2024/07/05 - 2024/07/15
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2024年夏のスペイン旅のルートが大まかに決まった時に、行ってみたいところがある!と同行者に提案したのが、ビルバオの郊外、ビスケー湾の片隅にある小さな島のガステルガチェ(San Juan de Gaztelugatxe)です。
ガステルガチェはスペイン国内では孤高の絶景修道院、ドラゴンの島として名を轟かせていますが、国外からの観光客にはまだそれほど知られていない場所です。
メジャーではない分、ローカルバス利用の交通手段などの日本語情報は少なく、更に入場規制があり、日時指定の事前予約が必要であったりと訪れるにはそれなりにハードルが高く、事前調査は本当に骨が折れる作業でした。
また、追い打ちをかけるように現地交通局のホームページがスペイン語版・英語版ともにメンテナンス中でバスク語表記しかないときたら、調査のハードルは右肩上がりの爆上がり。
それでも、1つ1つ壁を乗り越えて訪れたガステルガチェは、想像していた以上の絶景!
1000年以上前に海に浮かぶ小さな島の上に建てられた修道院であるサン・ファン教会。
その昔は、海が怒り狂った時には陸との行き来が絶たれ、文字通り孤島と化した修道院。
青い空と蒼き海、修道院へと続くうねる石階段は飛翔するドラゴンの姿。
ガステルガチェの美しき佇まいとトレイルの様子を旅行記として紹介します。
★☆★2024年7月Espana旅 con Masami★☆★
7/5 羽田-北京/Air China
7/6 -Madrid/Air China
Madrid-Toledo/高速バスAlsa
7/7 Toledo-Madrid-San Sebastian/レンフェ
7/8 San Sebastian
7/9 San Sebastian-Bilbao/高速バス Alsa
7/10 Bilbao (SanJuan de Gaztelegatxe) /路線バス
7/11 Bilbao-Barcelona/Vueling Air
7/12 Barcelona
7/13 Barcelona-Figueres/レンフェ
7/14 Barcelona-北京/Air China
7/15 -成田/Air China
★☆★旅行記★☆★
500年の瞬き https://4travel.jp/travelogue/11930855
呑んだくれ女のバル巡り https://4travel.jp/travelogue/11931121
絶海の孤島修道院 ガステルガチェ https://4travel.jp/travelogue/11947730
- 旅行の満足度
- 5.0
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2024年の夏旅はスペイン語を学ぶ友人と共にスペインへ。
マドリードから入国しトレド、サンセバスチャン、ビルバオ、バルセロナをぐるりと巡るプランの目的は、生のスペイン語を聞き、話すこと。
コロナ禍を理由に勉強をさぼりがちだった私たちには、強制的にスペイン語の渦の中に身を投げ入れて、体と心で同時にスペイン語の感覚を取り戻すのがスペイン語復帰への一番の妙薬。
だからスペイン旅は町巡りが主でアウトドア的なものはあまり組み込まなかったのだが、今回の旅行記で紹介する“孤高の修道院”であるガステルガチェ(San Juan de Gaztelugatxe)だけは例外で、ビルバオからのミニ遠足的なエクスカーション。
サンセバスチャンでのバル巡りで喉を潤し、りんご酒のシードラでスペイン語脳を活性化した私たちが次なる目的地として向かったのが、ビルバオとその郊外のガステルガチェだ。バー・ラ・セパ 地元の料理
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ガステルガチェがあるのは、ビルバオからさらにフランス寄りに少し移動した海辺の村で、停留所ガステル・ベギが(Gaztel Begi)がガステルガチェの最寄りのバス停となる。
ガステル・ベギにはビルバオからは路線バスのビスカイバスで行くことができる。
と、ガステルガチェについてのここまでの情報は日本語でもあちこちに記されているのだが、ここで問題となるのは、ビルバオでのビスカイバスのバス乗り場がどこにあるか?ってこと。
私たちはビルバオ旧市街地の観光案内所で、ガステル・ベギ行のバス停の位置を教えてもらった。
案内所のお姉さんがいうにはバス停はモユア広場近くにあるEl Cano 5で、お姉さんはその位置も地図でポイントして教えてくれたのだが、翌朝に訪れた教えられたエリアにあったのは、一般的な歩道だけ。
歩道のどこにもバス待ちの人も並んでいないし、ビスカイバスの特徴である緑のバス停もなかった。
ただ、歩道の端にあった見落とすほど小さなかしげた青看板にAUTO BUSとは書いてあった。
でもその看板は錆びつき、よく言えばアンティーク風。
とても現役のバス停看板とは思えない錆び方だった。
それでも、その青い看板近くで不安を抱えつつバスを待つ20分が60分にも感じられたころ、ガステル・ベギ行の3517路線バスがやってきて、バス停のない通りに停車した。 -
私たちが見つけたボロイ小さな青看板があったのは、El Cano通り(Calle de El Cano)の、モユア広場から徒歩1分の場所で、通り向こうの目の前にチャパリ宮殿の中庭が見えるあたり。
Google mapではバス停の表示はないが、MapsMeアプリではバス停El Cano 5(別名San Jose Plaza)の場所がポイントされているので、ガステルガチェ行きを計画されている方はアプリで場所を確認してほしい。
バス停名の”El Cano5”だが、おそらく住所の番地表記であり、Cano通り5番地バス停という意味なのだろうと考えられる。
バスに乗り込むときに念のため運転手さんにこのバスはガステル・ベギに行くことを確認し、一安心。
最終的には私たちはビルバオ発7:40のバスに無事に乗車できたのだが、朝からバス停が見つからないトラブルとは、バスク旅は侮れない。 -
ビスカイ3517バスは空港のルイ地区や港町のバキオを経由してガステル・ベギまで1時間20分。
9時過ぎにガステル・ベギの停留所に到着した。
路線バスなのでビルバオからのバス代金は安く、一人2.55ユーロ。
ガステル・ベギのバス停へと到着したらまず探すのが、お手洗い。
この先のルート上にはトイレはないので、歩き出す前に行っとかないとね。
大人の女性旅では体内の水分を排出する機会を逃さないのも、旅の大事なミッションの1つとなる。サン ファン デ ガステルガチェ 寺院・教会
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バス停から先は車止めがあり一般車両は入れなく、そこから少し先にゲートがある。
実はここでゲートチェックを受けなければならなかったのだが、私たちはこのゲートがチェックポイントとは気が付かず、見事にスルーしてしまう痛恨のエラーをやらかした。(到着した時には係員もいなかったし…)
私がチェックポントでのミスに気が付いたのは、目的地の孤島の上に到着してからのことで、時すでに遅し。
帰路にチェックポイントの詰所で、係員のお姉さんに行きにチェックせずに通ってしまったことを、謝罪したのは言うまでもない。 -
このGaztelugatxeのゲートをくぐった先が、海岸線へとつながる遊歩道。
遊歩道は歩きやすく整備されているが、それなりのアップダウンがある。
まだ気温の低い朝の時間帯だったので多少の勾配はあまり気にならなかったが、午後の暑い炎天下の日差しの下だと体力の消耗が激しいかなり厳しい道となる。
私たちは500mLのペットボトルを1人2本持参して、熱中症予防。
たかだか岬の小島まで往復するのにそんなに水が必要?と思うかもしれないが、乾燥しているバスク地方の夏の太陽パワーは強烈で舐めてはいけない。
お昼過ぎにビルバオへと戻った時にペットボトルのほぼ2本を飲み干していたので、夏場にガステルガチェのトレイルを歩くならば、ちょっと重いが1L持参が安心だ。
トレイル沿いの道端では、バスク地方の野の花の姿。 -
紫の小さな蕊が寄り集まる、かわいらしい花もたくさん咲いていた。
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海風が強い場所なので、どの植物も葉の厚みがある。
塩分に対抗する手段なのだろう。 -
イチオシ
チェック・ゲートを過ぎて10分も歩くと現れるのが、最初の展望台。
そして、そこで初めてガステルガチェの全容が見えてくる。
赤い屋根の修道院(サン・ファン教会)と、竜が身をくねらせるように見える石階段。
朝は曇っていた空もきれいに晴れ上がり、海に光が入り水面を輝かせていた。 -
展望台の柵から身を乗り出せば、孤島の全容がさらにはっきりと。
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ゲームが趣味の方だとこのあたりの写真で気づく方もいるかと思うが、このガステルガチェはゲーム・オブ・スローンズのシーズン7でドラゴンストーン城のモデルとなり、実際にロケを行った場所だそうだ。
映像作成時には残念ながら赤い屋根はCGで消されて、尖塔のある城として描かれたらしい。
そんなこんなでガステルガチェはゲーム・ファンにも人気で、昨今では夏場の予約は結構早い段階で埋まってしまう。 -
展望台から先は、海岸線までの下り道。
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遊歩道にはたまに分かれ道があるが、看板があるから大丈夫。
看板はスペイン語だが、雰囲気でなんとなくわかるはずだ。 -
イチオシ
数歩進むたびにガステルガチェの新しい角度からの景色が見えてきて、ついつい写真タイム。
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坂道を下る時間はそんなに長くなく15分くらいかな。
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荒々しい海食窟のある孤島がどんどん近づいてくる。
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海岸線にでると、そこから先が本当のガステルガチェ。
何世紀もの間、修道士たちがレンガと積み石を積んでかけた橋が陸地と孤島を結ぶ。 -
ドラゴンの背骨であるかのようにうねる石積み。
見えない翼が背骨の両脇にはあり、海岸を抜ける風の音がドラゴンが肩をゆすり翼を鳴らす音にも聞こえてくる。
ガステルガチェの橋そのものは9世紀くらいから石積みを作っていたそうだが、天候や敵襲などが原因で幾度も壊れ、現在の石積みは主に19世紀以降に修復されたものだということだ。 -
海岸線から海をのぞき込むと、波打ち際にあるのは何やら日本でも見慣れた模様。
ギザギザとした山形の波形が綺麗に並ぶ、鬼の洗濯板と呼ばれる地形が見えた。 -
そう、ここガステルガチェも柱状節理が作る自然の要塞。
海へとつながる島の側面にはまだ倒れていない摂理の柱が斜めに並んでいた。 -
さあ、いよいよ石造りの要塞への一歩をいざ!
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島の山頂までの石畳には十字架のモニュメントがあり、そこにはローマ数字が彫ってあった。
更に歩き始めの十字架には Crucis banoの文字。
直訳すれば、“十字架が入浴した”となるのだが、その昔に大波で十字架が流されたのだろうか? -
現在の石畳の表面は、少しおしゃれに小石を並べてデザインしてある。
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石橋の道幅は細身の大人ならばすれ違い出来るが、横幅があるとちょっと厳しいくらいの細さ。
ガステルガチェが入場人数を時間ごとで決めているのは、このあたりの混雑緩和が目的だろう。
こんな狭い通路で渋滞が起きてしまったら、危険すぎる。 -
石段を少し登ったところで、登ってきた石階段を振り返る。
階段の勾配はそれなりに急なので、少し登るだけで高さが感じられる。 -
ガステルガチェの修道院(サン・ファン教会)についての公文書の記録の最古は9世紀だが、修道院自体の紀元はさらに古いといわれていて、1500年以上前からこの石の要塞修道院はあるらしいが、最古の公文書が10世紀ころとなっているので、公式的には10世紀の頃の建築物だ。
日本で10世紀と言えば、菅原道真の頃で11世紀初頭に道真は大宰府に流されている。だから、感覚的にはガステルガチェは太宰府天満宮と同い年齢くらいなのだろう。 -
ガステルガチェは宗教施設の礼拝堂や修道院といて使われていたのはもちろんだが、海賊のフレンシス・ド・レープとの戦いにおいて戦略基地となったこともあり、この地方の歴史と密接にかかわりながら長きにわたり、海を見守ってきた。
現在のガステルガチェの役割は、この地方の漁師さんたちの安全祈願の礼拝施設だ。
(写真:石階段の途中から見下ろす海:鬼の洗濯板のサメの歯上の石畳が水の上からもよくわかる) -
石畳の途中の十字架には6のローマ数字。
日本風に言えば、6合目ってことだ。 -
イチオシ
海岸から身をくねらせ上がってくる石階段は、確かにドラゴンみたいで、
昔の人たちがこの形状に畏怖の念を抱くのも納得の景色だった。 -
石階段の両脇は切り立つ岩崖だが、波をかぶらない上の方は緑地帯。
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草むらの中の小さな花影から出てきたのは、リアル・ドラゴンのトカゲ。
日本のトカゲよりも足が太く、よりドラゴンに近いかな。
お寺などにある日本のドラゴン:竜の描画は前足が小さくて短いものが多いからね。 -
ガステルガチェにはいくつかの言い伝えが残されているが、その一つが石畳に残された足跡。
その昔、この地を訪れた聖人ヨハネは、なんと3歩でこの石畳の階段を歩いて島の修道院まで到達したという伝説が伝えられている。
3歩というからには、日本のデイダラボッチみたいな巨人なのかと思うが、そうでもないらしい。
その証拠が石畳に3か所残された聖人ヨハネの足跡。 -
私の24cmの靴との比較から完全してもヨハネ聖人はせいぜい大きくても30㎝前後の足サイズ。
ということは…
聖人ヨハネはコンパスのように極端に足が長い体形だったに違いない。 -
石階段を登り詰めると島の最上部にあるのは赤い屋根のサン・ファン教会。
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昔は軍事基地や要塞になったりしたこともあるガステルガチェのサン・ファン教会は、今は海の男たちが祈りをささげるCapilla(礼拝堂)として孤高の島の最上部から海の安全を見守っている。
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礼拝堂の丸窓は船のデザイン。
内部から見たらきれいなのだろうが、この日は内部への入場はできなかった。 -
内部へは入ることはできないが、礼拝堂の内部は、正面の扉丸窓からのぞきこむことができた。
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シンプルな内装だが、宗教的な絵画以外の飾り物よりも航海にまつわるアイテムがたくさん。
光が透過するステンドグラスの色合いも美しい。
この礼拝堂の入り口には大きな鐘が吊り下げられ、3回鐘を鳴らすと厄除けの効果があると言われているのだが、残念ながらこの日は鐘の紐は短く固定されていたため、誰も鳴らすことはできず。
まあ、確かに、観光客がみなが鐘を鳴らしていたら、うるさい…のかもしれないので、仕方がない処置だ。 -
島の山頂の旗はバスク地方の徽章。
スペインは各地方の独立運動が盛んで、現在でもバスクやカタラン地域は虎視眈々と独立の機会を探っている。 -
現在は無人の礼拝堂だが、島の崖の周囲にはその昔、修道士が生活をしていた痕跡が多く残されていた。
この写真は礼拝堂のすぐわきの崖だが、生い茂る雑草の中をよく見ると、野生化したキャベツや青菜が元気に育っていた。
足を滑らせたら崖を滑り落ち海までまっしぐらの野菜畑。
刺激なんて一切ないと思われがちな修道士や修行僧の生活だが、そんなことはない。
バランスを崩したら一巻の終わりのこの崖の上で作物を作る彼らの毎日の畑仕事は命がけ。
修道士の生活は毎日がアドレナリン大放出のスリリングなものだったに違いない。 -
礼拝堂の裏で見つけたのは畑の名残だけではない。
褐色にヌラヌラと光る軟体動物が何匹もいた。
巨大ナメクジかと思ったのだが、 -
礼拝堂の壁に掲示されていた海の生き物の図鑑によれば、多分、ナマコらしい。
それにしたって、ナマコって、海からこんなに高く上がってきた水から離れた場所でも、生活できるのだろうか。 -
帰路に上から山頂の石階段を眺めると、勾配が急であることがよくわかる。
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時刻は11時。
バスクの夏の太陽光は容赦なく、じりじりと肌を焼く。
この時間帯に上ってくる方たちは、みんな肌が真っ赤に日焼けしていた。 -
帰路も歩きながら、時折後ろを振り返り、ガステルガチェの姿を脳に焼き付ける。
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ガステルガチェは調べるのに少し骨は折れたが、訪れた日は天気も良かったし、本当に来れてよかった。
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帰路の坂を登りきってしまうと、ガステルガチェの姿はもう島の一番上のサン・ファン教会のエリアしか見えない。
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イチオシ
だから、登りきる前に展望台からガステルガチェの最後の姿をしっかりと眺めて、ビルバオへと戻るバス停へと向かう。
帰路の歩きはそんなに時間がかからなかったが、急な坂道を島の山頂から下り、海岸線から登ってバス停までは、約40分の炎天下の散歩道。
バスクの太陽はバスク人の情熱と同じくらい、熱かった。
前の旅行記: 呑んだくれ女のバル巡り
https://4travel.jp/travelogue/11931121
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