躁うつ病の人のゼロ地点とうつ状態について
2009年の過去ログに「うつ病はどうなったら良いのか明確ではない」と言う短い記事がある。
この記事の重要部分は、以下の通りである。
初期の治療が不調だったり、数軒、病院を廻って良くならなかった時、うつ状態はこの辺りまでしか治らないと錯覚してしまうのは良くないと思う。つまりうつ状態の不調に自分が慣れてしまう感じになる。
その点で「うつ状態」は、目標とする改善のイメージが曖昧になりやすい疾患だと思う。
さて、近年、うつ状態を診たら単極性なのか、あるいは躁うつ病のうつ状態なのか、精神科医は十分に注意を払うようになった。その理由は、処方すべき向精神薬に相違があるからである。
簡単に言うと、単極性うつ病のうつ状態はSSRIやSNRI、あるいはトリンテリックス、リフレックスなどの抗うつ剤治療で問題がないことが多いが、躁うつ病のうつ状態であれば、これら一般的な抗うつ剤は好ましくないケースがある。躁うつ病のうつ状態は、可能なら気分安定化薬でコントロールするのが望ましい。
注意点は、必ずしも抗うつ剤の投与が完全に否定されるものでもないことだと思う。積極的に推奨されないだけである。以下は、双極性障害に対する抗うつ剤の評価についての記事である。
最初に挙げたリンク記事では、(単極性の)うつ状態は治療がうまくいかない場合、いったい自分はどのようになったら良くなったと思えるのかわかりにくくなることを指摘している。つまり、長期間良くならないうつ状態の人は、自らのゼロ地点がどこにあるのかわからなくなりやすい。
しかし、双極Ⅱ型でさえ、うつ状態の評価は単極性うつ状態の人のそれとは全く異なっている。それは、良くならない単極性うつ状態の人は常にマイナスの世界にいるのに、双極性障害の人はプラスの場面を実感する時期があるからである。もしそれがない人は、本当に双極性障害かどうかもあやしいと言える。
従って、うつ病の人と双極性障害の人のうつ状態の評価や今後の見通しは異なる。また、双極性障害の人はプラスの世界を体験できる分、自らのゼロ地点をなんとなく意識しやすいと思われる。
単極性うつ病や双極性障害の人たちの極端に重いうつ状態の時、自殺未遂のリスクがあるのはさほど差がないように思うかもしれないが、臨床での感覚では、双極性障害の方がリスクが高いように見える。
それはおそらく「症状の分散」が双極性障害の方が大きいからだろう。言い換えると、プラスの時期があることが、かえって重い「うつの実感」に繋がっているのであろう。
単極性うつ状態の自殺未遂は、予測しやすい経過がみられるが、双極性障害の自殺未遂は、あまりにも急な変化なために予測しにくいことがある。
このように考えていくと、双極性障害の人は極端な状況でない限り、自分の立ち位置がわかりやすいものの、アウト・オブ・コントロールになりやすい疾患性もあるといったところだと思う。
双極性障害の人のうつ状態は、単極性うつ病のうつ状態に比べむしろ慣れにくい。つまり毎回、うつ病になると非常に辛く苦しい。これは双極性障害の患者さんは、軽い躁状態を自分のゼロ地点と見なす傾向があることも関係している。疾病教育的に、軽躁状態は異質な状況と認識できることも重要だと思う。
これらは、単極性うつ病の人がいつの間にかマイナス地点をゼロ地点と錯覚してしまうのと大変な差である。
僕は精神科医だが、そのような経験がないので、彼らの実感は、到底わからないのではないかといつも思っている。
参考