21世紀に入って月日が経つにつれ、生活のあらゆる面がアルゴリズムで制御されるようになった。Facebookはニュースフィードに表示する投稿をアルゴリズムで決めている。Google 検索は複雑なランキングシステムに基づいて検索結果を表示し、Amazonは購入履歴を基に商品をおすすめしているのだ。オンラインマーケティングの分野でも効果的なコピーの作成にアルゴリズムが使われるようになっていても不思議ではない。ウェブの未来はどうなるのだろうか。機械がマーケティングを支配するようになるのだろうか。それとも人類の創造性は今後も必要とされるのだろうか。この記事で解説したい──。
ここまでの導入部を書いたのは、実は人間ではない。人工知能(AI)によるコピーライティングサービス「Jasper」が、記事の見出しを基に生成した文章なのだ。
最初にJasperが提案した文章は、あまりに簡潔で具体性に欠けていた。ふたつ目の提案が冒頭の段落であり、これを読んだエディターからは驚きの声が上がった。エディターはプロのライターが手がけた文章でも、これより質の低い文を見てきているからだ。
JasperはFacebook広告やメールマーケティング、商品説明に適した文章も生成できる。そしてこの会社は、AI企業のOpenAIが開発した文章生成ツール「GPT-3」を応用したサービスを提供する数あるスタートアップのひとつだ。これらのスタートアップは、インターネットで最も古くからある需要、つまりクリックされやすくグーグルの検索結果の上位に表示されるキャッチコピーの生成サービスを提供している。
文章生成技術は、OpenAIが商用版のGPT-3を発表した2020年に大きな進歩を遂げた。この技術が初めて広く使われるようになった用途が、マーケティング用の文章の作成である。Jasperだけでも55,000を超える有料登録者を獲得しており、OpenAIによると別の競合サービスは100万以上のユーザーを獲得している。
調べたところ、OpenAIの技術を使ってブログ投稿や記事の見出し、プレスリリースなどの文章を生成するマーケティングツールを広く提供している会社は14社あった。アルゴリズムによる執筆補助ツールはすぐに自動スペルチェック機能と同じくらい広まるだろうと、こうしたツールのユーザーは考えている。
「文章を書くのが本当に苦手なのですが、グーグルのアルゴリズムに最適化された記事をまとめる作業がとても楽になりました」と、写真に基く絵画の作成を画家に低価格で依頼できるサービス「Instapainting」の創業者のクリス・チェンは語る。チェンは「ペットの肖像画を画家に依頼する方法」といった記事を書く際にコピーライティングサービス「ContentEdge」を使っている。
ContentEdgeは自社開発のソフトウェアに、OpenAIとIBMの技術を組み合わせたサービスを提供している。そして「早く手ごろな価格で人間が書いたような文章」を生成できると謳っている。
ContentEdgeは多くの競合ツールと同様に、従来のオンラインテキストエディターのように利用できる。ただし、「Google ドキュメント」などにはない機能を備えている。例えばサイドバーでは、特定の見出しが「Google 検索」で上位に表示されるために必要なキーワードを確認できる。
また、稲妻のアイコンのボタンをクリックすると、文章の見出しと短い説明を基に記事の段落やいくつかの箇条書きからなる概要が生成される。生成された文章にはGoogleの検索結果で上位に表示されているサイトから抽出された単語が含まれる仕組みだ。
オンラインにあるテキストの何十億という単語で訓練されたOpenAIのアルゴリズムが、そこから導き出した知見を自動生成した文章に散りばめている点を、チェンは気に入っているという。ときには不明瞭で矛盾を含む内容の文章が生成されることもあるが、チェンは気にしていない。
「出力された内容はそのまま使うべきではありませんが、編集の出発点になります。それに文章を書く前の退屈な調査を代わりにやってくれるのです」と、チェンは語る。
ContentEdgeやほかの競合サービスの多くは、生成されたコンテンツを投稿する前に内容を事実確認し、推敲するようユーザーにすすめている。OpenAIの技術は独自の文章を生成する場合がほとんどだが、ウェブで集めた訓練データの文章をそのまま出力してしまうこともあるのだ。Jasperをはじめいくつかの企業は、意図せず既存の文章を流用してしまうことがないよう、盗用を確認する仕組みも提供している。
スパム業者やソーシャルメディア上のボットのせいで、文章の自動生成技術の評判は悪い。しかし、GPT-3を利用したマーケティングツールを開発する起業家らは、この技術はよりよい文章を書けるようライターを支援し、さらにウェブをよくすることにつながると主張する。
企業がより有用なコンテンツを作成し、求めている人に届けられるよう支援しているのだと、ContentEdgeの創業者のライアン・ベッドナーは言う。「Googleはインターネットの入口です」と、ベッドナーは説明する。「Googleの穴を突くものであるとは考えていません。コンテンツを見つけてもらいやすくなるよう、小規模な企業やライターを支援するものなのです」
グーグルはサイト運営者向けのガイドラインで、「検索ランキングを操作することを目的とする自動生成されたコンテンツ」を使わないよう求めている。この勧告は少なくとも07年から存在している。サイトに検索キーワードの長い一覧を追加したり、ほかの文章から流用した文章の一部だけを入れ替えたりすることでページの検索順位を大きく上げようとする悪質なソフトウェアへの対策を意図してのものだった。
しかし、多くの文章を提案する洗練された執筆支援ツールをウェブサイトの閲覧を純粋に助ける目的で使うなら、サイトの検索順位に悪影響が及ばないことが望ましい──。グーグルの検索部門のパブリックリエゾンを務めるダニー・サリヴァンは、そう指摘する。
「コンテンツの主要な目的がユーザーのためであるなら、当社のガイドラインに違反しないはずです」とサリヴァンは説明する。「それが最も優れていて役に立つコンテンツなら、検索結果の上位に表示されることが理想的です」
OpenAIで商用化プロジェクトを率いるヴァイスプレジデントのピーター・ウェリンダーは、マーケティング担当者向けのAIツールの急激な台頭に驚いている。これは特に初期のGPT-3で顕著だった制約の結果だと、ウェリンダーはいまは理解しているという。
Jasperなどのツールのユーザーは、アルゴリズムが生成した文章のちょっとした間違いや、事実ではない部分を修正したり、クリックひとつで新しい文章の提案を確認したりできる。「これが最初にうまく機能した用途だったので、ユーザーの支持を集める時間があったのです」とウェリンダーは言う。「いまや100万人を超えるユーザーを獲得しているツールもあります。本当に驚くべきことです」
ウェリンダーによると、最近実施したOpenAIのサービスの改良により、より事実に基づく内容を生成し、特定のタスクに対応しやすくなった。これによりオンライン教育や個別指導プラットフォーム、カスタマーサポートといった問い合わせに最初から正しく応答する必要のある状況に、適切に対処できるようになったという。さらにOpenAIの技術は、ソースコードの共有プラットフォーム「GitHub」が21年に立ち上げた人気のプログラムコード生成システム「GitHub Copilot」にも使われている。
ContentEdgeで記事の見出しと内容説明に基づいて概要を自動生成したとき、6つの項目がつくられた。最後のひとつは「危険性は?」というものだった。
一部のAI研究者は、OpenAIの文章生成ツールや同様のシステムに懸念を抱いている。こうしたシステムはウェブから集めた訓練データに含まれる有害な内容を繰り返し使ったり、膨らませたりしてしまう恐れがあるからだ。 GPT-3が生成した文章に基づいて話が進むアドベンチャーゲームで未成年者の関わる性的な場面が作成されようとしていたことから、OpenAIがこのゲームの開発元に対応を求めたのは21年のことだった。
OpenAIによると、フィルタリングの精度を改善し、有害な内容や性的コンテンツを除外するために顧客には特殊な状況を除いて同社のフィルタリング機能を有効にするよう伝えている。またOpenAIは、スパムの作成や選挙運動に同社の技術を使うことを利用規約で禁じている。
OpenAIはこうした問題への対応を進めている。だが実際のところJasperを使うことで、22年の米中間選挙について民主党と共和党の両方の観点から滑らかな文章を生成することもできた。
共和党の視点では生成された文章は、「ジョー・バイデンによる社会主義的な計画の実行を阻止する」必要性を説いている。これに対して民主党の視点では、有権者に「上院における民主党優位の状態の維持」を促す文章が生成された。ContentEdgeでも選挙関連の文章を生成できたが、Jasperのものほど滑らかではなかった。
こうした題材の文章が生成がされていないか監視していると、OpenAIのウェリンダーは語る。ただし、最も懸念しているのは選挙関連の文章が大量に生成されることであり、同社は慎重に対応すべくこの問題について調べる時間を確保する大きな方針を打ち出している。
「OpenAIの倫理基準に沿ったサービスにするためのツールを積極的に実装します」と、ContentEdgeの創業者のベッドナーは言う。OpenAIのコンテンツのフィルタリング機能は政治的な内容をある程度は排除しており、Jasperでも政治やその他のセンシティブな内容に関する題材が大量生成されていないか監視していると、同社の最高経営責任者(CEO)のデイヴ・ロジェンモサーは説明している。
しかし、OpenAIのソフトウェアの競合も登場していることから、OpenAIの規定に従わずに文章生成アルゴリズムを使いたい人はそれができてしまう状況にある。
マーケティング代理店のRainbow Lasersの共同創業者のジョシュア・ローガンは、毎月60ドルを支払って文章生成サービス「Copysmith」を利用している。このサービスでクライアントのウェブサイトの検索順位を上げる文章を書いたり、新しいマリファナ製品の匂いを説明する適切な表現を探したりしているのだ。
ローガンはクライアントに対し、ツールを使用していることを開示しているという。また冗談半分ではあるが、個人での利用も避けているのだと語る。「わたしと婚約者が互いに連絡を取り合うときにはAIを使いませんよ」
ローガンは文章生成ツールを気に入っているが、不用意に使われている場合もあると考えている。「AIによって書かれ、推敲されないまま公開されたような記事を目にし始めていると思います」と、ローガンは語る。
グーグルとオンラインマーケティング担当者の長きに渡る波乱に満ちた関係の次の局面では、アルゴリズムが生成して人間が推敲した文章の利用が、さらに広まるかもしれない。
グーグルのアルゴリズムは、あるサイトが検索者の質問に答えられる詳細で理路整然とした内容であるか正確に判断できるようになってきている。そして、それに伴いサイトの検索順位を上げるために急いでつくられたブログ投稿や記事が爆発的に増えたと、ドイツのハンブルク応用科学大学の教授で検索エンジンを研究するディルク・レヴァンドウスキーは指摘する。
「ここ数年の間で質の低い文章がたくさんつくられました。書く人に十分な対価が支払われていないからです」と、レヴァンドウスキーは指摘する。「AIによる文章の自動生成が、次の“波”になるかもしれません」
(WIRED US/Translation by Yumi Muramatsu/Edit by Nozomi Okuma)
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