2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)のパビリオンのひとつ「Better Co-Being」には、壁もなければ屋根もない。慶應義塾大学教授の宮田裕章が「いのちを響き合わせる」をテーマにプロデュースしたこのパビリオンは、万博会場中央にある「静けさの森」と一体となってたたずむ。つまり、世界中から来場者を迎え入れるスタッフには、真夏の酷暑にも豪雨にも負けず、誰もが心地よくパビリオンを体験できるようにゲストをアテンドしなくてはならない。万博の会期が主に夏であることを踏まえると、過酷である。
そんなスタッフたちの命を守る使命をもつユニフォームの制作に、アウトドアやスポーツウェアの知見は欠かせない。だから、ゴールドウインなのである。
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「命を輝かせる木漏れ日」をテキスタイルに
ユニフォームの条件は大きくふたつ。世界中のゲストを迎え入れるにふさわしいデザイン、そして長時間の野外環境で快適に過ごせる機能性だ。
そのためにゴールドウインは、ファッションデザイナーの中里唯馬とタッグを組んだ。生まれたのは、「形ある物が絶えず移ろい続けるありさま」を意味する「IMPERMANENCE」をテーマにした帽子やジャケット、シャツ、パンツ、そして雨具からなるユニフォームである。
中里がテキスタイルで表現したのは光。「太陽が緑の葉に降り注いだとき、その隙間から差し込んでくる、まるで生命を輝かせるような光を表現したいと思いました」と、中里は語る。
そのイメージをテキスタイルに落とし込むために、中里たちは木漏れ日の写真と点描画をデジタル加工で重ね合わせ、AIによってすべての柄が異なるよう拡大、裁断した。テキスタイルのパターンにAIを使うことにより、残反(生産過程で発生する使われなかった生地)の削減も実現している。
過酷な夏に挑むための形と素材
機構面にも触れておきたい。デザインは西洋のシャツをベースとしながら、日本の建物や着物のアイデンティティも取り込んだ。障子をヒントに考案された脇部分のファスナーを開けて通気性を高めたり、着物のようにウエストの位置や着丈を変えられたりと、天候や着る人の好みに合わせてシルエットをさまざまな形に変化させられる。「一人ひとりの多様な豊かさ」というパビリオンのコンセプトの具現化だ。
そして、素材である。ゴールドウインの研究開発施設「ゴールドウイン・テック・ラボ」は、太陽光反射率に着目した新たな生地を開発した。日本で回収された使用済みペットボトルを原料としたリサイクル率76%の超フルダル糸(光沢感を抑えた化学繊維の糸)でつくられた生地は遮熱性が高く、ジャケット、シャツ、パンツの生地に使われている。
パビリオンのプロデューサーである宮田は「かつての万博は経済成長を見せる場でしたが、いまは未来のあり方を世界と共に問う場になっています」と語る。気候変動で年々過酷さを増す日本の夏に挑むユニフォームはその意味で、未来の装いのあり方を問うものでもある。
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