<論壇時評>イーロン・マスクと権威主義的リバタリアン 民主主義を敵視、利益拡大へ暴走 中島岳志
アメリカのトランプ政権は「政府効率化省(DOGE)」を設置し、政府関係機関に勤める職員の大幅削減を進めている。彼らは「小さな政府」を志向しているが、これは「小さな権力」を意味していない。
イラク戦争のことを思い出したい。この戦争で問題になったのが、「戦争の民営化」だった。アメリカ政府はこれまで国家が担っていた戦争業務の多くを民間軍事会社に委託し、戦争を遂行した。その結果、アメリカ政府は戦争を始める権限を行使しながら、捕虜の虐待などの戦争犯罪についての責任を負う必要がなくなった。重要な決定権は保持しながら、具体的な事業や責任をアウトソーシング(外注)する政府は、「小さな政府」であっても「小さな権力」ではない。むしろ、戦争に踏み切ることのハードルは下がっており、権威主義的な権力が肥大化していると言える。
木澤佐登志「なぜテックビリオネアは民主主義を破壊したがるか」(『中央公論』4月号)は、トランプ政権の中枢に上り詰めたイーロン・マスクの発想の中核に迫る。
木澤は、トランプやマスクに共通する思想を「リバタリアニズム」とみなす。これは「個人の自由や自己決定権を最大限に尊重し、政府の権限・干渉を最小限に抑えることを理想とする政治的・思想的立場」で、「国家からの『エグジット(脱出)』」を志向しながら、国家を権威主義的に操ろうとする。この逆説はどこから来るのか。
木澤の見るところ、この思想の中核を担うのが「シリコンバレーを根城にするスタートアップ経営者や億万長者の投資家(テックビリオネア)」である。その代表的な人物の一人がピーター・ティールで、オンライン決済サービス「ペイパル(PayPal)」の共同創業者として知られる。
ティールはテクノロジーの加速度的発展を強く擁護する。そして、それを阻害するポリティカル・コレクトネス(人種や性別、年齢などに基づく差別的表現をなくそうという考え方)に強い敵意を向ける。彼は技術革新に待ったをかける規制を撤廃し、ビジネスの自由を極限まで拡大しようとする。
ティールが、大きな阻害要因とみなすのが民主主義である。民主主義に基づく合意形成は、時間がかかる。議論を尽くした結果、決まらないこともある。そんな制度は非効率的で邪魔な存在にほかならない。そのため独裁的なトップダウンが志向され、CEO国家が理想化される。
ティールの批判は民主党に向けられる。リベラルの社会正義やポリティカル・コレクトネスこそがアメリカのテクノロジー産業の衰退を招いたと見なされ、この現状を打破してくれる存在としてトランプに期待をかける。
このような発想の延長上にマスクがいる。彼はトランプ政権で政府効率化省のトップに任命され、規制撤廃と国家の縮小・効率化にまい進している。
かつてマスクはツイッター社を買収し、リベラルな価値観やポリティカル・コレクトネスが「言論の自由」を阻害していると訴えた。そして、暴力行為扇動の危険性があるとして凍結されていたトランプのアカウントを復活させた。しかし、自分に不都合なアカウントについては、しばしば独断で凍結を繰り返す。
木澤は、中国こそが彼らのロールモデルとなっていると指摘する。中国の権威主義体制においては、人権意識やポリティカル・コレクトネスを乗り越えて科学的イノベーションが推進される。この「中華未来主義」は、シリコンバレーエリートたちにとって「脱政治化されたテクノ・ユートピア」に映る。
米中両大国が権威主義化し、テクノロジーへの歯止めを失いつつある。そのような中、歴史の中で構築されてきた「規制」に含まれる死者たちの英知を再認識する必要があるのではないか。テクノ・リバタリアンの暴走を、死者と共に阻止しなければならない。
(なかじま・たけし=東京科学大教授)
(なかじま・たけし=東京科学大教授)
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