ハーバード・ビジネススクールのレベッカ・ヘンダーソン教授。企業変革を主な研究領域としている。
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20年来の「難題」
レベッカ・ヘンダーソン教授は、MITスローンスクールとハーバード・ビジネススクールで計20年間教鞭をとってきたが、この間の研究で、常に行き着く同じ結果に頭を悩ませてきた。
その研究結果とは、「最も生産性の高い上位10%の企業(以下「高生産性企業」と呼ぶ)は、それ以下の企業と比べ著しいスピードで生産性を向上させている」というもの。しかもこのことは、OECD加盟国のあらゆる産業に当てはまるというのだ。
経済学で言うところの「生産性」とは、投入量(労働や原材料などのインプット)に対する産出量(製品やサービスなどのアウトプット)の比率、もしくは従業員1人あたりが上げる利益のことを指す。
高生産性企業とそれ以外の企業の生産性に開きが出始めたのは、2008年のリーマンショック頃のことだ。この出来事を境に、高生産性企業は飛躍的に生産性を高める一方、それ以外の企業の生産性は下降傾向をたどり始めた。いまやその差は、実に2倍近くにもなる。
最終的にヘンダーソン教授がたどり着いた結論は、驚くほどシンプルだ。
高生産性企業は、「パーパス」を戦略の中心に位置付け、長期的な価値に最大の投資を行っている。それが組織のさまざまな面で新しい価値を生み出し、結果的に生産性のさらなる向上を実現しているのだ。
ただしパーパスには2種類あり、生産性の向上に結びつくのはそのうちの片方だけだとヘンダーソン教授は話す。
生産性を高めるのはどんなパーパス?
生産性の伸びは企業間で大きな違いが。長きにわたって研究を続けてきたヘンダーソン教授も、当初は結果に戸惑ったという。
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「この20年間、(企業間で生産性の格差が広がっているという)研究結果が何かの間違いではないかと、もがいてきました」。企業のCEOを中心とした社会価値推進ネットワークCECP(Chief Executives for Corporate Purpose)が毎年開催する「ストラテジック・インベスター・イニシアチブ」で、会場に集ったCEOや投資家らを前にヘンダーソン教授はこう話した。「私たちも当初はこの結果を信じられませんでした。きっと測定誤差に違いない、と」
しかし研究を続けても、行き着く結果はいつも同じだった。最終的にヘンダーソン教授は、国や産業を問わず、ある種のパーパスを戦略に組み込んだ企業ほど生産性が高くなる、と結論づけた。新著『Reimagining Capitalism in a World on Fire (世界の危機に資本主義を再考する)』(未訳)も出版される予定だ。
「高生産性企業は何が違うのか。これらの企業は、常に改善を重ね、従業員に敬意を持って誠実に向き合い、協力してチームを運営し、単に定量的な評価基準ではなく、真の意味での成果に基づいた評価を推進しています」
ヘンダーソン教授によれば、2種類のパーパスには重要な違いがあるという。かたや、従業員の間に仲間意識を育み、家族的な雰囲気を醸成するためにパーパスを用いている組織。だがこの場合、収益への影響は特に認められなかった。
一方で、従業員1人ひとりが「なぜ」この仕事に取り組むのかという意義を示し、組織のミッションと合致させるためにパーパスを用いている組織は、競合をしのぐ収益を上げていた。ヘンダーソン教授は、企業のパーパスに関するクローディン・ガーテンバーグ(Claudine Gartenberg)、アンドレア・プラット(Andrea Prat)、ジョージ・セラフィム(George Serafeim)の研究を引き合いに出しながらそう説明した。
パーパスによって仲間意識が醸成される効果を軽視するわけではないとしつつも、教授は「競合の先を行きたいと本当に思うのなら、パーパスを戦略に組み込むこと。データがそれを裏付けています」と説く。
環境や生活を無視すれば「高くつく」
利益至上主義の時代は終わった。いまやサステナビリティを考慮に入れない企業は相応の代償を受け始めている。
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ヘンダーソン教授によると、資本主義はいま転換点にあり、40年以上続いてきた利益至上主義はもはや持続可能ではないという。
これまで企業は、自然資本(環境など)と社会関係資本(従業員の生活など)は「ただ同然」で、無視してよいものとみなしてきた。しかしここ数年で、いかに鈍感な経営者といえども、環境危機や、格差社会で勢いづくポピュリズムの波とまったく無関係ではいられないと気付き始めた。いま自然資本と社会関係資本の扱いを誤れば、いずれも「高くつく」ことを経営者たちは知っているとヘンダーソン教授は話す。
企業がもし利益最優先の考えを捨てず、環境や人々の生活を軽視する姿勢を続ければ、世の中は経済的、社会的に著しく不安定化するだろう。ヘンダーソン教授も含め、そう訴える声は年々強くなっている。
ヘンダーソン教授は言う。「真の意味での組織変革とは、極めて難しいものです。しかしこの先20年間で経済界全体が取り組み、社会を変えていかなければなりません」。その際、パーパスを適切に実装することができれば、「変革の一助となるはずです」。
※この記事は2020年4月15日初出です。