英語版で完結まで先読みしたが微妙なニュアンスが分からず日本語版で再読してる。不慣れな英語版を先読みし、そしてまた日本語版を購入させてしまう程中毒性が高い。
まず作品自体の完成度が非常に高い。絵に加えモノローグ・情景・心理描写がこれまた精緻
。ドラマ仕立ての映像を観るが如く、1カット毎の流れが自然で滑らか。何よりチープなご都合主義で誤魔化さずとことん描き切る点が素晴らしい。作者は精神疾患から裏社会からアッパークラスのハイティーンからミドルエイジのリアリティライフまで、とにかく色んな方面をとても良く勉強していると思われる。BLでありながら、ウ◯ジマくんや外道の◯の世界観さえ内包している。
生まれながら富や資質・周囲の忖度に傅かれ育ったスンオンは、物質的には圧倒的な強者であるが、『母の愛』を知らずに育ち人格の中核となる愛着形成が未完了のまま生きてきた。作中では描かれてないが、自分を産んだ直後に母親が自死した事実は強烈な『別離と喪失の恐怖』を彼の無意識に植え付けたのではないかと思われる。痛みの余り感覚が麻痺して何も感じないと言うのは往往にしてよくあるが、BLというジャンルを差し引いてもこれだけリアリティある世界観にあって、ジウクに対する彼の執着は尋常でない。その様子は度々狂気のように描かれているが、それを確信したのが85話だ。寝込みのジウクを襲うスンオンは明らかに愛を失う恐れに駆られ、胎内回帰願望を彷彿とさせる言葉を口にしている。最も無防備な乳児期に母から自死を以て『捨てられた』経験が、愛の喪失への恐れとなってスンオンの無意識の根底に根付いている。ユング的解釈をするなら『愛=母』を連鎖象徴する『愛着対象=ジウク』は彼の無意識下では『己の無力さが暴露する対象』であり『捨て去られる恐怖感が発動する相手』という事なのだろう。高校時代から度々「捨てないで」「嫌いにならないで」と、その成熟した精悍な外見から及びもつかぬ幼子の様に不安な胸の内を口にするスンオンの深層意識は、『最愛の人に去られる強烈な不安』とそれに対する『回避反応』が形成されており、その反応は愛に比例して増幅される。…このように見ると心の傷がより深いのは、ジウクよりスンオンなんじゃないかと思えてならない。
作中で描かれないそうした点まで想起させるほど、この作品は非常に緻密で強烈なインパクトを放っている。
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