パリ五輪は開会式におかしな主張が盛り込まれていたり、自然環境優先というお題目で選手村の運営が「アスリートファースト」でなくなっていたりと、問題だらけだった。さらに、ある国の選手への対応を伝えるニュースに触れて、暗澹(あんたん)たる思いになった。それは組織委員会の〝やらかし〟のレベルを超え、五輪の精神を真っ向から否定するものだ。
パリ五輪では、表彰式で選手たちがスマホで自撮りする「ビクトリーセルフィー」が初めて認められ、「ノーサイド」の精神を表すと話題になった。選手にも好評で、スケートボード女子ストリートで銅メダルを獲得したライッサ・レアウ(ブラジル)は、金の吉沢恋(ここ、14)=ACT SB STORE、銀の赤間凛音(りず、15)と記念撮影し、「競争を超えた仲間の愛を感じることができた瞬間だった」と振り返っていた。
他競技でもほほえましい場面があった。卓球混合ダブルスでは銅メダルの林鐘勲、申裕斌組(韓国)が主導する形で、金メダルの王楚欽、孫穎莎組(中国)、そして銀メダルを獲得した北朝鮮のリ・ジョンシク、キム・グムヨン組の6人が記念撮影。日頃、ミックスゾーンでも取材に応じない北朝鮮選手が笑顔でセルフィーに応じたことを、韓国メディアは驚きをもって報じていた。
ところが、これが北朝鮮で問題になっているらしい。北朝鮮情報専門メディアのデイリーNKによると、選手たちは出国前に「韓国を含む他国の選手と接触するな」と指示されていたそうで、自撮りは違反行為だ。報告書にはこの場面について「一番の敵対国である韓国の選手が隣にいるのにニコニコしていた」と書かれていたという。
北朝鮮の選手は国際大会から帰国すると、1カ月にわたって思想チェックを受けさせられるそうだ。外国に行くこと自体が思想的に「汚染された地」に足を踏み入れることで、「汚れ」が染み込まないうちに洗浄するというのが当局の考えだと説明されている。
言うまでもないが、競技を通して友好をはぐくむのが五輪に限らずスポーツ界の精神だ。ロシアとウクライナ、イスラム諸国とイスラエルなど、現実は理想通りにいかないが、個人間の友好を国家などが押しつぶしにかかるのは、明らかにスポーツの精神に反する。何のために五輪に参加しているのかとすら思う。