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ちくま新書

「確定申告」って何? 「血税」って何?
『まさかの税金:騙されないための大人の知識』ためし読み

1月新刊、三木義一著『まさかの税金』より、一部記事を抜粋して試し読みとして公開します。庶民が勘違いしている盲点を含め、税法のご隠居が制度や権力の闇とからくりにツッコミを入れ解説する一冊です。

 はしがき

「ご隠居、何で、この本を出されたんで?」
「いやね八っつあん、東京新聞の木曜朝刊の『本音のコラム』欄を2019年1月から担当してきたんじゃ。そのコラムで、税金問題もずいぶん取り上げたので、皆さんにも読んでいただけるようなものにまとめられるかと思ったんじゃ」
「で、そうなったんですか?」
「そうじゃのう、コラム執筆時に問題となっていたテーマを分かりやすく解説するつもりだが、何かの税制を体系的に解説するものにはなっていない。ただ、様々なテーマで皆さんが勘違いしていそうな点や、知らないと思われる点についてやや詳細にふれるようにして、少しでも税を見る目が変わってくれることを期待して本にしたんじゃ」
「それじゃ、はじめから読んでいかなけりゃいけないわけじゃないんですね」
「目次を見て気になる見出しを見つけたら、そこを読んでいただければいいのだよ」
「てへ、少し気が楽になったけど、でも、テーマが税金じゃ、難しいですぜ。特にご隠居は税法の専門家とやらで蘊蓄うんちくをたれたがるから、みんな逃げちゃいませんか」
「だから、わしは、この本では令和の宮武外骨を目指して、できるだけ権力をしゃれで笑い飛ばすことを目指したんじゃ。お前さんとのこうした対話もたびたび入れておいたぞ」
「で、笑い飛ばせた?」
「オチがつけられずに笑われているかもしれん。内容もお前さんのところの黒いワンちゃんみたいになったかもしれん」
「うちのクロ? あっ、尾も白くない、って言いたいわけで」
「だが、税金問題に少しは関心を持ってもらえたのではないかと期待しておる」
「ということだそうですので、読者の皆様、お好きなところから、気楽に読んでいただき、ご隠居の失敗作から何かをつかんでいただけたら幸いでございます」
「これこれ、何が失敗作じゃ?」
「だって、ご隠居がこの最初の文章のタイトルで、自分の能力のなさを認めて、謙虚に読者に詫(わ)びておられるじゃないですか」
「この『はしがき』でか?」
「あ〜? 『はじかき』じゃなかったんだ」
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 確定申告とは?

 所得税の確定申告の真っ最中ですね。何を「確定」するのでしょう。そう、納税すべき所得税額です。2018(平成30)年の所得税の納税義務はその年の終了時点、12月31日に一応成立します。
 しかし、この時点では、税務署が税金を取り立てることはできません。その税額が具体的に確定されていないからです。確定する方法としては、税務署が処分をして決める賦課税方式(ふかぜいほうしき)というのがあります。
 これは日本の国税では例外で、地方税に多い方式です。ヨーロッパ大陸の国々ではこの方式が中心です。
 日本は戦後、アメリカの申告納税制度を導入しました。当時の大蔵省は必死に抵抗しました。だって、納税者の申告で税額が原則的に決まるなんて、税務署の権威がなくなるじゃないですか。
 しかし、アメリカの圧力で嫌々導入せざるをえなくなったので、最後の土壇場で、会社に年末調整義務を課し、多くの給与所得者の申告を不要にしました。そのため、納税者の18%ぐらいしか申告していません。
 申告は大変です。深刻な問題です。自分で税法を解釈して、税額を計算しなければならないからです。でも、自分の第一次的判断権に基づき確定できるのはすばらしいことでもあります。なお、違法所得でも申告義務あり。この場合の申告は、たぶん、「自首申告」! (2019・3・7)

 ビアスの『悪魔の辞典』には確定申告はない。万一あったとしても日本の実態を描くのは不可能だ。
【日本の確定申告=納税者の一部が行う行為で、自分が前年稼いだことを後悔する行為】
★悪魔による解説
 給与所得者だけでも5900万人いるのにすべての確定申告者数は2200万人。申告納税制度と自称しているのに、なんという少なさ。
 戦後、アメリカから申告納税制度の採用を強要されたが、これに徹底的に抵抗し、最後の土壇場に年末調整制度を導入したのが、旧大蔵省。これに連動して、給与所得者の必要経費の実額控除も認めず、源泉徴収率も精緻で複雑にし、なるべく申告しないでもすむようにしてきた。そのおかげで大半の給与所得者は申告不要で税のことは忘れ、野球の世界大会に没頭し、パンとサーカスの日々である。申告する人はささやかな還付か、さらなる納付が必要な人で、後者は昨年自分が努力して稼いだことを心から後悔する。不幸な国である。
 一方、我々が住む悪魔国は全く違うぞ。源泉徴収率は一律3割だ。確かに手取りは減るが、大半の悪魔は確定申告をすればガバっと税金が戻ってくる。だから、確定申告をしない奴はいないし、翌月は還付金でみなハッピーになる。コロナのときはデータに基づき素早く税務署が給付。だから、人気あるぜ、税務署って。(2023・3・16)

《解説》
 前者のコラムは、確定申告の意味を解説したものである。
 毎年、2月16日から3月15日の間に、所得税の確定申告を行うことになる。多くの国民が頭を悩ますのだが、一体何を誰が確定するのだろうか?
 まず、確定するのは申告する人の所得税額だ。所得税の納税義務は年末にその1年間の所得について抽象的に成立するが、具体的な額が確定していないので、国はあなたの財産からとることはできないのである。これを可能にするのが、確定申告で、納税者は自分の負担する税額を法律に基づいて計算し、自分で確定するのだ。納税者の方が第一次的に判断して確定させるというのは、非常に民主的にも思えるが、複雑な税法を納税者自身に勉強させ、分からなかったら税理士に頼んで計算してもらえ、間違えたら加算税とるぞ、というのも少し酷な面もあるかもしれない。
 これに対して、ヨーロッパに多い賦課課税の国では、税額計算は税務署の仕事になり、納税者はその資料を税務署に出せばいいだけになる。資料としての納税者の申告を見て、税務署が計算した上で税額を決定することになるわけである。
 ということは、日本における申告納税制度とは、税務署の税額計算の手間と賦課処分の手間を省き、申告書に税額を記載させ、その申告書に確定効果を付与し、税務署がすべき処分を基本的に省略できるようにした制度ともいえそうである。言い換えれば、納税者の協力により課税庁のコストを軽減している制度でもある。
 毎年2200万件の確定申告があるが、そのうちの6割は還付申告で、給与所得者の多くは年末調整で終了し、確定申告をしているわけではない。
 日本の確定申告を実は形骸化させてしまった、年末調整制度への批判を『悪魔の辞典』風におちょくるコラムが後者のコラムである。
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 血税の不平等

 イスラエルの選挙でネタニヤフ首相が苦戦した。
 その背景には彼を支持してきた政党間に不公平な兵役免除制度の廃止を巡る対立があった。イスラエルでは18歳以上の男性は3年間、女性は2年間の兵役に就く義務を負うが、超正統派の人々には免除されてきた。これに対して、右派の「わが家イスラエル」は超正統派に対する兵役や税金免除などを過度の優遇として、その廃止を求めていたからである。この背景には戦争で家族が犠牲になったイスラエル庶民の不満がありそうだ。
 実は、この血税(=兵役)による家族の犠牲への怒りが第二次世界大戦後の世界の税制を大きく塗り替えたのだ。第二次世界大戦は総力戦だった。庶民の大半は家族に犠牲者がいた。
 ところが富裕層は、どの国でもさまざまな手で家族を避難させていた。この不公平感が、それなら富裕層は金銭だけでも負担しろ、という超過累進税率を資本主義国に導入させたのである(K・シーヴ、D・スタサヴェージ/立木勝訳『金持ち課税』みすず書房、2018年)。
 庶民がこの怒りを忘れ始めた1980年ごろのレーガン税制から税率がフラット化した。庶民が再び富裕層への優遇を怒り、公平な税制を実現できるか? 難しそうだ。
 だ〜って、かつての富裕層は、今や国境をまたぐ浮遊層になって、庶民には見えないもんね〜。(2019・9・19)

《解説》 
 血税というと現代ではよく次のように使われる。
〈【大阪・関西万博】開催地の首長が「国の事業だから赤字になっても負担しない」と語る本末転倒 「血税の垂れ流し」はどこまで続くのか〉
 国民が血のにじむような苦労をして払った税をなぜ、こんな無駄なことに使うんだ、という意味で使われる。でもこれは完全な誤用なのだ。
 本当の意味は「兵役」である。国王が主権を持っていた時代の憲法は、どの国も臣民に納税の義務と兵役の義務を一体的に課していた。金銭納付による経済的負担が納税義務であり、血の負担による肉体的負担が兵役だったわけである。
「血税」という日本語が使われたのは、1872(明治5)年11月の「徴兵ノ詔」からだと言われている。そのなかの「徴兵告諭」に次の文章があったのである。
〈凡ソ天地ノ間一事一物トシテ税アラサルハナシ以テ国用二充ツ然ラハ則チ人タルモノ固ヨリ心力ヲ尽シ国二報ヒサルヘカラス西人之ヲ称シテ血税卜云フ其生血ヲ以テ国二報スルノ謂ナリ〉
 高島俊男さんの解説によると、次のような意味になる(『「週刊文春」の怪』文春文庫、2001年、179頁)。
〈この世すべて税のかからぬものはない。それをもって国の用にあてるのである。人にも税がかかる。力いっぱい国にむくいるのがそれである。西洋人はそれを血税と言っている。生きた血でもって国に報ずる、の意味である。〉
 ところがこの「血税」という言葉が、たいへんな誤解を招いた。これは血の税であり、政府は若い男を集めてその血をしぼって西洋人に売るのだ、というデマが拡散し、恐怖にかられた農民たちが「血税一揆」と呼ばれる暴動を起こしてしまったからである。政府はそれ以後この言葉をあまり使わなくなったようだ。
 世界中にこの血税が実施されたのが、第一次、第二次世界大戦。血税負担者は貧しい庶民の子供たち、どの国でも、富裕層は賄賂わいろで、家族を戦場には送らなかったのだ。
 普通の税金も不公平だし、血税も不公平だったわけだ。コラムに書いたイスラエルの内紛も血税問題であった。2024年6月、イスラエルの最高裁は、超正統派も徴兵対象にすべきだとしたが、現実になるかどうかはまだ不明である。血税のない世界にすることが人類の課題である。

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