幽☆遊☆白書は12月14日よりNetflixで配信。
出典:ネットフリックス
ネットフリックスが12月14日、実写ドラマ版『幽☆遊☆白書』の配信を開始する。5年の制作期間をかけた大作だ。
ネットフリックスは予算投下したオリジナル作品の制作に力を入れており、「日本発」の原作や企画からも世界的なヒットが出始めている。
2023年夏配信された『ワンピース』はその1つ。『幽☆遊☆白書』も同じ週刊少年ジャンプ発の著名作品として後に続けるか、注目が集まっている。
『幽☆遊☆白書』予告編 。
出典:ネットフリックス
実は『幽☆遊☆白書』は、日本のネットフリックスから提案したプロジェクトの中でも、特別な要素を持っている。世界各地にあるVFXスタジオ(ネットフリックスの自社制作を含め、6カ国18社)の協力体制で作られた、非常に大規模なものだからだ。
配信開始まで詳細はお伝えできないが、トレイラーを見るだけでも、そのクオリティの一端は分かるのではないだろうか。
今回筆者は、『幽☆遊☆白書』のVFXが制作に携わったアメリカ・Eyeline Studiosなどを取材した。
そこから見えてきたのは、日本のIPを使った国際プロジェクトの、1つの形である。
ロサンゼルスで「顔の演技」に集中してCG制作
主な撮影は日本国内で行われた。
出典:ネットフリックス
『幽☆遊☆白書』の撮影は、以前にも掲載したように、東京にある東宝スタジオなど、多くが国内で実施されている。
撮影風景。
出典:ネットフリックス
本作は激しい格闘シーンが多く、VFX(Visual Effects、視覚効果)の併用は必須。撮影自体もVFX・CG作業がある前提で、かなり特別なやり方になっているという。
11月某日、筆者はアメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス・ハリウッドにあるEyeline Studiosを訪れた。近くには、ネットフリックスのロサンゼルス拠点もある。
VFXの一部を制作した、ロサンゼルスにあるEyeline Studios。
出典:ネットフリックス
今回取材したEyeline Studiosも、多数のハリウッド作品を作っているトップスタジオで、機密情報が多く中にはなかなか入れない。
内部には巨大なLEDをスクリーンにしたセットも。背景を映し出してその前で演技し、撮影する(右下はスクリーンに寄って撮影したもの)。
撮影:西田宗千佳
Eyeline Studiosが担当したのは、『幽☆遊☆白書』最大のヴィラン(悪役)でもある、同作の人気キャラクター「戸愚呂兄弟」(とぐろきょうだい)のCG制作だ。
CG制作というと、俳優の姿を3D化したデータを使い、モニターの中で動きをつけて演技もさせる……というイメージを持つ。
滝藤賢一氏と綾野剛氏が演じる戸愚呂兄弟。「幽☆遊☆白書」の鍵を握る悪役であり、CGの力なしには描けないキャラクターでもある。
出典:ネットフリックス
動きの要素を簡略化して取り込み、CGに反映させる方法だ。一般に「モーションキャプチャ」といい、表情の場合には「フェイスキャプチャ」などという。
だが、今回の戸愚呂兄弟は、単純なCGとしては作られてはいない。
使われたのは「ボリュメトリックキャプチャ」というもの。この技術は、立体形状とテクスチャ(表面の色・凹凸など)を同時にデータ化するもので、いわゆる「立体スキャン」技術だと思えばいい。
ただ、Eyeline Studiosが使っているものは、一般的なボリュメトリックキャプチャとは違っている。キャプチャ範囲を集中させ、高精細かつきめ細やかな状態をそのまま記録する。
今回の場合は前述のように、滝藤賢一・綾野剛両氏の「顔の演技」がそのままCG化された。
表情の動きだけを取り込んで再現したのではなく、目や唇の動きはもちろん、細かなしわや首筋の張り、顔色などを全体に取り込んでいる。
戸愚呂兄を演じた滝藤賢一氏は、顔の細やかな演技をハリウッドのスタジオでCG化した。
出典:ネットフリックス
撮影に使われたのは次の写真にあるような設備。360度にディスプレイと大量にカメラが配置されたケージだ。この中に2人がそれぞれ入り、顔に集中して演技を行い、そのまま3D化する。
Eyeline Studiosのボリュメトリックキャプチャ施設。演者は中央に立って演技し、大量のカメラで顔の全方向を同時に記録する。
出典:ネットフリックス
大量に貼られたディスプレイには、そのシーンの背景や共に演じる相手の姿が表示され、シーンを理解しながら集中して演じられる。
それを多数のカメラでリアルタイムかつ忠実に3Dデータにし、さらに、別に作った体などのCGと組み合わせ、本編の中で使う。
ボリュメトリックキャプチャの様子。撮影されたデータを見ながら演技を煮詰めていく。
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これは俳優にとっても貴重な体験だ。綾野氏は「普段は全身に気を使うのに、ここでは顔だけに集中して演技をした。これはとてもぜいたくなこと」と語ったという。
ネットフリックスで日本国内におけるコンテンツ制作の責任者を務める坂本和隆氏は、Eyeline Studiosと組むことになった理由を次のように説明する。
写真左から、ネットフリックスで日本国内におけるコンテンツ制作の責任者を務める坂本和隆氏、スキャンラインVFX社・VFXスーパーバイザーの坂口亮氏。
出典:ネットフリックス
「ここまで技術が進化してようやく、『幽☆遊☆白書』を実写で実現できるようになりました。
しかし、顔の演技をここまで再現しつつ、戸愚呂兄弟をCGで表現できるVFXスタジオは、残念ながら日本にはなかった」(坂本氏)
VFX全般のスーパーバイザーを担当した、スキャンラインVFX社・VFXスーパーバイザーの坂口亮氏もこう語る。
「CGでキャラクターを描く技術は多数あり、どの技術にも長所・短所があります。だから単純な答えはない。
基本的にはそのショットの要求とのバランスです。結局、少人数とはいえ演者や監督を日本から呼び、対応するわけですから、これでしかできない、という理由が重要です」(坂口氏)
実は「日本での成功」重視のプロジェクト
ここまでの流れだと「そんなに海外は日本のコンテンツに期待しているのか」と考えてしまいがちだ。もちろん、ネットフリックス本社が世界的にも成功の可能性があると見て投資しているのは間違いない。
だが、坂本氏はこうも話す。
「今の企画は完全に『ローカルファースト』。企画あってのチームであり、それがワールドクラスのヒットになるかは結果次第」(坂本氏)
『幽☆遊☆白書』は1992年から連載を開始。人気の頂点は1990年代中頃である。坂本氏は強く影響を受けた世代で、「自分が作りたかった、という部分がある」とも話す。
一方、『幽☆遊☆白書』の人気はやはり日本が中心。世界的な知名度から選ばれた作品、というわけではないのだ。
だが、魅力ある原作を活かして丁寧に作品を作り、ヒットすれば世界にその熱が伝わる。それは、これまでに作られたネットフリックスオリジナル作品から得られた知見でもある。
冒頭で述べたように、本作品の制作には5年が費やされた。そしてその大半は、「作品の重要な点はどこなのか」「キャラクターを構成する上で必須の要素はなんなのか」という、作品のエッセンスについて、メインスタッフの間での共通認識を構築することに使われているという。
ハリウッドでは「ストーリーバイブル」などと呼ばれるものだが、ストーリーの再構築も、キャラクターの表現もそこから生まれている。
VFXを多国籍で作ることや、演技のボリュメトリックキャプチャのような手法の採用も、ストーリーバイブルを大切にするところから生まれた「結果」に過ぎない。
実写「ワンピース」から学んだ「アニメの実写化」プロセス
制作の過程では、他国で作られているネットフリックスオリジナル作品との関係もあった。
実は、『ワンピース』と『幽☆遊☆白書』は作られ方が違う。『ワンピース』はアメリカのチームが中心となり、『幽☆遊☆白書』は日本のチームが中心となっている。
もっとも、制作チームは同じネットフリックス内にあり「意外なほど関係が近い」と坂本氏はいう。
「ネットフリックスでは知見や人材をグローバルに共有します。他国のチームから『あの作品ではこんな技術をあのスタッフにお願いした』といった助言を受けることもあります。
逆もまた然りで、他国から日本チームに連絡が来ることも多々あります。その一つが『ワンピース』でした」(坂本氏)
ワンピースでは、シナリオ作りやキャラクターの表現などで、原作者である尾田栄一郎氏とアメリカのチームが深く話し合い、「ワンピらしさ」があふれる実写作品へと再構築された。
今回の取材中にネットフリックス本社を訪れると、たまたま入り口の巨大ディスプレイが「ワンピース」仕様だった。
撮影:西田宗千佳
その難しさをネットフリックス側も理解することで、「多くのファンがいる作品をどう別のメディアに置き換えるか」という作業を慎重に実行している。
『幽☆遊☆白書』も同じプロセスを踏んだ。
「アニメと実写は同じものではありません。物語の展開も原作通りではありません。
しかし、これだけのファンがいる原作では、改変する上でも、原作者の意図、キャラクターの行動原理などがずれてしまってはいけない」(坂本氏)
だからこそ、まずは「ストーリーバイブル」作りに時間をかけ、戸愚呂兄弟の表現開発にも時間をかけることになったのだ。
それが成功したかは、12月14日に公開された作品を、ファンが楽しんでくれるかどうかにかかっている。
「実績の積み重ねですよね。その先で、日本の実写(ドラマ・映画)業界が伸びていくことになればと思います」(坂本氏)