「音の魔法使い」という原体験
──今回、香川県丸亀市にある築330年余の池泉回遊式の大名庭園・中津万象園で「聴象発景」が実現しました。まずはおふたりの出会いから教えてください。
evala 実は、小学3年生くらいのときに、両親に連れられて京丹後で行われた鈴木昭男さんのコンサートに行ったんです。それがとにかく不思議な体験で。そのころピアノを習っていたのですが、昭男さんの演奏はとにかく奇妙で、本当に「音の魔法使い」みたいだなと思いました。
──小学生のときから鈴木さんの音楽を聞いてたんですね。それが不思議な体験だったと。
evala はい。当時、父親に聞いたら「昭男さんは音を聴くためだけの空間を山のなかにつくっているんだ」と教えてくれました。それが鈴木さんの代表作のひとつでもある「日向ぼっこの空間」です。標準時子午線が通る地点で「秋分の日に、一日、自然に耳を澄ます」サウンド・プロジェクトでした。そこから25年ほど経ち、YCAM(山口情報芸術センター)のコンサートに鈴木さんの共演者として出てほしいと言われて再会しました。
──鈴木さんは京丹後で活動をしようと思ったのはなぜですか?
鈴木 1988年に、日本の標準時子午線の最北端で、1日の自然の音をじっくり聴いてみたいというプロジェクトをもって、東京から丹後の地に移住しました。子午線の通る町を目指したことから喜ばれて、すぐに世話人会が出来たりして、それの通る高天山(たかてんやま)の提供を受けたり…。
暇になった冬には、絵本づくり教室をしたりして過ごしました。その受講者のなかにevalaさんのお父さんがいたんですね。丹後ちりめんの図柄を当時コンピューターで操作される方だったから、それまで見たことのないサイケデリック・パターンで描いた素敵な本ができあがっていた。お父さんとは仲がよくてね、酒を飲むといつもぼくは抱きつかれていました(笑)。お母さんも美人でね。
evala 笑。
耳で世界を“視る”
──その出会いから、2013年のNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)でのインスタレーション「大きな耳をもったキツネ」でコラボレーションしたんですね。鈴木さんの音がevalaさんの世界で作品化されるという体験をどう感じましたか?
鈴木 ぼくの隠れ場所にも案内できて楽しかったです。竹野(たかの)の浜の洞窟とか、標高150m地点の高天山の子午線上に築いた「日向ぼっこの空間」にもご一緒したし。ぼくのスタジオでの「音あそび」の収録音を、あの無響室で驚きの体感をさせていただいたりした。ぼくもやってみたかったことでしたから、音にくすぐられ、また体をも通過してゆく音の粒子に魅了されましたね。ぼくは、そんなふうにして遊んでくれる人が欲しかったんです。
──鈴木さんがいろいろなリスニングスポットにevalaさんを案内したようですが、evalaさん自身も普段からいろいろな場所にマイクを置き、その音を作品にしていますよね。おふたりの共通点はどんなところだと思いますか?
evala 世の中のサウンドアートは美術という形式のなかで、音を視覚的に表現する作品が多く、言うなれば「Art with Sound」というか、「目で聞く」ものだと思っています。ですが、ぼくのプロジェクト“See by Your Ears”はその逆で「耳で視る」。鈴木さんの《点 音(o to da te)》と同じで、まず耳を澄ますことで感覚をひらき、視覚に頼らずに人々の内側からイマジネーションを喚起させていく。このあたりが共通しているところだと思います。
宇宙借景と音響のいたずら
──今回は万象園という美しい庭が舞台でしたが、新作をつくるにあたり、どのようにイメージを広げていきましたか?
鈴木 ぼくの音をevalaさんに料理してもらいたいという望みがありました。この庭では〈聴く側にまわる〉ことで、同じ時空を体験したいなと思った。庭園内の芝地には、七つ星を見立てた“観測点星”を制作しました。スピード化する現代に、道草でもするような音との出会い、幼いころにはゆっくりと流れていた時間を蘇らせてみたいと。
日本の作庭では「借景」が使われますが、この作品では宇宙を借景にしました。天空の七つ星は、われわれ海洋民族にとっては、古くから人知としての拠り所でしたね。先祖霊も北極星にあるという古代信仰があったようです。
また中津万象園は松林の美しい庭ですが、「松」の由来は天空からの精霊を〈待つ〉依り代からくる名前と言います。ですから、松に囲われた広い芝地に七つの星としてのコンクリートによる円柱を配しました。和弓の星的(まと)をもじって、能舞台の橋掛りの三の松から一の松へと高さを減じてつくりました。
そして、ワキ柱にあたる星は、そこに佇み耳を澄ます「点 音(o to da te)」マークのレリーフのあるプレートになっていて、そこからフエ柱にあたる星の延長上に北極星を望む並びになっています。だから、夜にも耳を澄ませてみたいスポットですね。
evala ぼくは江戸時代に建てられた、現存最古の煎茶室「観潮楼」を使った立体音響作品《Anechoic Sphere – Reflection/Inflection》をぜひ堪能してほしいですね。いままでは無響室のような閉ざされた空間で体験してもらう作品が多かったのですが、今回は、あえて窓が開かれた茶室をそのまま使っています。
ここでは、園内に設置された昭男さんの《点 音》ポイントでリアルタイムに集音した音や、庭園内でレコーディングした音源をもとに、現実と幻想の境界が曖昧になるような、不思議な聴覚体験を仕掛けています。
ぼくは音響のいたずらがすごく好きで、窓の外にある音の生態系を室内に取り込み、その音に耳を澄ませていくと次第に時間感覚がおぼろげなって、いま聞こえている音は現実の音なのか、それとも茶室内で鳴っている音なのかがわからなくなってくる。内と外、リアルと虚構、自分の体内と外にあるものが次第に混ざり合っていくんです。園内全体を歩き回ったあとにこの茶室に入ると、いままで聞いていた音がこの小さな茶室に集まって幻想的な世界をつくりだしていることを体感してもらえると思います。
また、庭園の池に浮かぶ晴嵐島では、この万象園が模している近江八景8カ所を実際に巡って採集した音だけを使い、8台のスピーカーに位相変換しています。ほかの作品も含めて、今回は万象園がもつ歴史や記憶、近江八景といった要素を読み込み、解析して反映させることで、この場所に応答できたかな。
鈴木 ぼくも丸亀美術館内にインスタレーションをした「う つ し」がありますが、関東に沢山ある「富士塚」なんかは、江戸時代にそこから富士山の浅間神社詣でをしたという、それも同じことですよね。
evala そうですね。例えば川の上流から下流までをポイントごとで集音し、スケールをきゅっと縮めると10mで隅田川をすべて歩いたような体験になるとか。ぼくの場合は、目に見えるものではなく、音でそれをやっているということですね。
──おふたりは、耳を澄ませることを原点に作品をつくられていることも共通していますね。
evala やっぱり聴覚でしかたどり着けない、どこか違う世界に誘いたいというのはずっとありますよね。
鈴木 あと、悪戯(いたずら)心も共通かな(笑)
波長が合うと眠くなる
──この地を訪れるみなさんにはどんなふうに体験してもらいたいですか?
evala 庭園は視覚的なものという印象が強いけど、池があることで音の響きがすごく変わるとか、非日常的な音の響きが楽しめる場所でもある。作業中もいろんな音が聴こえるし、とにかく気持ちいい。設営中は気が付いたら茶室で昼寝していたこともありました(笑)
鈴木 そうなんだね。自分の音を聴くと波長が合うのか眠たくなっちゃう。ぼくもCDが出来上がってきて、初めて耳にしたときにも眠っちゃって終わりまで聴けなかったことがありますよ。バイブレーションが合うから眠くなるんじゃないかな。
──自分のサウンドを聴くと眠くなるという共通点が(笑)
evala 庭園と自分のサウンドがひとつになって響き合う作品ができたという気はしています。普段の活動の場である美術館や劇場ではなし得ない、この場所だからこそできたことだと思います。
特別展「聴象発景」
会場 :中津万象園・丸亀美術館(香川県丸亀市中津町25-1)
営業時間 :9:30~17:00(最終受付は16:30)
展示期間 :2019.11.24(日)まで
PHOTOGRAPHS BY SHINTARO MIYAUCHI
TEXT BY RIE NOGUCHI