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なぜ、アマゾンは「採用選考でAI利用」を辞めた?AIには推し量れない「人間ならではの事情」とは 【伊藤穰一】

働き方

2011年から19年まで米マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの所長を務め、現在は株式会社デジタルガレージ取締役兼専務執行役員Chief Architectであり、千葉工業大学変革センターのセンター長としても活躍する伊藤穰一さん。

2023年5月に上梓した最新刊『AI DRIVEN AIで進化する人類の働き方』(SBクリエイティブ)の中で、「マネージャーが『疲れる仕事』からほぼ解放されるだけでなく、よりフェアなチーム運営が可能になる」と示唆する。

ジェネレーティブAIは、仕事や働き方に一体どんな転機をもたらすのか。この記事では、伊藤さんが予測する「AIで変わる仕事」について、本書から一部抜粋して紹介する。

※下記記事は書籍『AI DRIVEN』95~101頁を転載して掲載しています。

「人間」を見て、マネジメントする

マネジメントのポストにある人が、部下の評価や指導にAIを用いるのは、よりフェアな組織運営を可能にするという意味で有効な用途だと思います。

1つ注意したいのは、他の用途同様、決してAIに任せきりにしないこと。

AIは人間の指示に忠実ですから、マネージャーが設定した基準に従って、きわめてドライかつ合理的に部下の評価を提示してくるでしょう。

しかし部下は機械のように一律的ではありません。ときには体調が悪かったり、家庭に心配事や不幸があったりと、パフォーマンス低下につながる事情を抱えている場合もあります。

人間には、AIには推し量ることができない「人間ならではの事情」がある。そこを斟酌し、適切な評価や指示を与えることは人間にしかできません。

この点さえ気をつければ、AIは有能なアシスタントになるでしょう。

人工知能 AI

部下のなかには、ある程度放っておいても仕事を完遂できる人もいれば、折に触れて様子を見たほうがいい人もいます。

今も述べたように、日々のコンディションによってパフォーマンスが変わるのも常です。

ところが、部下の基本的な評価や進捗の監視をすべて自分ひとりでやっていると、まず全員の仕事ぶりを見渡すことに時間と労力を奪われて、ちゃんと様子を見なくてはいけない部下に、十分に目配りできなくなってしまう。

そもそもマネージャー自身も人間なのですから、コンディションによって多少なりとも評価にブレが生じても不思議ではありません。人の上に立ったことのある人なら、きっと思いあたる節があるはずです。

そこで「この部下の仕事は指示通りに滞りなく進んでいる」「この部下の仕事は少し遅れている」といった基本的な評価、進捗の管理はAIに行ってもらい、そのうち何か問題を抱えていそうな部下にはしっかり目を配って適切な指示を与える。

すると、基本的な評価、進捗に時間と労力を奪われないぶん、きめ細かに対応できます。こうして、マネージャーが「疲れる仕事」からほぼ解放されるだけでなく、よりフェアなチーム運営が可能になるのです。

本当にフェアな「人事評価」が可能になる

また、AIによるドライかつ合理的な評価が、マネージャーの側にいつの間にか生じていた評価の偏りに気づかせてくれることもあるかもしれません。

どれほど公平に部下を見ようとしていても、どうしても「情」が働くのが人間です。情からくるバイアスが、知らず知らずのうちに評価に影響する場合も、絶対にないとは断言できないでしょう。

そこで情もバイアスもないAIの評価をいったん差しはさむことで、自分の情やバイアスによって生じていたかもしれない評価の偏りをリセットし、より公平な評価ができるようになる。そんな未来も近いかもしれません。

一方で、AIにもバイアスがあることが知られています。人間とAIがお互いの苦手な部分を補っていけるか否か大きな課題です。

人工知能 AI

もっと積極的なアイデアとしては、公平な評価の指標をAIに学習させ、マネジメント層の「バイアスチェッカー」のような機能を持たせることもできると思います。

ただし、AIにバイアスを指摘されても、マネジメント層のほうに変わるつもりがなければ、バイアスを含む評価はなくならないでしょう。

実は、このことに関しては僕自身、MIT時代にすでに似たようなことを経験しています。

アメリカの裁判官をAIで分析させ、黒人差別をしていると思われる裁判官にインタビューしたところ、AIはその裁判官について、「判断基準の一番は見た目(つまり白人か黒人か)」と言い放って憚はばかりませんでした。

建前も何も気にする素振りもなく、あっさり言ってのけたことに、僕も学生もびっくりしてしまいました。

いくらツールが進化しても、人が変わらなければ社会は変わらないという事実を垣間見た思いがしたものです。

AIが「差別」することもある

しかしAIの使い方によっては、かえってバイアスが増幅されてしまうケースも起こりうることも指摘しておかねばなりません。現に、次のような報告があります。

アマゾンは、採用で優秀な人材を選別するプロセスの機械化のために、2014年より、応募者の履歴書をチェックするAIを構築してきました。

ところが、翌2015年、そのAIが「女性差別」をする傾向があることが判明したというのです。

原因は、過去10年間にわたる応募者の履歴書のパターンを学習するように、このAIがプログラムされていたからでした。

過去10年間の応募者の男女比は男性のほうが多く、よって「男性の応募者のほうが有望」「女性は低く評価する」という判断を下すようになってしまったというわけです。

問題発覚により、このAI採用ツールは廃止され、有望な応募者を自動的に選別するというアマゾンの試みは頓挫しました。

人工知能 AI

世の中にあるデータには、「学習」すべきものもあれば、「反面教師」としなくてはいけないものもあります。

僕たち人間は、時代ごとに移り変わる社会通念に従って、それを自然に選び取っていますが、現時点でのAIは、基本的にすべてを「学習」してしまいます。

つまり、AIは過去のパターンから最適解や予測を導き出すようにできているため、従来の社会構造が固定されるように作用してしまうのです。

女性や有色人種は公平な雇用機会に恵まれにくく、主婦、無職、低賃金労働者、違法労働者になりやすい一方、白人男性は雇用機会に恵まれており、出世コースにも乗りやすいなどあらゆる点で優位に立っている。

AIが過去の「データ」として学習しているのは、このような人間の古い価値観によって構築されてきた社会のあり方そのものなのです。

アマゾンの実例は、「いかにAIにモラルを学習させるべきか」というテクノロジーの課題を、改めて浮かび上がらせました。

本書ではAIを用いた組織運営のアイデアをシェアしていますが、少なくとも現時点では、AIさえ導入すれば完全にフェアな組織運営が可能になると考えるのは早計です。

この「AIとモラル」という問題は、ユーザーのほうではどうすることもできません。

将来的にはバイアスや差別をチェックできるAIも出てくるでしょう。しかし、まだAIは全方位で活用できるほどの完成レベルにはなく、多くの課題を抱えているということは、是非念頭に置いておいてください。

プロフィール画像

伊藤穰一(いとう・じょういち)さん(@Joi
デジタルガレージ 取締役 共同創業者 チーフアーキテクト
千葉工業大学 変革センター長

デジタルアーキテクト、ベンチャーキャピタリスト、起業家、作家、学者として主に社会とテクノロジーの変革に取り組む。民主主義とガバナンス、気候変動、学問と科学のシステムの再設計など様々な課題解決に向けて活動中。2011年から2019年までは、米マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの所長を務め、2015年のデジタル通貨イニシアチブ(DCI)の設立を主導。また、非営利団体クリエイティブ・コモンズの取締役会長兼最高経営責任者も務めた。ニューヨーク・タイムズ社、ソニー株式会社、Mozilla財団、OSI(The Open Source Initiative)、ICANN(The Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)、電子プライバシー情報センター(EPIC)などの取締役を歴任。2016年から2019年までは、金融庁参与を務める。これまでの活動が評価され、オックスフォード・インターネット・インスティテュートより生涯業績賞、EPICから生涯業績賞を始めとする、さまざまな賞を受賞。「Earthshot 世界を変えるテクノロジー」の番組共同MCを務め、ポッドキャスト「JOI ITO 変革への道」では定期的にNFTに関する話題を取り上げている他、web3コミュニティーの試験的な開発に取り組んでいる

書籍紹介

Ito Joichi BOOK AI DRIVEN

著:伊藤穰一
出版社:SBクリエイティブ

ジェネレーティブAIは、面倒な仕事やチームワーク、マネジメントや組織のあり方を一瞬で劇的に効率化できるツールです。個人の働き方、生き方はもとより、会社組織や教育、文化などあらゆる領域に大きな影響を及ぼしていくことは間違いありません。
ならば僕たちは、ジェネレーティブAIをどのように使っていくか。

ツールとしてのジェネレーティブAIを、うまく使えるようになった人から大きく飛躍していく時代は、もう始まっています。新時代を生き抜くリテラシー、「AI DRIVEN」な働き方・生き方を習得し、活躍のチャンスを手にすることに本書を役立てていただけたら、著者としてたいへん嬉しく思います。

>>>詳細はこちら

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