当人の意志でなく氏族の未来で結婚の決まった時代のこと、ヒロインの嫁ぎ先の男には前妻にまつわる恐ろしい話があった。
野獣と聞くと粗野で女を力づくで従わせる頭の悪い鈍な不細工男を思い浮かべるが、藤田男子なので試し読みで当然夢の持てる展開と確認
して、長いこと、セットで安くならないものかなと待っていた。
閲読の勢いは一向に減らず、いつまでたっても割安になる気配がない。値引きをあてにせず購読に踏み切った。もう待てなくなったから。
読み終えて今、結論から言って、決して高いとは思わなかった。それでもセット売りでないのが未だに残念な気持ちだが。未完の長期連載物は別として、基本、私は感想はちゃんと読んでから書くが、読後感古い英国の時代感出てる。期待を裏切らない。タイトル名からは、暴力や血なまぐさい戦いと、野蛮で文明と隔絶された印象をもたれがちと想像するが、「野獣」など元から一体どこにいたのだ、と思わせる、美しい夫婦愛のラブストーリーだ。
その「野獣」と言われている男の妻となった女は幸せ者なのだ。彼に非は無いのに、彼の優しさが彼を「噂の」野獣に仕立てた。
数々のコミカライズ作品により藤田先生のセンス、その手腕を知っているため不安はなかったが、頁数多目の複数冊構成の作品は価格に怖じ気づき、決意前のハードルが高い。元々HQは内容の割に高価格、つかまされた感を持ってしまうものがかなり多い。しかし、迷っていた私は踏み出してみて、これは後悔しなかった。二人の結び付きが頁を追う毎に揺るぎないものになる描写に、詰め込み感がない。この分量ならでは。あれはどうなった?みたいな言葉足らずがないのがいいところだと感じた。内容の薄い作品はHQだけでなく、短いストーリーだとどうしてもある。
この婚姻により引き裂かれた若い愛にもフォローが効いているし、泣く泣く娘を差し出した実家にも、辛い毎日を過ごしているわけではないことを眼で見てもらう機会が出てくるし、話として描き足りてないところはないくらいだ。
ただ、前の妻であった女性の最後を、その瞬間の目撃者は何人かでもいなかったのか。黒い評判の根源となっていた事件の、発生時の現場の状況についての客観的な説明は終始踏みこまれずに、どのくらいの人物がどこまで近いところに居合わせたのか。
真相が明るみになった後でも、依然何ともモヤっとくる。
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