独身の日セールで注文された商品を梱包する倉庫の従業員。今年のセールは節約志向を追い風にGMVが伸びると見られている。
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「独身の日(ダブルイレブン)セールはアマゾンのブラックフライデーや楽天スーパーセールのように定番のセールになっていくのではないか」
同セールを2009年に始めたアリババグループの関係者が筆者にそう告げたのは2年前だった。毎年11月に行われる中国最大のECセール「独身の日」は、世界最大の規模を誇り、2010年代半ば以降は「セール」の位置づけを超え、中国の経済成長の象徴であり、消費のお祭りであり、世界で報道されるニュースになっていた。
だが2年前の時点で、アリババの関係者は「祭典色が薄れ、海外で取り上げるようなニュースでもなくなっていく」と話していたのだ。実際、今年は日本でも同セール関連の情報が激減している。
ただ、さまざまな理由でセールのニュース価値が薄れても、今年の独身の日セールは消費者の節約志向を追い風に、過去最高のGMV(流通総額)になるとの予想もある。セールの長期的な「変化」と今年の傾向を掘り下げてみたい。
「祭典」から「定番セール」へ
独身の日セールでライブコマースを行う出店者。
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独身の日セールの「ニュース価値」は、11月12日に日付が変わった瞬間にアリババが発表するGMVだった。毎年倍々ゲームで増えていき、「ヤマダ電機の1年分の売上高を〇時間で超える」「(セールのピークである)11日午前11時に、前年のGMVを超えた」など、分かりやすい言葉に置き換えられ、中国の消費の勢いが説明されてきた。
勢いの裏にはからくりもあった。11月11日の1日限りだったセールは、ずいぶん前から期間が延び、実質的には10月下旬から始まっている。京東商城(JD.com)、拼多多(Pingduoduo)など他のEC大手や家電量販店もそれぞれ独身の日セールを行っており、アリババのGMVだけが独身の日のGMVというわけでもない。海外で速報されるアリババのセールのGMVは、シンボル的な数字になっており、数字をつくる側もプレッシャーにさらされていた。
独身の日のGMVは2010年から10年で530倍になった。
アリババグループのプレスリリースより
独身の日セールへの参戦プラットフォーム・企業が増えると競争が激しくなり、「結局どこで買えば一番お得なのか」も分かりにくくなった。安さを求めるなら「iPhoneならクーポンを組み合わせれば拼多多が最安値」「でも上位機種だと京東が安い」と研究が必要で、攻略ゲームのようになっていた。
こうした手法に転機が訪れたのは2021年。アリババはそれまで午前0時だったセール開始時間を午後8時に変更し、11月11日の1日限りだった決済・発送日も前倒し・分散した。各プラットフォームのキャンペーンが複雑化し、消費者にとって分かりにくくなった反省に基づき大幅に改善したわけだが、習近平政権が格差を是正する「共同富裕」を掲げ、データと富を独占するメガテック企業を敵視していたことも、アリババの“自主的な改革”と無関係ではなかった。
アリババは毎年、11月11日から12日への日付の変わり目にカウントダウンイベントを行い、熱狂を演出していたが、2021年にはそれも取りやめた。そして2022年にはGMVの発表も中止した。祭典との決別である。
京東などライバル企業は変わらずGMVを発表しているが、海外で注目されるのは、セールの創造主であるアリババの数字だけなので、同社が数字を出さなくなることでセールのニュースとしての価値は大きく下がった。
企業分割で情報発信一元化できず
ニュースのコアだったGMVが発表されなくなり、2022年は日本メディアも困惑した。それでも、独身の日セールには日本企業が多く参加しており、中国向けの越境ECのGMVでは日本ブランドが2016年以降首位をキープしているため、セールでどんな日本の商品が売れているかを分析する価値はあるのだが、2つの理由から今年はそれも難しいかもしれない。
1つ目は、アリババが今年春に企業分割を行い、組織内の役割分担がいまだ流動的であることだ。独身の日はグループの「総力戦」でもあり、ECを担う「淘天集団」を中心に、物流企業の「菜鳥網絡」が配送を、フィンテックの「アリペイ」が決済をさばいてきた。最近ではバーチャル店員、バーチャルインフルエンサー、リアルタイム翻訳など、最新のAI技術を試す場にもなっていた。
海外メディアに対してはアリババの広報担当者が情報を集約し、技術や消費のトレンドを伝えていたが、分社化された今年は、全体を取りまとめる広報が不在で、各事業グループがそれぞれで対応することになっている。筆者も日本企業の出店が多いTmall(天猫)の責任者などと連絡を取っているが、セールのオペレーションにかかりきりで、「外部に出せる数字がまだまとめられていない」と言われた。
日本にもたらされる情報が少ないもう1つの理由は、「処理水放出」という逆風が吹いていることだ。東京電力福島第一原子力発電所が8月に処理水の海洋放出を始め、中国で激しい日本叩きが起きたのは記憶に新しい。日本バッシングは短期間で収束したものの、日本製品を積極的に売りにくい状況は今も続いており、中国越境ECの関係者は「今年の独身の日セールでは、日本製品のプロモーションは控える」と9月ごろから話していた。
アリババは昨年、独身の日セールのGMVの発表を取りやめた。
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実際、これまで発表された数字からも日本ブランドの苦戦が明らかになっている。アリババの独身の日セールの購入予約が始まった10月24日の「化粧品ブランドGMVランキング20」では、上位の常連だった資生堂、SK-Ⅱが圏外となり、日本ブランドが姿を消した。Tmallによると化粧品カテゴリーではセール開始10分で12のブランドがGMV1億元(約20億円)を達成した一方、初日の4時間で1億元を超えた日本ブランドは資生堂のみにとどまり、同ブランドのGMV(1億3000万元〔約26億円〕)は前年同期比74.1%減少した。日本ブランドに絞ったGMVトップ10を見ても、SK-IIが同85.8%減、クレ・ド・ポーとコスメデコルテも50%以上数字を落としている。
肌に直接つける化粧品は、処理水放出前から中国での売り上げが減少していたが、その影響が続いていることが分かる。消費者が敬遠するだけでなく、消費者に強い影響力を持つインフルエンサーがプロモーションを控えているため、日本ブランドの存在感が低下しているようだ。
セールを主催する企業の体制の混乱と、日本製品に対するプロモーションの手控えという2つの理由で、売れ筋がリアルタイムで入手しにくくなっている。
シンプルなセールに回帰
では中国市場における今年のセールのトレンドは何なのか。それは「シンプルな安さ」だ。
セールなんだから安いのは当たり前ではないかと言われそうだが、前述の通り、独身の日セールはどちらかというと「祭典」だった。盛り上げるために高級車や不動産が目玉商品として売り出されたこともあるが、いくら格安と言えどこんなものは買える人にしか買えない。
それが今年はアリババを筆頭に主要プラットフォームが「どこよりも安く」を前面に出し、クーポンを複数組み合わせて安くなるというようなゲーム性も薄めて、シンプルなセールになっている。
中国経済が減速し、過去にない失業率の高さが取りざたされる外部環境が、セールの本質的な価値への回帰を促したとも言えるし、動画配信プラットフォームのビリビリ動画や「インスタグラム中国版」の小紅書(RED)など異業種も参戦するようになり、分かりやすさがいっそう大事になった面もある。
ニュース価値が低下した独身の日セールではあるが、節約志向を追い風に、各プラットフォームのGMVは前年を上回るとの予想もある。ネット人口の少ない時代にECを周知させるために始まった独身の日セールが、ただの(と言っても規模はとんでもなく大きいが)セールになりつつあることも、中国の経済成熟の一側面なのかもしれない。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。