中国では人間の姿を再現したAIの社会実装が進んでいる。
Reuter
中国ではライバーが商品の特徴を実況しながら販売する、いわばネット版テレビショッピング「ライブコマース」がECの有力な販促ツールになっている。最近、1時間足らずで2000万人超の視聴者を集め、5000万元(約10億円)を売り上げた新顔ライバーが現れた。
その正体は有名タレントでもトップインフルエンサーでもなく、人間の話し方や癖を完全に盗んだAIだった。
エラーに対する許容度の高さが新技術の実装後押し
ChatGPTを開発したOpenAIが15日、東京に新たな拠点を設立し、日本での事業を強化すると発表した。マイクロソフト、アマゾンウェブサービス(AWS)、グーグルも日本国内で生成AIの活用に欠かせないデータセンターへの投資を拡大する。
アメリカのメガテックはAIの活用において、日本を重要マーケットと見ているが、外資コンサルファームで日本チームを率いるパートナーは「米メガテックの動きは活発だが、日本の大企業の取り組みは部分的で小粒な案件にとどまる。AIに限らず、次世代技術を導入する動きは米中に比べると鈍い」と語った。
AIとAR(拡張現実)を活用した中国人向けの不動産プラットフォーム「神居秒算」の創業者で、現在は日本の医療事業者向けにAIビジネスを手掛ける何書勉氏も、「(現在のスタートアップを立ち上げた)2021年の頃は、日本でAIビジネスを大きくするのは不可能だと思った」と話す。
何氏は「アメリカはシリコンバレーのように世界から人材が集まるスタートアップのエコシステムがあり、画期的なテクノロジーを生み出す」「中国はとにかく新しいものが好きで、エラーに対する許容度が高いため、キャッチアップが早い」という。
たしかに、今最も注目されている生成AIをとっても、ビジネスへの活用からディープフェイクの出現まで、中国は日本より2~3年先を行っている。アリババグループやTikTok中国版「抖音(Douyin)」などメガテックがしのぎを削るECと生成AIの相性の良さも、社会実装の駆動力になっている。
人間のしぐさも再現するAIライバー
スーパーで牛肉を売るAI劉強東(左)と家電販売店でテレビを売るAI劉強東。
JD.comニュースリリースより
4月16日、中国EC2位「京東商城(JD.com)」のライブコマーススペースに、創業者の劉強東氏をモデルにした2体のAIが現れた。
2体のAIは「スーパー」と「家電販売店」にそれぞれ配置され、家電販売店ではUEFA欧州選手権をテーマにしばし雑談し、場が温まったところでサッカーの試合を観るのに適したハイセンスの大画面テレビを紹介した。同じ頃、スーパーではもう一体のAI劉強東が料理の心得を話しながら卵や牛肉を紹介した。
JD.comによると2体のAI劉強東が紹介した計13商品は、1時間弱で10万件の注文を獲得し、販売額は5000万元(約10億円)に達した。視聴者数も2000万人を超えた。
AI劉強東はJD.comが自主開発した大規模言語モデル「言犀」を使い、劉氏のスピーチや日常会話の映像や音声を素材にトレーニングされた。ライブコマースの「喋り」は、AIが商品情報を学習して生成した。声や話し方が本人にそっくりなのはもちろん、話しながら指をもんだり何かを強調するときに手の動きが大きくなるといった動作の癖まで再現し、スタッフに指示を出したり視聴者の質問に反応したりするようなしぐさも見せた。意識して観察すれば不自然な部分もあったものの、AIだと知らされなければ本人だと誤認するレベルに達していた。
清華大学に入学したAI女子大生
中国ではChatGPT登場前から、研究機関やIT企業が人間の姿をしたAI「デジタルヒューマン」の開発を競ってきた。
中国トップ大学の清華大学は2021年、AI女子大生「華智氷」を入学させた。
清華大学公式アカウント(bilibili)から
清華大学は2021年に6歳程度の知能を持ち、テキストや画像、動画などから学んで成長するAI女子大生を正式入学させ、学籍番号も与えた。EC最大手のアリババグループなどが開発した女性AIの「AYAYI」も、中国初のAIインフルエンサーとしてルイ・ヴィトンやバーバリーなど30以上の高級ブランドと提携した。
日本では伊藤園が2023年に生成AIで作成したタレントを日本で初めてテレビCMに起用し話題になったが、中国はより高度な技術を駆使して、日本より数年先行してAIタレントを起用していたことが分かるだろう。
伊藤園はAI技術で生成した専属のオリジナルタレントをCMに起用した。
伊藤園のニュースリリース
その理由としては何氏が指摘したように「新しい技術をとにかく使ってみたい」国民性に加え、技術力を広くアピールする素材としてデジタルヒューマンがうってつけだったことが挙げられる。
日中両国の文化に詳しい関係者の多くが「日本人は人間の方がサービスの質がより高いと考えるが、中国人はロボットやAIに任せた方がサービスが安定すると考えている」と話すように、サービスの質のばらつきが大きい中国では消費者もテクノロジーへの受容度が高い。もう一点、中国で普及しているライブコマースも、デジタルヒューマンの社会実装を後押ししていると言える。
AIライバー、コストは人間の10分の1
中国でEC2位のJD.comはToB特化型の大規模言語モデル「言犀」を開発している。
Reuter
生成AIの登場によってAIライバーの開発難度は一気に下がり、素材があれば早ければ3日で訓練できるようになった。あとはAIに商品データを学ばせて台本を生成すれば、人間の10分の1のコストでライブコマースが行えるという。
もっとも、JD.comが話題作りのために技術を詰め込んで投入したAI劉強東は別格であり、現時点では手軽に生成できるAIライバーは双方向の交流を行うレベルには達していない。人間と同等のスキルを身に着けるには3~5年は必要との声もある。
それでも、人間の10分の1のコストで24時間休むことなく商品の宣伝をしてくれるAIライバーは、補助的ツールとしてそれなりに戦力になっているようで、中国メディアによると既に4000ブランドがライブコマースにAIを活用しているという。
男性相手に売りまくるAI美女
双方向の交流ができないレベルであっても、お金が稼げているAIライバーもいる。
ターゲットを中年男性に据え、セクシーな衣装に身を包んだ“AI美女”だ。
中国メディア新浪新聞によると、ライブコマースに多数出現しているAI美女は一方的に商品を紹介し視聴者の呼び掛けにも応答しないばかりか、運営会社から「このコンテンツはAIでつくられた疑いがあります」との注釈がついているにもかかわらず、数十万~百万以上のフォロワーを集めている。
人間のトップライバーは情報感度が高い若い女性をターゲットに、高単価のアパレルや化粧品を販売するが、AI美女はライターやスリッパ、カミソリなど数百円の日用品を売っている。儲からない商売に見えるが、“彼女たち”は1つの商品に最高で50%にも達する高い販売手数料を設定し、アパレルに比べると返品も極めて少ないことから、実はおいしいビジネスだという。「1980年代生まれのシングルマザー」を名乗るAI美女は1カ月に500~1000万円を売り上げている。
JD.comは今後、AI劉強東を多くの売り場に“降臨”させて売り上げを増やしていくとみられており、ライブ配信でも双方向の対話ができるようになれば、トップ級の人間以外はAIに代替されていく可能性がある。その時に真っ先にターゲットにされるのは、魅力的な容姿であれば人間かどうかは気にしない男性であり、失業の脅威にさらされるのは、若さと容姿がウリの女性たちかもしれない。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。