「プーチンの併合は失敗する」とウクライナ部隊 東部前線ルポ

オーラ・ゲリン、BBCニュース、ウクライナ・バフムート

A burial takes place at a cemetery
画像説明, 東部バフムート市の墓地での葬儀。この棺が地中に降ろされた直後、近くの丘が砲撃された

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が、広範囲のウクライナ領併合を発表し、核兵器の使用について脅し、何十万人もの予備役を動員した。しかし、東部戦線のウクライナ軍には何の変化も見られない――国土の最後の1インチまで守り抜く覚悟だ(文中一部敬称略)。

私たち取材班は、東部ドネツク州バフムート市の前線基地を訪れた。同州は、プーチン大統領が自国の領土だと不法に主張している4つの州の1つだ。私たちは段階を経て、移動を続けた。

バフムトフカ川を渡るために速度を落とし、開けた土地は速度を上げて通過。垂れ下がった電線の危険なカーテンを縫うように進む。最後の数メートルは、自分たちの足で走る。この間、砲撃は絶えない。戦争にはつきものの音の一部だ。

しかし、最前線の部隊がいる場所に到着すると、戦闘で傷だらけの建物の中から、別の音が聞こえる。小銃の細かな銃声だ。双方は、互いにライフルで狙い撃ちできるほど接近しているのだ。

ロシア軍は前方約400メートルの地点にいる。何とかこちらへと前進しようとしている。後方にもロシア軍のスナイパーがいると、私たちは警告を受ける。

地下にいる部隊長は物静かで、ぶっきらぼうな人物だ。そばに茶トラの猫がいる。

Oleksandr, Unit Commander
画像説明, 部隊長のオレクサンドルは、プーチン大統領による併合は失敗すると言う

「今ここはかなり大変だ」とオレクサンドル(31)は言う。「ストレスがたまる。みんなプレッシャーにさらされている。敵はすぐそこだ。だが、こちらは立ち向かって反撃している」。

彼は、プーチン大統領が最近実施した住民投票について、「現実とかけはなれた妄想」だと断じる。そして、ウクライナ人はロシアに銃をつきつけられて、言いなりになったりしないと話す。

「私が見るところ、あの住民投票では何も変わらない。私たちはプーチンの軍隊と戦い、この国土から撤退させる」

オレクサンドルは戦争の代償を知っている。自らの戦闘経験からだけではない。

「兄弟が死んだ」と彼は言う。「だが、いつどこで死んだのかは知らない。別の州で、別の徴兵事務所によって徴兵されたからだ。私が一緒に訓練を受けた仲間や将校も、何人か死んだ。私は家族や友人を失ったわけだ」

それでもオレクサンドルは、戦闘意欲を失っていない。それはロマン(25)も同様だ。彼はこの戦争で鍵を握る兵器となっている、ドローンを操作している。

Roman, 25, holds aloft a drone
画像説明, ドローンを手にするロマン

ロマンは、爆撃された2階の部屋にいる。床にはがれきと割れたガラスが散らばり、2匹の猫が住み着いている。

ロマンは、開戦後に生まれた生後5カ月の息子キリロの写真を、携帯電話の待ち受け画面にしている。この一人息子に、彼は一度しか会えていない。

「写真やビデオは見ているが、実際に会ってはいない」と彼は言う。「つらいが、ロシアが私の家族にたどりついたらどうなるか、想像するのもつらい」。

「ブチャでしたようなまねを、してほしくない。私はキーウに住んでいたので、女性たちの気持ちがよくわかる。私たちが弱ければ、ロシアは私たちの家族を襲いにくる」

ここでは、ロシアによる動員を懸念する声もある。ロシアは今後数カ月で、さらに多くの兵士を戦場に送り込むはずだ。

新兵がどれだけの訓練を受け、どれだけの装備を持ってくるかは不明だ。だが、ウクライナ側が心配しているのは質ではなく量だ。

ウクライナはすでに数の上では劣勢だ。バフムートをめぐる戦いでは、無限に補充されるかのようなロシア兵と相対してきた。軍広報担当のイリナによると、8月には立て続けに5回、ロシア兵が押し寄せて来たという。

「彼らはひたすら前進してくる。まったく止まらない。発砲や砲撃にも反応しない。捕虜にした中には、ワグネル(ロシアの雇い兵組織)から送られた人もいた。彼らはいい武器を持っていた」とイリナは言う。

ここのウクライナ部隊は、ロシアがバフムートで勝利しようと躍起になっているとみている。ロシアは最近、北東部と南部で屈辱的な敗北を喫し、ウクライナが領土約6000平方キロメートルを奪還したからだ。

バフムートは現在、プーチン大統領の喉に刺さった小骨のような状態だ。プーチン氏はドネツク州とルハンスク州からなる、鉱物資源の豊富なドンバス地方をすべて飲み込もうと狙っているが、バフムートが障害となっているのだ。ドンバス地方の完全占拠に失敗すると、プーチン大統領は両州を併合した。

かつて約7万人が暮らしたバフムートをプーチン大統領は制圧しようとしている。その過程で、バフムートに住む人は激減した。

Lyudmila appears at the window of her apartment
画像説明, リュドミラは夫らと共に住み慣れた集合住宅に残っている。ただ、壁はひび割れ、水漏れも起きている

中心部には、3カ月前の空爆で中心部がえぐられた大きな集合住宅がある。窓の多くは板で覆われている。空き家のように見えるが、私の同僚は、建物の中で女性の叫び声がするのをを耳にした。

声をかけると、2階の窓を覆っていたビニールシートの向こうからリュドミラが現れる。ロケット砲の轟音(ごうおん)が深く響き続ける中、彼女の声は最初、聞き取りにくい。

「とてもつらい」と彼女は大声で言う。「爆撃されているので。昨日は裏で男性が1人(砲撃で)殺された。建物に残っている人はほとんどいない」。

「すべてが漏れ出している。至る所が水浸しだ。壁はすべてひび割れている。とても大変。でも、少なくとも人道援助は受けている。3日に1回、パンが運ばれてくる」

年金で生活する白髪のリュドミラは、夫や他の数人と一緒に、破壊された建物で暮らしている。「私たちはどこにも行きようがない」と彼女は言う。「お金がないし、私は車いすを使っているので」。近所の人が、この建物は5回砲撃を受けたと私たちに説明する。

7月1日のミサイル攻撃の際は、リュドミラは台所にいた。「突然飛んできた」と彼女は言う。「神様が助けてくれた」。

Lyudmila's apartment block
画像説明, リュドミラが暮らす集合住宅は、ロシアの砲撃を5回受けたという

果たして、バフムート市は救われるのか。

今のところ、前線は維持されている。ウクライナ軍はロシアの前進を阻んでいる。しかしここでは、死者さえも安全ではない。

緑豊かな郊外にある古い墓地は、飛来する砲弾の通り道にある。そこでは新しい墓に、黒っぽい土が盛られている。この街が戦場になってからの数カ月で死んだ人たちの墓だ。

数人の弔問者が見守る中、棺(ひつぎ)が地面に下ろされる。そのとき、静寂が砲撃によって破られる。最初の砲撃はこちら側から発射したものだが、まもなくすると、こちらに向かって発射された砲弾が、墓地の反対側の丘に着弾する。さらに2発目が、いっそう近い場所に落ちる。ここを去る時間だ。

バフムート市の端へと向かっている途中、私たちの100~200メートル先の道路で爆発がある。そこで急ぎ左折し、別の出口を目指す。

ウクライナでは、いまだ多くの戦闘が繰り広げられている。プーチン大統領は一段と攻勢を強めており、もうすぐ冬がやって来る。

欧州最新の戦争は、危険な新局面を迎えている。

紛争はいつまで続くと思うかとの質問に、ウクライナ軍の広報担当者はこう答えた。「もうずっと、長いこと続くはずだ」。

動画説明, ウクライナ東部の前線ルポ 近距離で交戦、取り残された住民も