彼と初めて出会ったのは、友人の紹介だった。婚活イベントの一環で開かれた「趣味コン」。テーマは「食べ歩き好きが集まるフレンチディナー会」だった。私は一人で行くのも気が引けたので、気の合う友人と一緒に参加した。会場はオシャレなフレンチビストロ。美味しい料理を楽しみながら、ゆるく会話を楽しむというコンセプトだった。
その彼は、隣の席に座っていた。少し緊張しているのか、どこかぎこちない笑顔を浮かべていたが、話してみると意外と楽しい人だった。「僕、こういうの初めてでさ」と少し照れくさそうに言いながらも、フランス料理について熱心に質問してきた。
最初は聞き間違いかと思った。でも、その後も彼は「バケットってさ、外がパリパリで美味しいよね」と連発する。少し違和感を感じたけど、「まあ、細かいことはいいか」と軽く流すことにした。彼の真剣な目とちょっとしたユーモアに惹かれたのだ。
数回のデートを重ね、彼が「次は家で手料理を振る舞いたい」と提案してくれた。彼の手料理?と驚いたけれど、彼が張り切っている様子に、私も少し期待を抱いた。そして迎えた料理デート当日。彼は玄関先でこう言った。
「フランスパンが重要だと思ったから、ネットでバケットを取り寄せたんだ!」
彼の家に入り、テーブルの上を見た瞬間、私は目を疑った。そこにあったのは、銀色に光るブリキのバケツだった。
彼はそれを指差しながら、自信満々に言う。
……何を言っているのかわからない。目の前にあるのは、どう見てもパンではなく、庭で土を運ぶためのバケツだ。彼の表情を見ても、冗談を言っている様子ではない。
私は恐る恐る聞いた。「えっと、これ…フランスパンじゃないよね?」
彼は慌ててスマホを取り出し、注文画面を確認し始めた。そして、おもむろに言った。
「いや、これがバケットでしょ?フレンチバケットって書いてあるし!」
画面に映った商品説明には、確かに「French Bucket」と書かれていた。レビューには「頑丈で長持ち!」とか「ガーデニングに最適!」といった文言が並んでいる。彼はしばらく沈黙した後、小さく呟いた。
「……あれ?これ、食べられないの?」
その瞬間、私はすべてを悟った。彼はずっと「バゲット」を「バケット」と呼び続け、さらにそれを心の底から信じていたのだ。オシャレなフレンチディナー会で出会った彼。フランス料理好きな私の期待を背負って、ネット注文までしてくれた彼。そして届いたのが、これだ。
笑うべきか泣くべきか迷ったが、私はブリキのバケツを見つめながら言った。
「ねぇ、このバケツ…何かに使おうか。パンは、近くのパン屋さんで買ってこよう?」
彼は真っ赤になりながらも、すぐに「そうだね」と答えてくれた。そして、近所のベーカリーで本物のバゲットを買い、なんとかディナーを無事終えた。でも、心の中には小さなモヤモヤが残った。
愛嬌のある人だし、一生懸命なところも好感が持てる。でも、フランスパンとバケツの違いすら気づかない彼と、一緒に未来を描けるのだろうか?そんな疑問が胸をよぎる。
帰り道、彼のことをどうするべきか考えながら、友達にLINEした。
「ねぇ、今日のデート、バケット(バケツ)問題で大事件が起きたんだけど…!」