1月27日に行われた「私費留学生等の入国の緩和を求めるオンライン署名簿提出に向けた記者会見」の資料をキャプチャ
日本政府が新型コロナウイルス感染防止のための水際対策として外国人の新規入国禁止を続けていることに、国内外のさまざまな方面から緩和を求める声が強まっている。
2021年10月の時点で、在留資格の事前認定を受けながらも来日できていない外国人は約37万人。中でもその影響が懸念されるのが、日本への留学を望み、長期的に海外で足止めになっている約15万人の学生たちへの対応だ。
初めて入国制限を導入した2020年3月以来約2年間、断続的な入国制限により、日本は事実上の鎖国状態が続いている。2020年10月と2021年11月には、留学生やビジネス関係者を対象に一時的に入国が緩和されたこともあるが、全体の9割以上を占める私費留学生の入国が事実上不可能な状態が(上記2度の短期間の例外を除いて)、ほぼ2年続いている。
2021年11月5日、文部科学省は外国人留学生らの入国制限の大幅緩和を発表し、学生たちからは安堵の声が上がった。しかし喜んだのも束の間、オミクロン株の感染拡大を理由に、政府は11月30日から再び全世界を対象に外国人の新規入国停止に切り替え、現時点では最短でも2月末まで続くとされている。
広がる抗議行動「Stop Japan’s Ban」
日本入国を望んでいる世界中の外国人たちは最近、Twitterを通じて「ストップ・ジャパンズ・バン(Stop Japan’s Ban=日本の入国規制を止めろ、@stop_japans_ban)」という団体を組織し、1月18日に世界同時の抗議運動を開始した。自国の日本大使館前で日本に入国許可を求める彼らの姿は、さまざまなメディアにも取り上げられている。
ネット上では、#japantravelban 、#japanentryban、#educationisnottourism などのハッシュタグで、多くの入国希望者たちが自分の体験について発言している。
参加しているのは留学生だけではなく、日本研究者たち、家族や恋人と離れ離れに生活することを強いられている人々、仕事で日本に赴任予定だった人なども含まれる。留学予定が狂ったために実家に戻ったり奨学金を打ち切られたりした人や、日本への在留資格を得たものの渡航できず、今日までずっとオンラインで時差に耐えながら授業を受けている学生たちもいる。
彼らの多くは「我々は、感染防止に関して日本政府が決めたルールに従うので、入国させてほしい」「検査も受ける。ワクチンやブースターの接種もする(あるいは既に済ませている)」「今後の見通し、方針を明確に教えてほしい」など、極めて合理的な主張をしている。
一方で、こうした訴えや主張に対してTwitter上では、幼稚で排外的な日本人のコメントも多数目に付く。このようなコメントを見たら、今後日本は留学先として選ばれなくなってしまうのではないかと心配になる。
「ガイジン嫌いがこんなにひどいと知っていたら…」
東京五輪では多くのスポーツ選手や関係者の入国が許可されたのに、なぜ留学生や研究者は後回しにされるのか。
REUTERS/Kim Hong-Ji
実際、日本で学びたい、研究したいと願う人々からは日本に対する失望の声が出始めている。
2021年12月17日、アルジャジーラの1本の記事がSNSなどで話題になった。タイトルの「日本に裏切られた」という強烈な言葉は、日本研究者たちから実際に出たものだ。
- ‘Betrayed’: Japanophiles sour on muse as COVID isolation bites
- 日本の厳しすぎる入国制限に外国紙からも批判の声…来日希望者は「裏切られた気持ち」
記事は、2021年上半期に日本に入国した外国人学生はわずか7078人で、2019年の同時期から90%減となっていることと、その影響を指摘するとともに、来日を諦めざるを得なかった研究者たちの失望の声を紹介している。
「日本に興味を持ち、日本の研究に打ち込むように背中を押され、生涯をその研究に捧げようと決意しました。でも、私が最も弱い立場に立たされたところで、日本は私を裏切ったのです」(日本の宗教を専門とする人類学者ケイトリン・ウゴレッツ)
「日本政府にこう訴えたいです。『私は観光客ではありません。私は科学者で、きちんとマスクをつけ、隔離措置に従い、感染予防のルールを守り、すでにワクチンを3回接種しています。私はただ、科学に、日本の人々や世界に貢献したいだけなのです』と」(日本行きを諦めた科学者マイケル・カントリー)
このような失望の声は最近、さまざまな記事やネットでの発言で目にするようになった。
兵役のため韓国に一時帰国している韓国人学生は、2021年3月に日本に戻る予定だったのが、未だに自国で待機中という。彼は兵役前の2年間、日本でいい経験をし、日本が大好きだったという。日本で働きたいとも考えていた(今もその夢は完全に捨ててはいない)。
「しかし、コロナ禍以降全てが変わりました。外から見た日本は、コロナ予防のため『外国人と食事するな』と役所が平然と広報する、非科学的で不公平、恣意的で差別的な入国政策を行っている、それを大多数の国民が支持する排他的な国家に見えるようになったのです」
「日本人学生は海外に送り出しながらも外国人留学生の入国は頑なに断る、日本人の帰国や日本に既に滞在している外国人の再入国は許しながらも、なぜか外国人の『新規入国』だけ厳しく制限するといった非科学で恣意的、差別的な政策にも関わらず多くの日本人はそれを支持しているのです。それに応じているかのように、特に欧米を中心に留学先を日本から韓国に変更する留学生も多く見られています」
それでもこの彼は、日本の大学に在籍し、日本での家賃を払い続け、学費を払いながらオンラインのみの授業に参加しているという。理由は、かつて味わった日本でのいい思い出、出会った素晴らしい人々のことが忘れられないからだという。
2021年5月26日に東京の日本外国特派員協会でオンライン記者会見を開いた2人のイタリア人の言葉も、上記の韓国人の言葉と重なる。
日本の仏教が研究テーマのフィリポ・ペドリッチさん(中京大学と早稲田大学に受け入れが決まっていた)と、大学院で日本語と日本文学を専攻しているジュリア・ルッツオさん(奨学金で埼玉大学の院に留学する予定だったが、待機している間に奨学金が失効)は、
「留学生には厳しい入国制限を課しているのに、なぜ東京オリンピック・パラリンピック選手と関係者は入国できるのか」
「言われたことは何でも守る。ガイジンだからと入国を拒否する国は先進国ではありえない」
と指摘していた。
中でも、私が特にグサッときたルッツオさんの言葉はこれだ。
「ゼノフォビア(ガイジン嫌い)がこんなにひどいと知っていたら、日本を人生の中核に置くようなことはなかったのに」
これらの研究者は大学生の頃から、あるいはそれよりもっと前から、日本の文化や言語に興味を持ち、長い時間をかけて勉強し、それを生涯のキャリアにしようと決めた人たちだ。彼らがもし研究対象として日本という国を選んでいなかったら、これほどまでに大きく人生のプランが狂うことはなかったかもしれない。日本人として一番こたえるのは、「こんな排他的な国だと知っていたら、日本を選ばなかった」という言葉だ。
留学先として選ばれなくなるリスク
留学生、研究者への不誠実な対応、締め出しは、アカデミアからも強く批判されている。
sakkarin sapu / Shutterstock.com
アメリカの教育者たち、日米交流団体の関係者たちはこうした状況に危機感を持ち、声を上げている。1月18日に岸田首相宛に提出された嘆願書には、日本・アジア研究を専門とする学者たちを中心に1000人以上が署名。嘆願書には、学生たちが留学先を欧州や韓国などに変更したり、専攻や語学の選択も変え始めたりしていること、長期的に学生を締め出す政策は、日本の国際社会の中での立場を傷つけ、国益にならない、さらに将来日本と世界をつなぐ存在になりうる人材を失うと警告している。
実はこうした嘆願書は2021年10月にも、ハーバードやプリンストンなどの大学の教授や学生656人が署名したものが日本政府には提出されている。こちらには、「日本は先進7カ国(G7)で唯一、外国人留学生にビザを出していない」という指摘とともに、「日本の教育機関の評判や国際社会との関係を傷つけている」「日本の大学の国際化進展を逆行させる」といった危機感が述べられている。
要望書にある「日本は学生の海外留学を再開したのに、自らは受け入れていない」 という点は重要で、各国はリスクを引き受けながら、日本からの留学生を含める外国人留学生を受け入れているが、日本は受け入れていないという点を指摘。特に交換留学は大学間に協定がある場合、「日本からは送り込むけれど、外国からは受け入れない」という論理は納得されない。この「タダ乗り」状態が続けば、将来の学校間、国同士の関係にもヒビが入るだろう。
日本の大学なども政府にさまざまな働きかけをしてきた。2021年9月には、日本私立大学連盟と国立大学協会がそれぞれ文部科学省に、私費留学生に対する入国制限緩和を求める要望を提出している。
この状況を見ていて、私は大きく2つの懸念を感じている。
1つ目は合理的な説明もなく、先のプランを一切提示されない状態で、長期間放置されている学生や研究者たちへの直接的な影響。同時に、受け入れ予定の日本の教育機関側の負担も限界に近づいているであろうこと。
2つ目は、このような「排外的」「人種差別主義的」「鎖国精神」ととられかねない方針を長く続けることで、日本のソフトパワーや信頼が傷つき、留学先としての日本の魅力が損なわれ、そのダメージが長期的なものになるリスクだ。
「外国人だけ」は感染防止に名を借りた差別
トランプ元大統領が感染拡大初期、留学生の国外退去を求める差別的な規則を打ち出した際は、学生や教員、大学などから次々に批判の声が上がった。
REUTERS/Leah Millis
日本の中にある「日本は国民の努力もあり、欧米に比べて感染率、死亡者数を抑えてきた。水際を厳しくするのは当たり前。緩めればウィルスは入ってくる」「最近の米軍基地問題を見ても、外国人はルールを守らない」という意見を見聞きすると、気持ちは分からなくはない。
ただ、海外在住の日本人や在留資格保持者の出入国は認められている。科学的には、ウイルスは人種も国籍も選ばない。「日本人か・日本人でないか」という属性だけで入国の線を引き、「ガイジンさえ締め出しておけば安心」とするのは科学的根拠の乏しい、「安心」の名の下に正当化された差別でしかない。ある国からやってくる外国人と、その同じ国から日本に帰国する日本人なら、その2人が持つリスクは等価であろう。
きちんと検査し、隔離を徹底すれば、どこの国の人が入国しても問題ないはずだ。検査・隔離体制を整備する代わりに、単に外国籍者をまとめて門前払いにすることで問題を解決し、国民を安心させようというのは、問題をすり替えているように思える。
2020年、パンデミックが始まったばかりの頃は、どの国も国境を閉ざした。アメリカでもトランプ政権が、「授業をオンラインのみで行っている大学の留学生にはビザを発給せず、転校か国外退去を求める」いう新規則を打ち出したが、複数の大学、州政府、企業などが猛烈に反対、連邦裁判所に提訴を起こし、同年7月に撤回された。
2021年以降、欧米を中心に「必要不可欠な渡航」の定義を見直して、駐在員、研究者や留学生などにビザを発給し、多くの国が徐々に入国を受け入れるようになっている。当然、国が定めた条件に従うことが前提で、到着後に一定期間の隔離を義務付けられたり、検査を頻繁に受けさせられたりする場合もある。アメリカの大学では、いつでもPCR検査が受けられる体制を整えているところも珍しくない。厳しい入国制限措置をとってきたオーストラリア、ニュージーランド、韓国、台湾なども、留学生や研究者は徐々に受け入れている。
現在、先進7カ国(G7)の中で留学生の受け入れを再開していないのは日本だけだ。
見通しをはぐらかし続ける政府
岸田首相は「慎重な検討」という言葉を繰り返している。
Yoshikazu Tsuno/Pool via REUTERS
再開していないことも問題だが、それ以上に問題だと私が思うのは、政府が曖昧な態度を取り続けているために不安と混乱を招いていることだ。官邸、外務省、文部科学省などは留学生の入国停止は「当面の間」の措置としつつもダラダラと継続してきた。そして、入国再開については聞かれるたびに「前向きに検討する」と言ってきた。何ら期限を示さない漠然とした「検討」は意味のある情報ではない。
典型的なのが、2021年12月21日、官邸での記者会見における西村かりん記者(ラジオフランス及びリベラシオン新聞)と首相のやりとりだ。外国人留学生の入国制限によって、留学を諦めた人の存在を示し、ワクチンパスポートや1カ月の隔離など厳しい措置をとっても入国を認めるつもりはないかという質問に対し、岸田首相は、
岸田総理「えーと、外国の方の入国についてはもちろん、いろんな対応が考えられると思いますが、それは、オミクロン株というこの未知のリスクの実態。少なくとも今までの私たちの経験の中で、どのぐらいのリスクがあるのか、まぁ、これが確認できた上で、考えていかなければならないと思います。現状はまだ、まだまだ、科学的に確認できていない状況でありますので、この段階においては慎重の上にも、慎重でなければならない。ということで、G7の中でも最も厳しい水際対策を用意させていただいてる。
今後、このオミクロン株の実態が明らかになってくる。あるいは世界の感染状況が明らかになってくる。こういったことが確認されれば、科学的な見地から専門家の意見も聞きながら、具体的な対応ということを考えることの可能性はあるとは思いますが、今まだ、今の現状においては慎重の上にも慎重に最悪の事態を想定して、対応を考えていかなければならないと思っています。こういった対応をとりながら、情報収集、そして、国内対策、しっかり用意していきたいと思っています。現状はそういう方針を続けたいと考えています」
元の質問のコアである「隔離や検査の条件を厳しくしても、入国を許可するのは不可能なのか」という問いには、直接的に答えていない。
日本への渡航を待っている学生たちがしばしば強調しているのも、政府からの具体性ある情報の乏しさへの不満と不信感だ。丸2年間日本に入国できず、結局全ての授業をオンラインで終えたというブラジル人の学生は、インタビューでこう述べている。
「多くの学生が日本政府に求めているのは、留学生受け入れに向けての明確なプランを決めてくれということ。そしてその決定について、私たちに伝えてほしいということです。最悪なのは、情報もなしにただほったらかしにされ、宙ぶらりんの状態で生きているということです」
「コロナ禍の日本留学の扉を開く会」も、次の4点を求めている。
- 早急な受け入れロードマップの提示
- 留学生の入国制限の早期再開と、円滑な受け入れのための審査簡素化
- 「段階的受け入れ」の撤廃
- 留学生の恒常的受け入れ(外国人差別、私費/国費の区別撤廃)
あまりに非現実的な手続き
2020年に文科省が提示した留学生受け入れの手続きは、複雑である上に感染症対策としての効果が分かりにくいものだった。
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日本政府は2020年10月に一時的に留学生の入国制限を緩和したことがある。だがこの時には厳しい条件付きということで、二次審査が追加され、申請手続きが以前よりも複雑になった。
2021年11月の一時緩和の際の条件も同様だった。文科省が各大学に示した手順によると、大学などの「受入責任者」には留学生の「行動管理」が求められる。大学側が留学生の入国後の待機場所を記した書類や、大学と留学生による「誓約書」などを文科省に出し、その審査にパスする必要がある。
現在はこの厳しい入国措置すら停止されている訳だが、入国が再開されても手続きがあまりにも煩雑で膨大な書類を必要とするため、大学側の負担が大きすぎると改善を求める声が上がっている。
「コロナ禍の日本留学の扉を開く会」は審査簡素化を求める理由として、「入国には、留学生本人と受け入れ機関それぞれの誓約書提出および、隔離等の検疫措置で十分である。一人一人の計画書(入国前の情報は仮情報となり、形式的)や事前の審査済み証明書の発行は、膨大な時間と労力を費やす一方で検疫上の効果とは無関係であり、円滑な受け入れを阻害するのみである」としている。
日本私立大学連盟が2021年12月16日に、「留学生の入国に関する要望」を文科省に提出した際も、申請手続きの改善を求めている。
2021年11月に、ビジネス目的の渡航者を対象に一定の条件付きで隔離期間を3日に短縮する方針が発表されたが、その時もとても現実的には運用できないので誰も使えないというものだった。これは、ルールを作っている側が、現場の運用を把握しない状態で作っているという、基本的なコミュニケーションの欠落から起きるミスマッチではないかと思う。
どこまで本気の「30万人計画」だったのか
日本政府や大学が繰り返す「グローバル化」という表現に実態が伴っているとは言い難い。これまでも大学側の留学生へのケアが不足していることは指摘されてきた。
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日本政府も企業も大学も「グローバル」という言葉が好きだ。「大学のグローバル化」のため、日本政府は「グローバル30プロジェクト」や「スーパーグローバル大学創成支援事業」などといった政策を推進してきた。2008年には政府は「留学生30万人計画」まで打ち上げた。
この計画を機に2008年以降、留学生を受け入れる専門学校や大学・大学院などが増え、新たな日本語教育機関も設立された。2019年5月1日時点で、日本の大学や日本語学校などに在籍する外国人留学生は31万2214人となり、2020年までに30万人という目標は、数値上達成された。
官邸の資料によれば、「海外の優秀な人材の受入れを拡大することで、世界の活力を我が国の成長のエネルギー としていく」ということらしいが、「30万人計画」に関する文科省や官邸の資料を一通り読んでみると、政府は究極的には何を実現したくてこの計画を策定したのだろうという疑問を感じた。将来日本で働いてもらう労働力として多くの留学生を受け入れようとしているのか、それとも自国の高等教育を向上させ、世界的に競争力あるものにするために受け入れようとしているのか、よく分からないのだ。
ほとんどの新規留学生が入国できない状態が続く今、「グローバル化」「留学生30万人」と言っていた関係者は、どの程度危機感を持っているのだろう。それは「グローバル化」をどの程度本気で捉えてきたのかという問いでもある。
パンデミックの間、自国民を守るため国境を遮断した国は少なくない。だが、どのタイミングでどの部分から開いていくかという面では、各国の優先順位や、「コミュニティの安全」と「個人の人権」のバランスへの価値観の違いが表れる。
留学生や研究者受け入れをどの程度重要視しているかによって、政策の方針も違ってくる。そういう意味で言うと、日本政府にとって留学生とは、この状況下でわざわざ来てもらわなくてもいい存在、むしろ今来られると面倒な人たちという位置づけなのではないだろうか。少なくともずっと入国を拒まれている留学生たちは、日本政府に言外にそう言われていると感じているだろう。
現在の鎖国政策を支持する日本国民が圧倒的に多いことは、世界にも知られている。今回のパンデミックの間に日本人が繰り返し反射的に露わにしてきた「悪いものは外から侵入してくる」という感覚は、日本が島国である以上、永久に変わることのない感覚なのかもしれない。
しかしこの、危機になると即座に異分子を排除したがる性質、自分たちの安全のためなら国籍という属性に基づいて人を差別的に扱ってもさして罪悪感を持たない様子を見ていると、いくら30万人の留学生誘致に成功しようが、残念ながら、日本の社会や高等教育機関に真のグローバル化や多様性が定着するのはまだまだ先の話ではないかと感じてしまう。
山岸敬和・南山大学国際教養学部教授は「コロナ禍で試された日本の留学生誘致政策の本気度―アメリカの現状との比較から―」と題したレポートで、日米の大学の財政的構造の相違、留学がもたらす経済や人的資源上のインパクトなどを比較し、それがどう受け入れ方針の違いに反映されているかを分かりやすく説明している。
アメリカでも2020〜2021年には留学生の数は大きく減少し、新規の留学生に限定すれば45%減となったが、2021〜2022年にはビザ発給が再開され、再び留学生数が伸びつつあるという。背景には、留学生数の減少を受けて危機感を持った大学や国際教育に関係する団体の働きかけがあったという。日本でも2021年12月になって私立大学連盟が要望書を文部科学省に提出したことは既に述べたが、アメリカと比べると動きが遅く、運動の規模も小さいと山岸教授は指摘している。
このレポートに引用されているアントニー・ブリンケン国務長官の言葉が印象的だった。
「アメリカが世界の留学生にとって最高の行き先であることは国益なのである」
彼が言う通り、アメリカは世界で一番、しかもずば抜けて多い数の留学生を受け入れ続けている国だ。2020年のStatista のデータを見ても、アメリカが受け入れている留学生の数は100万人以上となっており、2位のイギリス(約55万人)以下を大きく引き離している。
留学生に「この国で勉強したい」と望まれることは国益そのものなのだ。そして、アメリカは政府も大学もそのソフトパワーの重要さを認識している。
ノーベル賞ひとつとっても、受賞者のうち移⺠が占める割合の高さはアメリカの特徴だ。ジョージ・メイソン大学の調査によれば、1901年から2021年までにノーベル賞受賞時にアメリカを拠点にしていた研究者のうち、34%にあたる148人が外国生まれの移⺠一世(または米国籍はとっていないが、受賞時にアメリカの研究機関に在籍した外国出身者)だという。これは、世界中から絶えず才能を惹きつけ、優れた人物であれば外国人でもフェアにチャンスを与え、取り込んでいくアメリカの教育・研究機関のオープンさがあってこそだろう。
2021年ノーベル物理学賞を受賞した眞鍋淑郎氏のように、日本にルーツがあり、海外で活躍している人々はしばしば、日本社会の閉鎖的な側面に言及している。
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今日の世界における日本のステイタスは、誰もが日本語を勉強したがり、欧米の大学でも日本研究が大流行りだった時代とはまったく違う。先述の「アルジャジーラ」の記事の中で、早稲田大学のローランド・ケルツ教授は、「日本は国境封鎖によって国際的な魅力を失うリスクにさらされている」と指摘していた。
「新型コロナ、記憶に残らないオリンピック、そして画期的な日本の新ブランドが欠如した現状は、日本人気の低迷を暗示しています。悲しいかな、その状況は学術研究や文化、翻訳出版ビジネスにも波及しています。学生や研究者に対する厳しい規制が、外国人を韓国、シンガポール、ニュージーランド、オーストラリアなど、他の国へと向かわせているのです」
今Twitter上で#japantravelbanでサーチすると、日本が嫌いになってしまったという留学待機者のコメントも多く見受けられる。コロナ以前から、留学先としての日本の大学の魅力・競争力は薄れてきていたが、この鎖国政策によってそれが一層悪化する可能性がある。
「安心安全」と引き換えにしているもの
「安心安全」と「経済を回す」は二項対立ではない。
Sean Pavone / Shutterstock.com
日本の世論調査では鎖国政策が強く支持されているようだが、そこには代償も大きい。2021年の訪日客数は、統計を取り始めた1964年以来最低の24万人、前年比で99%減というデータも最近報じられていた。「安心安全」は確かに大事だ。でも、その一方で失われているものについては、不思議なほど議論がなされていない。コロナ前の日本では、「観光立国」「東京を国際金融都市に」などという言葉が飛び交っていたのに、だ。
新年の経済団体の新年祝賀会での、サントリー・ホールディングスの新浪剛史社長の言葉に、私は共感した。
「日本にいると、経済よりも安全安心を行き過ぎるような感じもある。もともとはびこっているコンサバ(保守的)で、何となく何事もやらない方がいいという発想がある国にコロナが来て、なおさら、それが悪い方向へ行っているなと」
今、経済的懸念を口にすると、「人命と経済とどっちが大事なんですか」と言う人たちもいるが、答えは「どちらも大事」ではないかと思う。人命が何よりも大事だから他のことは今心配しなくていいというのも、一種の思考停止だ。鎖国がもたらす経済的損失、また数値で測りにくいさまざまな長期的インパクトについては、もっと突っ込んだ議論がなされて良いと思う。その中に、傷ついたソフトパワーの問題も含まれるベきだろう。
今はやりの中国語や韓国語ではなく日本語を選び、努力して学び、日本で学んだり働いたりすることを夢とし、人生設計の中に組み込んでくれている外国人の若者たちは、日本にとって財産だ。彼らはずっとは待ってくれない。
渡邊裕子:ニューヨーク在住。ハーバード大学ケネディ・スクール大学院修了。ニューヨークのジャパン・ソサエティーで各種シンポジウム、人物交流などを企画運営。地政学リスク分析の米コンサルティング会社ユーラシア・グループで日本担当ディレクターを務める。2017年7月退社、11月までアドバイザー。約1年間の自主休業(サバティカル)を経て、2019年、中東北アフリカ諸国の政治情勢がビジネスに与える影響の分析を専門とするコンサルティング会社、HSWジャパンを設立。複数の企業の日本戦略アドバイザー、執筆活動も行う。Twitterは YukoWatanabe @ywny