日本の安全保障を取り巻く環境が厳しさを増している。現実味を帯びてきている中国による台湾侵攻、北朝鮮のミサイルの脅威拡大、そしてロシアによるウクライナ侵攻で見えた新しい戦争の形。これらが、日本の防衛力に抜本的強化を迫る。重要なのは、AI(人工知能)や無人機といった民間の先端技術を積極的に取り込み、人的なリスクを最小限にする新しい防衛体制、つまり「無人防衛」である。
防衛省防衛装備庁は、新しい研究組織を2024年度以降に設立すべく検討を進めている。そのコンセプトは「防衛装備にイノベーションを起こす可能性がある研究テーマに投資すること。現在の研究開発制度では、防衛省の要求を満たせないと違約金を支払う必要があったりするが、そうした制約を取り払う。失敗を許容する」(防衛装備庁装備政策部装備政策課長の松本恭典氏)としている。具体的には、AIや無人機、量子といった先端技術の開発を支援する。
この背景には、日本が置かれた安全保障の厳しい現状がある(図1)。政府は2022年12月16日、今後10年程度の外交・防衛政策の基本方針となる「国家安全保障戦略」など、安保関連3文書の改定を閣議決定した。国家安全保障戦略を9年ぶりに改定したほか、従来の「防衛計画の大綱」は「国家防衛戦略」に、「中期防衛力整備計画」は「防衛力整備計画」に改定された。
新しい国家安全保障戦略にはこう書かれている。「我が国は戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面している」。特に中国については、「対外的な姿勢や軍事動向等は、我が国と国際社会の深刻な懸念事項」「法の支配に基づく国際秩序を強化するうえで、これまでにない最大の戦略的な挑戦」と明記した。
また、日本が目指すべき防衛目標を設定した「国家防衛戦略」では、防衛能力を抜本的に強化するとした。「相手の能力と戦い方に着目して、我が国を防衛する能力をこれまで以上に抜本的に強化するとともに、新たな戦い方への対応を推進」と記した。
安保関連3文書の改定が、日本の安全保障の転換点とみられている要素の1つが、「スタンド・オフ防衛能力」の保有を新たに掲げたことだ。自衛目的で敵のミサイル拠点などへの打撃力を持つことで、敵の攻撃を踏みとどまらせる反撃能力のことである(図2)。
そして、何より注目されるのが、民間発の先端技術が防衛にとって不可欠な要素になっていると明記したことである。「科学技術の急速な進展が安全保障の在り方を根本的に変化させ、各国は将来の戦闘様相を一変させる、いわゆるゲームチェンジャーとなり得る先端技術の開発を行っている」(国家防衛戦略より)
防衛装備庁の松本氏は、「軍用品はかつて機械工作品が主だったが、現在はどんな兵器にも電子部品が入ってコンピューター制御されている。あらゆる装備品が軍民融合化されている」と話す。ウクライナ戦争が我々に再認識させたのは、今や民間の先端技術を防衛装備品に迅速に取り込んでいかないと、周辺国からの脅威にもはや対抗できないことだ。
こうした抜本的な強化のために、政府は防衛費を大幅に増強する。2023~2027年度の予算は、5年間で合計約43兆円とこの前の5年間と比較して1.6倍に増やす。これまでの国内総生産(GDP)比で1%という防衛費の目安を撤廃し、2027年度にそれを2%にまで高める予定だ。
無人機が重要技術に
防衛力の抜本的強化における柱の1つに掲げられているように、「無人機」は今後の防衛において非常に重要な技術となる。無人機を活用することで人的なリスクを大幅に減らせるうえ、省人化・低コスト化も可能になるからだ。専守防衛の日本では、無人機やAIを活用した「無人防衛」の構築が急務である。
ウクライナ戦争では軍用の固定翼型から民生用のマルチコプター型まで、種々のドローン(無人航空機)が戦果を上げている。例えば民生用のマルチコプターは敵陣の偵察のみならず、爆弾を搭載して戦車の装甲が薄い部分を狙う攻撃などにも使われている。
逆に言えば、防衛の観点では、ドローンは非常に厄介な存在である。戦闘機やミサイルと比べると機体が小型で速度が遅い。レーダーで捕捉しにくいため、これまでの防空システムが通用しない。しかも、安い。「安い兵器で敵に負荷をかけることができる」(防衛装備庁技術戦略部技術戦略課課長補佐の加藤智史氏)。
今後の大きな脅威とされているのが、多数のドローンの飛行を制御して目標に向かわせる「スウォーム攻撃」だ。“ドローン大国”の中国は、この技術で世界をリードしているとみられる。
ドローン対策としては各種の技術が開発されている(図3)。運用次第だが、いずれもシステムによる自律的な対処、つまり「無人防衛」を可能にする。
ドローンの制御信号と同じ周波数の妨害電波を発生して飛行を阻止する「電波探知・妨害」と、不審ドローンに接近して網を放出して“生け捕り”にする技術は、主に重要インフラやスタジアムなどの警備向けに民間企業が販売している。
一方、防衛装備庁は高出力レーザーや高出力マイクロ波でドローンを撃墜する技術の開発を進めている。スウォーム攻撃への対処を念頭に置く。高出力レーザーでドローンを損傷させて撃墜するシステムは実証段階で、2023年に100kWと高出力なタイプの野外実験を開始した。小型のマルチコプター型だけでなく、固定翼型にも対処できるとしている。
現在は試作段階だが、スウォーム攻撃への対処能力が高いとして防衛装備庁が期待をかけるのが高出力マイクロ波によるドローン撃墜システムである(図4)。マイクロ波の照射によって、ドローンの飛行を制御する回路に強い電流が流れたりして、電子部品を破壊・故障させたり、誤動作を起こさせたりする。破壊に必要な電界強度は15kV/m以上とされている。
試作機は「アクティブ・フェイズドアレイ(位相配列)」方式を採用することで、装置の向きを物理的に変えなくてもマイクロ波の照射方向を電子的に変更できるという。
「レーザーは線で攻撃するのに対して、マイクロ波は円すい形状に広がるので1回の照射で広範囲に対処できる。さらにレーザーの場合は、光を反射する金属でドローンの表面を覆ったら熱を吸収せず効果が出なくなる可能性がある。一方、マイクロ波の場合は通信用のアンテナやレーダーの開口部があれば、効果を出せるとみている」(加藤氏)。試作機は実験室でその効果を確認しているが、実用化に向けてはシステムの小型化や高出力化などの改善が必要としている。
なお、防衛装備庁は2023年度からスウォーム攻撃への対処に向けて、「どのような機体が攻撃しにきているのか、識別して脅威に見合った武器を自動で割り当てる技術の開発に着手している」(加藤氏)という。