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グーグルが善で、中国が悪なのか?

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  • author 福田ミホ
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グーグルが善で、中国が悪なのか?

確かに、「中国ってこわい」だけで片付けてはいけない気がしてきました。

こちらは、米Gizmodoのブライアン・ラム編集長による、グーグル中国市場撤退をめぐる動きについての考えさせられる手記です。

続き以下、ラム編集長よりです。

グーグル中国からの撤退を表明し、セルゲイ・ブリンは検閲に対抗するようアメリカ政府に働きかけています。アメリカにはこれまでも、外国に対し、倫理的・経済的な基準を押しつけてきた過去があります。こうした発想はよろしくないんです。戦争とは、このように始まるものだから、です。

検閲なんて、確かに自由な世界のネティズンにとっては、いまわしい言葉です。でも僕たちだって、企業利益を保護するための検閲や、宣伝をしています。なので、グーグルの姿勢を支持すべきなのかどうか、僕にはよくわかりません。

僕は、他のアメリカ人とは少し異なる視点から話をしています。僕はこの国で生まれましたが、夏はいつも香港で過ごしていました。香港は、アヘン戦争の後にイギリスに割譲されていた土地です。そのごく小さな土地で、中国にアヘンを輸入させる権利をめぐり、戦争が行われたのです。問題は、イギリスはアヘンの有害性を認識していて、自国ではそれを禁じていたということでした。イギリスは、自国の利益のために、有害なものを外国に持ち込むための戦争を行ったのです。中国は敗戦し、アヘン輸入を受け入れざるを得ませんでした。

僕の祖父は見方によっては、意地悪な人種差別主義者だったかもしれません。が、祖父はイギリスの超資本主義にも、中国の共産主義にも屈することがありませんでした中国共産党によって多くの財産や文化を失い、西洋によって多くの文化と誇りを損なわれたにも関わらず、その姿勢は変わりませんでした。祖父は全白人による香港のプライベートクラブに、現地人としては初めて招かれたメンバーでしたが、その招待を断りました。そんな人がいても、文化や思想の侵略に抵抗することは、イギリスの軍事力への対抗と同様、簡単ではありませんでした。すぐに広告、つまりは商業的なプロパガンダが、一般的になっていきました。

祖父は僕たちが子供の頃から、ディナーでは西洋のスーツを着て、フランスのワインを飲み、ヨーロッパの食べ物を食べるように強要しました。祖父が倒れる前に話していたのは、初めてフォークとナイフで食事をしようとしてチキンが皿から飛び出し、どんなに恥ずかしい思いをしたか、ということでした。中国風の生活は野蛮だとする西洋人が正しい、と感じたのも無理はないと思いました。

こうしたことは、国家が現地人を征服するときに繰り返し起こってきました。ハワイでは、サーフィンはみだらだと言って宣教師に禁止されました。白人ネイティブアメリカンたちに資本主義の思想を教え、土地や空、水は人間が所有することができるものであり、全ての人や動物や神に属するものではない、という考えを吹き込みました。西洋人にとって、他国に対し価値観を押しつけることは伝統となっているのです

これまでずっと、「利益」とか「所有」とか「侵略」というのは、西洋にとって「共産主義」や「検閲」ほど悪い言葉ではなかったのです。(中国だって、なんらかの手段での所有という意味でまったくの聖人というわけではありませんが。チベットとか、台湾とか)

グーグルは2006年、恐る恐る中国市場に参入しました。(以下はグーグルの公式ブログより引用)

我々は自問自答の末、この結論にたどりつきました。どうすれば世界中の情報を整理し、誰からも便利に利用できるようにするというグーグルのミッションを推し進められるかと考えたのです。簡単に言えば、どうすれば、最大数の人に、情報への最大のアクセスを提供できるか?ということです。

検索結果をフィルタリングすることは明らかに我々のミッションを危うくするものです。が、世界の人口の5分の1に対しグーグル検索をまったく提供できないとしたら、ミッションの達成はさらに難しくなります。

グーグルは自分たちで決断したのです。自分たちの、たくさんの情報を信頼できる手段で提供するという大きなミッションを実現するために。それでも、情報コントロールの傾向が強い政府に迎合することで、自分たちの名誉が傷つくのではないかと恐れていました。グーグル自身の、インターネットをコントロールしよう、または少なくともそこから利益をあげようとする欲求を見ると、なぜそのように恐れていたのかがわかります。欲求といっても、それはもちろん社是である「邪悪になるな」を守りつつ、ですが。僕らは多分みんな、グーグル自身がしている検閲を許しているのですが、その検閲は、各国の司法権を尊重しており、悪ではなかったのです。

現在、グーグルはかつてイギリスが地球全体を支配したようにネットの世界を支配してはいますが、それでも、グーグルがかつての香港におけるイギリスと同じだと言うつもりではありません。彼らは、つい先日、思想的な対立が明らかになるまでは、ただ自分のやるべきことをしていたのです。そしてグーグルは中国による検索結果検閲に、今後は従わないことを表明したのです。グーグルがそれを表明したところで、中国のファイアウォール越しにフィルタリングを受けているユーザーにとっては、結局は同じことです。でも、グーグルにとっては意志表明することが重要だったのです。それは、グーグルに対する中国のハッキングがきっかけでした。そうしたいきさつ、そして以下の発言は、まるでグーグルが中国全体を批難しようとしているように見えます。

ニューヨーク・タイムズにブリンが語ったところでは、中国に言論の自由がないことが、市場からの撤退を促したそうです。

検閲、政治的言論、そしてインターネットコミュニケーションに関して、ブリン氏いわく全体主義的な空気があり、それが政策を支配しているということです。「我々は、そうした全体主義には反対です。」とブリン氏は主張します。

その考えは誰もが尊重するでしょう。結局彼らは撤退して、イギリスがアヘンを中国に押し付けたときのような、侵略者的なふるまいはしなかったのですから。「汚れ仕事は自分でやれ、中国」とグーグルは言い捨てたのです。「自分のネットは自分でフィルタリングしろ。我々はお前たちの代わりにそれはやらない。」が、中国の懸念も、同じ理由でもっともなのです。文化や思想への傾倒は深刻なものであり、アヘンよりも広く普及する、危険なものだからです。

中国はグーグルに対しプレスリリースで応じています。

事実、どこの国でも、インターネット上での情報流通規制は行っています。ポルノ、暴力、ギャンブル、迷信、または反政府や人種差別、宗教上の過激派、人種主義、テロリズムや反外国的感情に関するコンテンツに対する規制です。

この中国の主張、レベルの違いこそあれ、どの国でも政府による検閲が行われているということは正しいです。また、自国内のネットにおいて、何が流通してよいか自国で決めたい、という姿勢も正しいです。または、他国に比べておかしいということはないです。(中国におけるある種の罪に対する罰則が死ぬほど重い、ということを含めても、です。この点は無視はできません。でも、それは僕が言おうとしていることではありません。)

たとえばオーストラリアでは、問題あるゲームや映画をつねに禁止しています。アメリカでは、児童ポルノは暴行と同様に重く扱われます。また、2004年には、グーグルとヤフーが、違法ではないオンラインギャンブルサイトの広告を禁止していたのをご存じだったでしょうか?このブログでは、イギリスのDigital Economy Bill(著作権保護を厳格化した法案)を中国のネット検閲に関する法律と比較し、特に、レコード産業サイドが推し進めた章について強調しています。

資本主義社会においても共産主義社会においても、深いレベルで見れば同じことが行われているのです。アメリカでは、中国にはない種類の検閲が行われているのです。それは、情報の流れにおいて、商業利益、特にメディアの利益を保護するということです。(中国はこの種の検閲をしないため、暗黙のうちに著作権侵害文化を推進しています。)

デジタルミレニアム著作権法(Digital Millennia Copyright Act、DMCA)について考えてみましょう。DMCAは、コンテンツ流通よりも、企業の利益を優先するものです。グーグルのYouTubeはその法をきちんと守り、著作権侵害の動画は削除しています。文化そのものにとっては、YouTubeで『アバター』が無料で観られるほうがプラスかもしれない、のですが。(もちろん、無料だと『アバター』を作った人たちにとってはメリットがなくなるでしょう。)

つまり、これが法の形をした検閲なのです。インターネット上の権利に関する論客、ラリー・レッシグ氏は、著作権はアメリカの憲法修正第1条(First Amendment、言論の自由を定めたもの)に反するとすら主張しています。著作権は、情報に対する規制なのです。僕はアメリカ人だし、コンテンツ製作者の権利を守ることは大事だと考えています。これらのルールには賛成です。でも、このルールは検閲の一形態なのです。そしてこのルールは、中国には受け入れられない思想なのです。中国では、ほとんど無料でコピーできる情報よりも、物理的なモノのほうが重視されているのです。誰かが、「コピーは窃盗だ!法律違反だ!」と言うなら、まあそれもそうでしょう。でも、中国では、中国自身が自国のルールを作っていて、その中では政府に反するような発言をすることだって違法なのです。国家権力とは、そういうものなのです。

DMCAの検閲は、人類全体の利益よりも個人の目的と利益を優先する資本主義の思想には合っているので、中国の検閲よりはマシな気がするだけです。中国にとっては、反乱から政府を守ることとか、ディスク代だけで無料でみんなに映画を見せることのほうが、著作権より大事なのです。中国は長い間統一できずに苦しみ、秦の始皇帝が紀元前221年に初めて統一に成功した国です。(この知識はWikipediaで学んだだけなのでその点、ご容赦ください。白人中心のアメリカの学校では、中国の歴史をあまり勉強しないので。)政府は、世の中の混乱を防ぎたいだけなのです。だから、「YouTubeから『アバター』を削除して、違法コピーをなくそう」という考え方も、「反中国政府的なサイトへの検索をブロックして、政府への反乱をなくそう」という考え方も、似たようなものなのです。資本主義の検閲と共産主義の検閲が「似ている」と考えるのは難しいかもしれませんが、中国側からはどう見えるか、少し考えてみてください。アメリカでは、お金をたくさん持っている人が、強いのです。

ロビイストについては言うまでもないでしょう。

そして、プロパガンダ。中国における政府公認声明の資本主義版はなんでしょう?それは、広告です!グーグルの利益の源泉、広告です。でも、多分僕たちは広告に慣れきっているから、大丈夫なんです。もう、当たり前になっているんです。

中国人たちは、彼らの指導者は、神によって選ばれたのだと思っています。アメリカとは違い、チェック&バランスは歴史的に中国では必要なかったのです。なぜなら、体制の変化というのは、神が地震を起こすのと同じくらいシンプルなものだと思われているからです。中国のプレスリリースを読み返してみると、中国は部外者の圧力で自分たち自身を失うことを恐れているように感じられます。彼らは共産主義によって多くの文化を失っているので、そのうえまた、という事態は避けたいのです。中国は、外国政府の方針について物申してくるグーグルのことも恐れているでしょう。でも、勇敢なるグーグルは、インターネットの自由のために立ち上がったのかというとそうではなく、広告を売る自由のために立ち上がった、というほうがいいでしょう。

中国は、政府だけでなく、普通の人も、グーグルを恐れてしかるべきなのです。中国にいながら中国政府を恐れている人々も、僕の祖父のように、香港に住んでいて、資本主義者で、中国が西洋の影響から自由である権利を主張しているような人々も、です。香港には、西洋文化が良くも悪くも異様な影響を与えてきました。数年前には人口当たりのロールスロイスの台数が世界最多だとか、ショッピングがまるで国民的ひまつぶしだとか、それでいて大きな美術館はまったくないとか。中国が巨大企業を恐れるのも無理はないと思います。

以下は中国・新華社通信からの引用です。

残念ながら、グーグルの最近の行動は、同社が中国における事業を拡大することだけでなく、文化や価値観、思想までも輸出しようとしていることを示しています。

これを見ると、僕は祖父の痛みを思うのです。祖父はイギリスに対して意識的に反抗しながらも、ヨーロッパのスーツを着ないと人としてだめなのではないかと思うような影響も受けていたのです。そんな感覚が、どれだけ負担だったことか。中国ではこうした外国恐怖心理が強く働いていますが、それでも、中国の企業が、米国政府に対して方針を押しつけるような力はないでしょう。(彼らはアメリカにお金を貸してくれているだけです。)

ところで、グーグルの主張は、情報流通はオープンであるべきだということなんでしょうか?オーストラリアやアメリカや他の国では、グーグルはいろんなフィルタリングや特定のデータにアクセスしたことへの処罰をしているのに?それとも、中国が政府批判を検閲することを問題視して、それは人権侵害だと言いたいのでしょうか?もし人権侵害について問題視しているのなら、興味深い倫理感だと言えそうです。あ、今日のブリンの発言で、マイクロソフトが中国の法を尊重していることについて批判しています。

私の理解では、マイクロソフトは事実上市場シェアを持っていないのです。そのため、彼らはただグーグルに反論したいがために、言論の自由や人権について反対する発言をしたのです。

セルゲイは、中国人全体の権利をどう考えてるんですかね?

僕はアメリカ人として、僕らの政府が持つ倫理的問題点も認めつつ、こうした発言をある程度認めます。でも僕は、共産主義も傲慢な白人も同じくらい憎んでいた祖父の孫として、この手の倫理的な決めつけにはうんざりしています。この発言をしたグーグルは、中国に門戸を開かせたら、そこに情報(そして広告)を流すことで利益を得る企業ですから。そうだよね、ブリン?結局この発言で、利益によってスタンスが変わる、ってことがわかってしまったんです。グーグルの主張を言い換えればこうです。自由な人々の栄光のために!その人たちに広告を押しつけるために!

アメリカのルールは僕らの思想を反映しているので、それを客観視して議論するのは難しいことです。僕自身はこうしたルールに賛成だし、実際、資本主義と広告に支えられた産業に従事してもいます。言論の自由には、政府批判の自由も含めるべきだと思うし、それはチェック&バランスが必要だと思うからです。アメリカやグーグルが、著作権付きのコンテンツを検閲したり、ニュース価値のある企業秘密のリークをストップしたりする根拠も理解しています。

でも、「グーグルとアメリカが善で、中国は悪」と判断できるだけの根拠が、僕らにあるのでしょうか?祖父がこの状況を知ったら、グーグルとアメリカは外国思想の密輸者で、企業広告を通じた情報工作者で、企業利益を守るためなら検閲を容認する政府の犬、と思うことでしょう

以下はニューヨーク・タイムズからの引用で、強調部分は僕が付けたものです。

グーグルの公共政策部門ディレクターのアラン・デービッドソン氏は、米国上下両院の公聴会において次のように語りました。米国政府は、特定のWebサイトについて制限をかける国家に対する開発援助の保留を検討すべきだと。また、検閲は人権問題以上の問題になっており、インターネットを通じて顧客に接触しようとする外国企業の利益を損ねるに至っている、としました。

上の文章はニューヨーク・タイムズのものですが、そこでも、アラン・デービッドソン氏は利益のために戦っている、と考えられているのは明らかです。

僕の中の、権力に懐疑的な部分は、アメリカの方が正しい、とは考えていないのです。僕らはただの資本主義者です。グーグルの、「中国だけが悪」という主張は、あまりに視野の狭いものです。グーグルが、その技術を使って、パズルをひとつひとつ埋めるように事業を拡張していく様子は、まるで彼らこそ帝国主義、情報全体主義の象徴のように見えます。同時に彼らは最強のオンライン広告事業者であり、近い将来は全媒体で最強の広告事業者になろうとしているのです。そして、政府にチェック&バランスが必要だとするならば、現時点でグーグルは、小規模国家よりもよほど大きな力を持っていることを意識すべきでしょう。将来的に何が起こるかわかりませんが、グーグルが今後、さらに市場シェアとユーザーを拡大していくのは間違いないでしょう。

多分僕は、多くのアメリカ人が中国を恐れるのと同じ理由で、グーグルを恐れているのです。今何かをされているというわけではなくて、もしチェックなしで放っておいたとしたら、将来彼らが僕らに対しどれだけの力を持ってしまうか、ということを恐れているのです。肉体的な意味では、アメリカが最低限守ってくれるので、中国の拷問みたいなものを恐れているわけではないです。もっと心理的なものです。心には、僕が買いたくないものや、考えたくないもの、プロモーションに協力したくないもの、それでも、そういうものがなければ、僕が不幸なように感じられてしまうようなものたちの広告がどんどん入ってきます。これはとても危険なことです。(なお、この場を借りてこのサイトのスポンサーの皆様に感謝したいと思います!)

何事もタダではなく、企業でも、国家でも、大きな力を行使するためには悪もなしてきました。こうしたことを、中国もグーグルも、学ばなくてはいけないのかもしれません。

Brian Lam(原文 / miho)