今回は、 知的障害・ADHD・自閉スペクトラム症を抱えながら俳優のお仕事をする男性に取材をしました。
知的障害と診断され…
男性の名前は小籔さん。視覚障害のある母親と母子家庭で育ちましたが、2019年に難病により母親を亡くします。現在は、知的障害者の中では3%しかいないといわれる一人暮らしを始め、働きながら俳優の仕事をしています。
小籔さんに知的障害があるとわかったのは、高校生のときでした。
顎の病気で手術をし、2ヶ月間入院したことがあり。それがきっかけで退院前に初めて知能検査を受けました。
高校卒業後に上京し、声優の専門学校に通いながら新聞配達をしていた小籔さん。しかし、学業と仕事の両立がうまくできず、新聞配達ではミスばかりしていたため「僕、もしかしたら発達障害かも…」という思いを抱いていたのです。
そこで、顎の手術をした大学病院で知能検査をした結果が入っている紹介状を手に都内のメンタルクリニックへ。診断の結果、メンタルクリニックの医師から「知的障害です」と診断されます。
「診断される前から、母親に人とのコミュニケーションなどで注意されることが多かった」と話し、学校の授業、行事、部活やクラブ活動にも消極的で、人と関わりたいと思わず、なるべく目立たないようにしていたといいます。
「自分は人見知りで、根暗な人だと思っていた」と当時の自身のことを振り返ります。
また知的障害と診断されたときに、子どものころ文字の読み書きや音読ができなかったことや、計算問題や文章問題、運動が苦手だったことを思い出しました。
「僕は学力や社会性というものが、努力して何とかなる人じゃないんだな」と気持ちがホッとしたといいます。
俳優への転機
中学1年生から2年生のとき、不登校だった小籔さんは母親に「せめて高校だけは卒業して」と言われます。そこで、中学生のころに学園ドラマのNGシーンなどを見ていたことから「ドラマのシーンだと思って学校生活を送れば、嫌なことがあっても乗り越えられる」と思って学校へ通うことに。それから演技に興味を持つようになったといいます。
その後、小籔さんはアヴニールプロダクションに所属することになりました。
俳優としての夢は「俳優を信仰して幸せになること」
それには、俳優を信仰することで「自分が人生何のために生きているか迷わない」という思いがありました。また俳優の道に進み、周囲の人から「笑顔が素敵で品のある人ですね」と言われたことがうれしかったといいます。
俳優業に対する挑戦
俳優として活動する中で、小籔さんは「セリフを覚えること、言葉と心理を理解すること、感情を体全部で表現すること」に壁を感じていました。しかし、殺陣や日本舞踊で身体の使い方や感性を磨いたり、美術館に行って絵画を見て想像力を磨いたりしてその壁を乗り越えているのです。
これまで、小籔さんは『塔の外ランウェイダンス』で知的障害者のナナ役を演じました。また『わたしのかあさん』とTBSの金曜ドラマ『ライオンの隠れ家』の3話では、障がい者のエキストラで一瞬映ったといいます。
俳優という職業には、今後も「ワクワクドキドキしながら向き合いたい」と語ります。
事務所の考え
小籔さんの所属しているアヴニールプロダクションの事務所代表の田中さんに障害がありながらも俳優業に臨む方たちについての思いを聞きました。
田中さんは、はじめから障害の当事者をキャスティングしようと思ったわけではありませんでした。知的に障害のある人たちのパフォーマンスに心を奪われて、これこそがエンタメという衝撃を受けたことが、事務所を立ち上げるきっかけになったといいます。
その素晴らしいパフォーマンスができるのは、知的障害の空間認知が難しいことからくる、主観的な表現が理由なのではないかと話します。
現在、話題となっている「当事者キャスティング」については「すべての演技は障害のある人のために行っているわけではなく、観客や視聴者ために行っていること。その上で、このままこの状態が続くのは犯罪者を演じるために、犯罪者を当事者キャスティングすることと同じくらいの違和感がある」と話し「ただ一時的なもので、いずれはそういう線引きはなくなるだろうと考えている」と伝えてくれました。
もちろんプロダクションなので、専門性という点では障害のあるエンターテイナーを専門的に扱わなくてはなりません。しかし、所属タレントの活動の場は「限定的であってほしくない」という田中さんの願いがありました。そのような理由から、より人々の心を引き付けるエンタメを目指すことに集中していると語ります。
また田中さんは今の環境について、単純に平均と言われている知能指数100くらいの人が理解しやすい言語やシステムで作られているため、そうではない人がその中で生きようとするから、障害を感じるだけであると話します。
そのため、それらの障害を事務所が取り除いたり、橋渡しをしたりすれば問題は何もないと、障害のある方たちが俳優を目指し、俳優業を行うことについての考えを語ってくれました。
事務所では、マイノリティであるために日の目を見ない素晴らしい才能や、人々に届くことで心を動かすエンターテイナーを世に出し、より面白いエンタメを届けるためのノウハウ、システム、専門性を持つよう、日々アップデートをしているといいます。
※マイノリティ…「少数派」「少数者」を意味します。
小籔さんが伝えたいこと
障がいがある小籔さんから見て、社会がこうであったらいいと感じることは、障害者雇用の中で知的障害だけが就職できる職種が少ないため、もっと増えてほしいということ。
また、同じ障がいがある方に対しては「失敗しても諦めなければ成功するかも」と自身の体験から話します。小籔さんは、壁にぶつかりながらも自分なりに工夫して壁を乗り越えていました。
「失敗しても諦めない…」という強い思いが伝わります。
小籔さんは、春までに活字がいっぱいある小説を30冊読むことを目標に掲げているといいます。努力を惜しまず、ワクワクドキドキしながら俳優業と向き合い、今後も素敵な笑顔を見せてくれることでしょう。