐らく今後、あるいは今後と言わずすぐにでも、クニマス狙いの釣り人が西湖に殺到することが予想されます。音に聴こえた絶滅魚、なんとしても釣りたいと思う方は多いでしょう。研究対象としてはホイホイ釣られても困るのですが、このあたりの対処も必要かなと考えます。
また、西湖・田沢湖ともに魚食性のブラックバス類が生息しているとのことなので、このあたりの天敵との関わりについても調査が必要と考えます。
元来、クニマスが田沢湖にしか生息していなかったとすると、西湖のクニマスは本来そこに生息していなかった魚であり、扱いは『国内外来種』です。
放流という行為は魚類の保護・保全策としてよく用いられますが、同時に遺伝子攪乱を引き起こしかねない行為でもあり、安易な行動は取り返しのつかない事態を招きます。以前、日本国内でもあちこちに魚を放流していた時期があり、クニマスの卵放流もそういった流れのひとつだと予測できますが、今回の再発見で結果的に「放流が遺伝子プールの役割を果たした」と見ることもできます、おそらく当初は予測しなかった結果と言えるでしょう(もちろん、今回の結果が安易な放流の根拠となるものではありませんが)。
いずれにせよ、詳報が論文として発表されるようなので、今後の方針などはそちらが提出された後、環境省の主導で実施されるでしょう。
とても楽しみな、いいニュースでした。改めて、さかなクンさんありがとう!
【12/16追記】
三重大学の淀 准教授(魚類学・移入生物学)がブログで、クニマスについて、国内外来種としての今後の議論の必要性や、希少種保全の考え方について述べられています。とても重要な視点と思いますので、興味のある方はぜひ目を通すことをお勧めします。
「クニマスが生き残っていたことが発見された」こと自体はとても喜ばしい事だと思いますが,喜んでばかりもいられません。それは今後クニマスをどう扱っていくか,です。
クニマスが田沢湖の固有種であったとすれば,現在生き残っているクニマスは,西湖における外来種(国内外来種)ということになります。これを是とするのか否か。
これは生態系保全や生物多様性を考えていくうえで,とても複雑で重要な課題です。
クニマス自身だけでなく,他の絶滅危惧種についても,本来の生息地以外の場所に放して絶滅を回避しようという動きもあります。これが絶対に悪というわけではありませんが,西湖のクニマスがあまりに手放しで賛美され続けると,「絶滅危惧種はどんどん他の場所に移殖して絶滅リスクを減らそう。クニマスだってそれで助かったんだから」となりかねません。
その移殖行為によって,移殖先の生物に悪影響がでる事も当然あり得ます。絶滅危惧種や希少種の保護は,ついつい「対象種を守ること,存続させること」のみに関心がいってしまいますが,本来それらを保護するのは,生物多様性の保全のためであり,そのためには絶滅危惧種だけでなく,その地域を構成するあらゆる生物のありようを守っていくことが必要なはずです。
今回のクニマス発見騒動が,諸々の生物の安易な移殖保全活動に繋がらないことを願っています。山梨県西湖で京大研究チームが絶滅種クニマスを発見ー魚増ブログより引用、強調はアサイによる
【12/21追記】
てつるさん(id:tetzl)が、さかなクンの今回の発見について、『科学や博物学について向き合う姿勢』という観点からエントリを書いておいでです。科学教育のはじめの一歩となり得る素敵な文章ですので、ぜひご一読ください。
■さかなクンさんとクニマスのこと。 - tetzlgraph てつるぐらふ
このクニマス再発見のニュースは、さかなクンさんが絡んでなかったら一般紙にちょろっと取り上げられる程度の地味な話で終わったんだろうけど、この事例ってたぶん魚が本当に好きな人なら、その人が「丁寧な科学者」かその素質がある人であれば発見できたかもしれないところに自分はすごく夢を感じる。そう、極論すれば小学生であってもできたことだって信じてる。
だから、もしまだちっちゃい子が身の回りにいたらさ、「顕微鏡観察のスケッチとか、バカにしないで、むしろ同級生にバカにされてもいいからとにかく一生懸命気付いたこととか面白いと思ったことを記録すんだよ。ミカヅキモは三日月型っていう他にも気付くこといっぱいあるはずだよ。誰かが気付いて本に書いてあることでも、自分で気付いたことが力になるんだ」って言いたい。日常で見つけるのは逆に難しいって時は、とりあえず是非近くの動物園や水族館や植物園に行ってみて欲しい(最初から飛行機に乗って旭山や美ら海にまで行く必要はないからね)。ライオンもペンギンもイルカもテレビや図鑑で見たことあるだろうけど、一度冷静に初めてみた気分になって1時間くらいずっと同じ生き物を見てみて欲しい。できれば違う日にも見てみて。生き物の多様性という豊穣さが、世界はまだまだ見つけるに値するもの、驚くに値するものをいっぱいいっぱい持ってるんだ。
【12/29追記】
12月24日に行われたさかなクンさんの会見の全文が公開され、クニマス発見時の詳細が明らかになりました。スケッチ参照のためにヒメマスを西湖から送ってもらった際に、サンプルが
- ヒメマスとは異なる黒い体色
- 産卵床を掘った後の、擦り切れた尾びれ
であることに疑問を持って中坊教授の元にサンプルを持ち込んだ経緯などが詳しく書かれています。よかった、再現(上記参照)とそんなに違ってなくて…(笑)
天皇陛下に名前を読まれた際の驚きと喜びなど、読み応えのある記事です。
NHK「かぶん」ブログ−さかなクン会見 全文紹介
資料の追加やツッコミ、「こんなにすごい!」理由など、コメントお待ちしております。
【参考資料】
幻の魚クニマス - 田沢湖に生命を育む会
wikipedia クニマス
wikipedia 田沢湖
wikipedia 西湖(富士五湖)
日本産サケ属(Oncorhynchus)魚類の形態と分布−福井市自然史博物館
日本産サケ属幼稚魚の形態と検索−福井市自然史博物館
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