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ドキュメンタリー監督・松江哲明の「こんなマンガで徹夜したい!」vol.05

『AV烈伝』がエグる、AVに生きる人たちのセキララな姿

AV_retsuden1.jpgドラマ化もされた『弁護士のくず』(小学館)
で有名な井浦秀夫だが、『AV烈伝』
(同/全6巻)も必読。

童貞の絶望と希望を描いた傑作ドキュメンタリー『童貞。をプロデュース』の監督・松江哲明。ディープなマンガ読みとしても知られる彼が、愛してやまないマンガたちを大いに語る──。

 AVと向き合うということは己の性を見つめる、ということ。

 仕事帰りの男性がエロDVD屋でジャケットを凝視し、想像力を駆使して「アタリかハズレか」を妄想し、帰宅後ティッシュ片手に「あっちゃぁ」と反省する程度の話ではない。初恋、片思い、憧れ、アイドル、近所のお姉さん、初体験、恋愛……そんな人生と性のあれこれと向き合い、自分のスケベを自覚する、そんな修行のようなものだと思うのだ。とはいえ僕ら男子はアホだからそんな難しいことを、日常的に意識してはないのだが、この『AV烈伝』を読むと「ヒトとは、セックスとは」と考えざるを得なくなる。のほほんとした絵柄に「あはは」と笑わされながら。

 僕と井浦秀夫作品との出会いは『職業AV監督』(秋田書店)。カンパニー松尾原作による、AV監督の半生をラフな絵柄で描き、過激なドキュメンタリー性を売りにしていたV&Rを、林由美香との淡い恋愛を、スカトロやSMでしか性と向き合えない異色男優たちを、誰もが共感するであろう青春物語として描き切る……ことなくたった5巻で終わってしまった。僕は由美香さんが「あの漫画、よかったのにね」と残念そうに語っていたのを今でも覚えている。しかし連載誌を変えて、井浦氏は強烈な個性を発揮する監督、女優、男優といったAV業界そのものを『AV烈伝』で描いた。僕にとっては待望の続編だった。そこに登場するのはAVファンでなくとも「あ、知ってる」であろう加藤鷹、チョコボール向井、高橋がなり、村西とおるといった面々に加え、代々木忠、インジャン古河、井口昇、平野勝之、高槻彰、バクシーシ山下という「知らないなぁ」という人でも作品を見させれば、「なんじゃこりゃ」と驚かされるに違いない監督たちも紹介されている。だが、AVの世界を描くのは並大抵の苦労ではない。性に対する幅があまりに広過ぎて、とても1人の作り手の視点でまとめるには不可能だ。AV鑑賞歴17年になる僕はそう、断言する。

 そんな世界を描くにあたって井浦氏が取った方法は、極めてシンプルだった。「当事者に会い、話を聞き、取材時間を含めて漫画にする」だけ。その人の幼年期から性の目覚め、初恋、初体験(関係者のほとんどが性に対して奥手だったりする)、そしてAVとの出会い、今抱えているであろう葛藤……そんなゴシップ系の週刊誌だったら、過剰な物語性を強調するような「衝撃の告白」を井浦氏は淡々とした絵柄で表現する。そして当事者でなければ分かり得ないような疑問に対しては、コマの隅に「マルで井」と囲ったはちまきをした著者が腕を組み、首を傾げ、悩む。まるで性にノーマルな読者の気持ちを代弁しているかのように。

 実はこのフツウさに勇気づけられる読者は多いのでは、と思う。性とは人それぞれ向き合うものが違って当然なのだが、きっと誰もが「こんなことに興味を持つのはヘンだろうな。変態かも」と怖れてもいるはず。はちまき姿の井浦氏はそんな「あたりまえ」の気持ちを知っているからこそ己の性癖を表現へと昇華させた人々に対し、尊敬と憧れと疑問を隠さずに描き切る。だから読者には「こんな人もいる、だからあなたも大丈夫」と伝わるのだ。その結果、この漫画にはフツウとヘンの境界線さえバカバカしいと思える、AVに生きる人たちのセキララさを表現することに成功した。

 『AV烈伝』、最後の登場人物は井浦秀夫氏だった。AV業界とは無縁の著者だが、AVと向き合った結果として己を描くのは不自然なことではない。最終回ではこれまですべてのキャラクターを再登場させ、AVに対する想いを総括すると共に、AVと出会う以前までは拭えなかった自作の漫画に対する違和感をさらけ出し、悪を自覚する善人たちと共に「自分を肯定した」と結論づけた。僕は『職業AV監督』と『AV烈伝』を読んで「好きなことだけをして生きたい」と思える勇気をもらった。AVという世間一般から見れば特異な世界を描きながらも、作品の持つ肯定力が金や名誉だけでない「モノ作り」の豊かさを教えてくれた。そして性と向き合うことの大切さも。

 最終の第6巻の表紙カバーを外すと井浦秀夫氏がビルの屋上でポケットに手を入れ、この漫画を手にしている僕らを見つめている。

 僕には「で、君は?」と読めた。
(文=松江哲明)

AV烈伝 6

向き合ってみる。

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●松江哲明(まつえ・てつあき)
1977年、東京都立川市出身。99年、在日コリアンである自身の家族の肖像を綴ったドキュメンタリー『あんにょんキムチ』を発表。同作は国内外の映画祭に参加し、山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波特別賞、平成12年度文化庁優秀映画賞などを受賞。また、07年に公開した『童貞。をプロデュース』が大きな話題を呼ぶ。新作『あんにょん由美香』が7月上旬よりポレポレ東中野でレイトショー。『ライブテープ』が近日公開予定。ブログhttp://d.hatena.ne.jp/matsue/

●連載ドキュメンタリー監督・松江哲明の「こんなマンガで徹夜したい!」
【Vol.04】AV女優さんが読んで感じてほしいセクシー漫画『ユビキタス大和』
【Vol.03】山本直樹が描く、セックスの「気持ち良さ」と「淋しさ」
【Vol.02】覚えてますか? 教室の隅で漫画を描いていた「大橋裕之くん」のことを
【Vol.01】この世でもっとも”熱い”マンガ、『宮本から君へ』を君は読んだか?

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最終更新:2009/06/23 18:00
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