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 米ワイオミング州で閉鎖予定の石炭火力発電所近くで、新方式の原子力発電所の建設が始まった。原子力新興企業の米TerraPower(テラパワー)が手掛けるナトリウム冷却高速炉*1「Natrium(ナトリウム)」の実証炉だ。発電機能だけでなく、溶融塩を使った蓄エネルギー施設を組み合わせて原発を構成するのが特長で、2024年6月の起工式には同社の設立者である米Microsoft(マイクロソフト)創業者のBill Gates(ビル・ゲイツ)氏も姿を見せた。2030年の運転開始を目指す。

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ナトリウム冷却高速炉「Natrium」実証プロジェクトの起工式
ナトリウム冷却高速炉「Natrium」実証プロジェクトの起工式
2024年6月10日、米ワイオミング州の建設予定地に米TerraPower設立者のBill Gates氏(写真中央)が姿を見せた。(出所:米TerraPower)
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 原子力発電を巡っては、温暖化ガスを排出しない脱炭素電源としてだけでなく、データセンターの増加に伴う電力需要の増大や、エネルギー安全保障を強化する動きを背景として、世界的に見直す動きが広がっている。テラパワーによる着工は、長らく「次世代原子炉」として期待されてきた高速炉の開発を加速させる動きといえる。

*1 高速炉
動きの速い高速の中性子で核分裂反応を維持する方式の原子炉。炉心の熱を取り出す冷却材には、液体金属のナトリウムなどの中性子を減速しにくい物質が使われる。原子力発電所で主流の軽水炉と比べて核燃料を有効利用できる他、高レベル放射性廃棄物を減らせるとの期待がある。

再生可能エネルギーとの補完関係に期待

 Natriumは、テラパワーと原子力大手の米GE Hitachi Nuclear Energy(GE日立ニュークリア・エナジー)が共同開発する高速炉である。その高速炉を蓄エネルギー施設と組み合わせて原発を構成するというテラパワーの方式は、これまでの原発にはなかったものだ。狙うのは、同じ電力系統上に存在する再生可能エネルギーとの協調動作。つまり、原発と再生可能エネルギーという2つの脱炭素電源を補完関係にするという考えだ。

 一体、どういうことか。太陽光発電や風力発電は、稼働時に温暖化ガスを排出しないのがメリットだが、出力が天候や時間帯に左右されるため、長期間にわたる安定した発電が難しい。一方、原子力発電は天候や時間帯を問わず発電できる安定電源として期待できるものの、電力需要に応じて出力を柔軟に変化させるのは不得意とされる。

 そこで同社が目指したのが、高速炉で生み出した熱を蓄エネルギー施設にいったんためてから、蒸気タービンで発電する仕組みだ。詳細は後述するが、溶融塩による熱の「出し入れ」を活用して、一時的ではあるが、原子炉だけの場合よりも大きな電気出力を取り出せるようにする。

 例えば、同じ電力系統下にある再エネの発電が落ち込んだ場合、即座に出力を上げてその地域の電力供給を支えられるようになる。

高速炉と蓄エネルギー施設を組み合わせた原子力発電所
高速炉と蓄エネルギー施設を組み合わせた原子力発電所
発電設備や蓄エネルギー施設を置く「エナジー・アイランド」と、原子炉を置く「ニュークリア・アイランド」の2つにプラント区画を分離し、安全性やメンテナンス性を高める。(出所:米TerraPower)
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 ビル・ゲイツ氏は2022年10月、米国で開かれた「21世紀の原子力エネルギーに関する国際閣僚会議」に先立つ国際原子力機関(IAEA)との対談で、「再生可能エネルギーと原子力は非常に相性がよい」と述べるなど、かねて原子力発電の推進派として知られてきた。今回の着工で、同氏の構想がいよいよ実現に向かおうとしている。