最近の核融合発電の開発競争で最速の核融合開始計画は、今のところ米国のスタートアップであるHelion Energyで、2024年。商用発電開始は2028年で、既に米Microsoftと売電契約まで結んだ。
もっとも、Helion Energyの方式は非常に斬新で、多くの“伝統的”な核融合研究者はその実現性に懐疑的だ。彼らが指摘する課題は少なくとも2つある。具体的には、(1)想定する“燃料”が、重水素(D)とヘリウム3(3He)で、“点火”させるのにはセ氏10億度前後の高温が必要なため、非常に大きなエネルギーを投入しなければならない、(2)核融合のエネルギーをどこまで効率良く電力に変換できるか未知数、の2つである。(1)と(2)をまとめて言い換えると、核融合で発電できる電力が、核融合を起こさせるのに投入するエネルギーを大きく上回ることが容易ではないのである。
一方、核融合発電の開始予定時期がHelion Energyに次いで早いのが、米Commonwealth Fusion Systems(CFS)である。同社は米Massachusetts Institute of Technology(MIT)発のスタートアップで、現在もMITの研究者と二人三脚で実用化にまい進している。わずか2年後の2025年にも核融合炉を稼働させ、2030年代初頭にも商用の発電を始める計画だ。
物理学的には最も現実的
CFSが採用する方式は、最も“伝統的”な方式であるトカマク式核融合発電技術で、コイルで発生したドーナツ型の磁場の中に超高温、高圧のプラズマを閉じ込めて核融合を起こさせるタイプである。研究開発の歴史は長く、物理学的には発電が成功する確実性が最も高い。“燃料”は、Dと三重水素(T)。“点火温度”は圧力にもよるが、セ氏1億~数億度でよい。その温度は、いくつかの研究機関では既に達成されている。CFSには約20億米ドル(1米ドル=140円で約2800億円)と、核融合発電を目指すスタートアップの中では最も多くの資金が集まっているのもこうした理由がある。
ただし、トカマク式と聞くだけで早期の実用化話に懐疑的になる読者も多いはずだ。トカマク式のこれまでの代表例が、「国際熱核融合実験炉(ITER)計画†」だが、計画の発足時から数えるとその実験炉「ITER」の竣工までに45年超を要する見通しだ(図1)。しかも模擬燃料を使った稼働「フォーストプラズマ」は最短で2025年。実際のD-T反応による核融合実験開始は同2035年。さらには、発電も可能な原型炉「DEMO」の稼働は2050年前後、と“世代を超えた”長期計画になってしまっている注1)。実際の商用化プラントはそこから建設するため、そのままでは各国が掲げる脱炭素計画に間に合わない。
経済的には最も非現実的だった
ITER計画でこんなに時間がかかっているのは、物理学的、技術的な問題というより経済的問題、そしてその結果としての政治的な問題によるところが大きい。最大の要因は、炉や建屋の寸法が非常に大きく、建設コストが掛かりすぎる点である。これまでに投じた費用は1米ドル=140円で約3兆円相当。実際にはITER計画に参加する国・地域が分担しているが、予算の確保に足並みがなかなかそろわない。特に米国は計画からの撤退騒ぎを何度も起こしている。
費用は3兆円で終わりではなく、運用費用も含めるとさらに数兆円が追加で必要になる可能性が高い。今後建設するDEMOはまだ仕様の大枠がほぼ固まったという段階だが、炉はITERに比べてさらに大型化するため、建設コストが10兆円近くになる可能性もある注2)。その先の商用化までには天文学的な費用が掛かる可能性が高い。
さらに悪いことには、これだけの費用を投じたことで、開発現場には少しの失敗も許されないというプレッシャーがかかり、容易なはずの実験でさえも慎重になって開発スピードが遅くなる。するとさらに費用が掛かる、という悪循環に陥っている。ITERの開発関係者でさえ、その実用化を本気で信じていない人がいるのも無理はない。
性能は維持したまま劇的に小型化
一方、CFSが開発するトカマク式核融合炉にはこうした経済的問題はほぼ存在しない。一目で分かる違いは炉の寸法である(図1)。ITERの高さ約30mに対して、CFSが2025年に稼働を目指す核融合実証炉「SPARC」は同約3m。炉の体積は、ITERの約40分の1である。建設コストは、それが炉の体積に比例すると考えると3兆円÷40=750億円。CFSは、同コストを2018年時点の見積もりで4億米ドル(同560億円)としていて、桁は合っている。この費用は、同社が調達した資金の約1/5でまかなえる計算だ。
CFSが2030年代初頭の稼働を予定する商用炉「ARC」は、SPARCよりは大きいがそれでもITERやDEMOよりははるかに小さい。ただし、これほど小さくても、核融合の出力規模は500MWとITER並み。発電出力も200MWでDEMOの2/3はある。小さいからといって決して“おもちゃ”ではないわけだ。
高温超電導でゲームチェンジ
では、ITER計画の炉とCFSの炉の本質的な違いは何か。一体何が、これほどの小型化を可能にしたのか。結論を言えば、それは磁場を作り出す超電導コイルのタイプが違うからだ。ITER計画では低温超電導(LTS)コイルだったのに対して、CFSは高温超電導(HTS)コイルを利用する。
トカマク式核融合炉の発電性能は、炉の体積とプラズマを閉じ込める磁場の強さ(B)の4乗(B4)に比例する(図2)。CFSは、BをITERの2倍前後に強くすることで、小型でも大型のITERなどに匹敵する発電性能を得られるとしている。この小型化によって、建設コストを大幅に圧縮できるだけでなく、建設にかかる時間も大幅に短くなる。これが、2050年以降になるはずだったトカマク式核融合炉の実用化が2030年過ぎにも可能になる技術的背景である。HTSコイルによってゲームのルールが変わってしまうわけだ。
6Tの壁で“恐竜化”
それならITERも、Bを強くすれば良かったと考えてしまうが、ITERが設計された1980~2000年ごろで利用可能だったのはLTSの技術だけ。そしてLTSコイルで実現できる磁場のプラズマ中心部の強さは事実上6テスラ(T)が限界だった注3)。超電導がどこまで高温で使えるかを示す臨界温度Tcがよく報道されるが、強い磁場環境下で使ったり、または強い電流を流したりするとTcはずっと低くなってしまう。温度がもともと低いLTSの場合は、超電導状態自体を維持できなくなる。ITERを設計する際、この6Tの壁を前提に発電性能を高めるには、炉を恐竜のように大きくするしかなかったわけだ。
これから具体的な設計が始まるDEMOは国・地域によって対応が分かれている。EUのDEMO(EU DEMO)では、HTSコイルの利用も検討するようだ。一方、日本のJA-DEMOについては、2022年11月にまとめられた、文部科学省 核融合科学技術委員会の原型炉開発総合戦略タスクフォース(TF)によるDEMO計画のチェック結果においても、竣工、稼働時期の5年前倒し案が出された一方で、HTSコイルの採用は表立っては議論されていない。
MITは強い磁場と小型炉を半世紀研究
その理由は、DEMOがこれまでの研究開発の土台の上に造られるからだ。ある核融合の技術者によれば、強い磁場Bを利用すると、プラズマの安定制御がより難しくなる部分が出てくる。LTSコイルの弱い磁場を前提に、制御の知見を積み上げてきてしまうと、HTSコイルが使えるようになっても、すぐにコイル技術を切り替えることが難しいようだ。
その点、CFSの母体でもあるMITは、銅(Cu)線コイルを実験炉に使っていた時代から半世紀近くも、強い磁場を使った超小型炉の研究を積み上げてきている(図2)注4)。スタートアップの単なる思い付きでHTSコイルに飛びついたわけではないといえる。