それらに出演する「声優」という職業にもかつてないほど注目が集まっている。
今や声優は作品の裏方というだけでなく、アーティスト活動などの表に出るエンターテイナーとしても活躍し、ティーンエイジャー憧れの職業のひとつでもある。
しかし、競争は激しく生き残りの厳しい世界でもある。そんな業界で、数々の人気作品に出演しながら、アーティスト活動やプロデュース活動をも精力的に行う声優がいる。
悠木碧27歳だ。
30歳以下でプロフェッショナルとして活躍する「UNDER30」世代に、“あなたにとっての仕事とは?”を尋ねるインタビューシリーズ。
『君の名は。』や『魔法少女まどか☆マギカ』をはじめとする多くの人気アニメでキャラクターに命を吹き込む彼女に、仕事への向き合い方を聞く。
【取材=奥村ひとみ、沖本茂義/構成=奥村ひとみ、日詰明嘉/撮影=小原聡太】
▲悠木さんの出せる声を集めたボイスサンプル。七色の声を使い分ける技術が分かる
「私、子どもの頃に鏡の中の自分としゃべるクセがあったんです(笑)。きっと、普通だったら『みっともないから止めなさい』と怒られると思うのですが、私の家族はこれを個性だと見守ってくれて、それを活かせるような社会に入れてあげようと、CMのオーディションに応募してくれたんです」
笑ってそう話す悠木さんが芸能の道を歩み始めたのは4歳のときだった。
はじめてのオーディション。周囲にはすでに歴戦の子役タレントがドイツ語の歌を歌ったり、3秒で涙をこぼしたりと多芸を見せるなか、『美少女戦士セーラームーン』のアニメの主題歌を歌った悠木さん。結果は落選だった。
オーディションの落選からスタートした悠木さん。現在では声優のほかアーティストとしても活躍し、MVでは迫真の演技を見せる。
しかし、会場で子役劇団のスカウトを受けて芸能事務所に所属する。「褒めてもらえるのが嬉しくてしょうがなかった」と、お芝居の楽しさに没頭したという悠木さん。
親は「楽しくなくなったら辞めていい」というスタンスを守り、オーディションに行けば、それだけでも「えらかったね」と褒めてくれた。
「事務所がオーディションを強く薦めても、親は必ず私に受けるかどうかを確認しました。イヤだと言ったら、自分でそれを判断したことを褒めてくれました。今から考えると、ただの親バカだったのかもしれませんが、本当に感謝しかありません」
ところが、子役にとって芸能界は楽しい事ばかりではなかった。子役は「子供の役者」であるケースだけではなく、「ある人物の子供時代」としてキャスティングされる場合もある。その際に重要視されるのは、大人の役者と似ているかどうかだった。
「私は私なりにこのキャラクター・役のことを一生懸命考えて勉強してきたはずだったのに、ルックスが優先された子が受かるのはやっぱり悔しかったんです。私のロジックをバカにされた気持ちというか……。もちろん私の技術が及ばなかった可能性も全然あるんですけどね」
子役の仕事を続ける中で「仕事というより、趣味としてお芝居が好き」と確信していたという彼女。
だが、同時に「だからこそ実写はできないと思いました。平たく言うと、何を着ても似合って何にでもなれる人か、圧倒的な外見の個性がある人でないとあの場には立てない。それよりも私はもっといろんなものになりたかったんです」
そんな時、出会ったのが、「声優」という道だった。当時の担当マネージャーが「顔を出さなくてもお芝居をできる場所があるよ」と教えてくれたという。
「声優は、姿かたちに一切とらわれない。マイク前だけは顔出しの役者以上に別の人になれる。それがすごく自由で。実力さえあれば何にだってなれるんだと思ったら、なんだかすごく、燃えましたね!」
その後、2003年にTVアニメ『キノの旅』でアニメ声優デビューを果たし、いくつかの作品で声優としての経験を積んでいった悠木さん。転機になったのは、2008年放送のTVアニメ『紅 kurenai』だったという。この作品で彼女はヒロインの九鳳院紫に選ばれた。
そこではスタッフと作品ファンの期待が重くのしかかった。
(C)片山憲太郎・山本ヤマト/集英社・「紅」製作委員会
悠木さん演じる九鳳院紫。大財閥・九鳳院家の娘であり、ワガママで世間知らずだが真っ直ぐで恐れを知らない女の子。
「たまたま、見た目や雰囲気が紫に一番近かっただけ。決して上手かったから選ばれたわけじゃない。なのに、誰も私を否定しないのがすごく怖かったです。私だからできることしか求められていないから、もし凡庸な芝居をしたら次の仕事はないって、なんとなく分かった。だから紫のことを考えて、向き合って、紫の考えていることはなんだって分かるようにならないと」
でも、そこにはプレッシャーを超える楽しさがあった。
「燃えますよね。だって、大人から『君にしかできない役なんだよ!』なんて言われたら(笑)。そんな褒められ方をしたら、それをやるためだけに勉強したいし、それだけに時間を使いたい。声優というお仕事にハマりました。楽しかったというか、とにかく一生懸命でした」
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