吉田氏が語るこれまでとこれから
2012年11月11日に、スクウェア・エニックスのMMORPG『ファイナルファンタジーXIV』(以下、旧『FFXIV』)がグランドフィナーレを迎え、約2年の歴史に幕を降ろした。今後は、いくつかのフェイズに分けられたテスト期間を経て、旧『FFXIV』のリニューアル版として同時に開発が進められてきた『ファイナルファンタジ
ーXIV: 新生エオルゼア』(以下、『新生 FFXIV』)へとサービスを移行する。
MMORPGタイトルの改修と運営、そのリニューアル版を同時開発。この前代未聞とも言えるプロジェクトはどのように始まり、どう導かれてきたのか。そしてその未来は? 旧『FFXIV』のサービス開始から約2ヵ月後の2010年12月10日にプロジェクト全体を統括するプロデューサー兼ディレクターに就任し、舵取り役を担ってきた吉田直樹氏に話を聞いた。(※インタビューは11月12日に行われたものです)
解説:旧『ファイナルファンタジーXIV』
旧『FFXIV』は、『FF』シリーズのナンバー14、2つ目のMMORPGとして、2010年9月30日にWindows版のサービスをスタートした。しかし、さまざまな要因から順調な立ち上がりとはならず、同年12月10日に「お客様からファイナルファンタジーとしてご期待いただいている水準に達していないと、深く反省するとともに、心よりお詫び申し上げます」(スクウェア・エニックス代表取締役社長・和田洋一氏の序文より抜粋)という公式の声明を公開。開発体制の一新が発表された。その後、改修を続けサービスは継続されたが、同時に開発が行われていた『新生 FFXIV』への移行に向けて、今年11月11日にひとまずサービスを終了した。
2ヵ月後の決断は遅かった? 開発体制一新の真実
ーー11月11日に旧『FFXIV』がサービスを終了し、『新生 FFXIV』はαテストを開始しています。『FFXIV』チームが取り組んできた"新生"というプロジェクトが一段落、そして大きな一歩を踏み出したところだと思います。いまの率直な気持ちをお聞かせください。
吉田 正直なところ、僕個人はホっとしています。旧『FFXIV』に関してはプロジェクトを途中から引き受け、スタッフを含めて"いまできるベスト"を尽くしてきました。理想とのギャップに対する葛藤もありましたが、それでもなんとか想定した結末に着地できたと感じています。大きな船を港まで接岸することができた、という気持ちですね。
ーー旧『FFXIV』はサービスインから2ヵ月足らずで開発体制の一新を発表。ゲームファン、業界関係者も含めて、衝撃的な決断に見えたと思います。このときの状況、そしてこの判断に対する吉田さんの見解を、お話できる範囲でお聞かせください。
吉田 そうですね……じつは、サービス開始直後の2010年10月上旬に「これは全社を挙げて人材を投入して立て直さないとどうにもならないだろう。MMORPGを軽く見すぎているし、お客様をこの状態で放置するのはありえない」という進言はしました。βテストでのお客様のフィードバックに対する施策もあやふやなままサービスインしている状況でしたし。会社としては旧体制のまま立て直せるかどうか、迷いのあった時期でした。ただ、責任がないとは言いませんが、立場上決定権のないスタッフたちが辛いだろうな、とも思っていました。お客様からきびしい声をいただくのは当然ですが、社内でもそういう雰囲気が強い時期でしたから。
ーーそういった状況から2ヵ月での決断。対応は早かったと言えるのではないでしょうか?
吉田 うーん、個人的にはもう1ヵ月早ければ、と思わないこともないです。もう1ヵ月早ければお客様のキャラクターレベルも上がらず、サービスを一旦停止して作りこみもできたかなと。さらにもう1ヵ月早ければβテストを継続するという選択肢もありました。
ーー吉田さんのプロデューサー兼ディレクター就任の時点では、サービスをいったん停止するという選択肢はもうなかったのですか?
吉田 なかったです。パッケージだけでなく10万円、20万円のPCを購入して遊んでくださっている方々がいて、レベルも上がっている。もうその時点でのサービス停止というのは、僕の選択肢にはありえませんでしたね。
ーーなるほど。では、旧『FFXIV』の立ち上がりが順調にいかなかった要因を、吉田さんはどう分析されていますか?
吉田 きびしく言えば、"慢心"という言葉に集約されるのかなと。サーバー構築、技術的なトラブル、世界基準のマーケティング&リサーチの不足、お客様とのコミュニケーション不足。問題となった点は複数ありますが、それらを引き起こしたのは、『FF』ブランドだから大丈夫、『FFXI』での蓄積があるから大丈夫、といった気持ちが『FFXIV』チームだけではなく、スクウェア・エニックスとしてもどこかにあったからだと思います。だからこそ、僕は「何よりもまずお客様に謝るべきだ」と訴えて、2010年12月10日の公式発表となりました。幸い、怪我の功名というわけではないですが、今回のことで現在は会社全体で一致団結していい方向に向かっています。とはいえ、そんなことはお客様には無関係なことですし『新生 FFXIV』はもちろん、信頼を回復するために今後も真摯にお客様に向き合い、キチンとしたものを世に送りだしていくしかないですね。
解説:旧『FFXIV』グランドフィナーレ
旧『FFXIV』のグランドフィナーレは壮絶なものだった。連続クエストで語られてきた終焉への物語を受ける形で、サーバーダウンと同時に"時代の終焉"トレーラーを公開。降臨したバハムートによって蹂躙される世界、物語の鍵を握るルイゾワ翁の力によって転送される冒険者たち……。感動と、いやがおうにも高まった『新生 FFXIV』への期待感に、すべてのプレイヤーが少なからず感嘆の声を上げたはずだ。また、ここにいたるまでに、引き継ぎのない最終セーブ後の世界を盛り上げるべく活発にイベントを行った開発・運営チームの奮闘ぶりも、"新生"への期待感を大きくする一因となっただろう。
激動のリスタート、新体制発足の舞台裏
ーーそうして、開発体制が一新されることになりますが、開発・運営チームの動揺、反発といったことはありましたか? また、表面化はしなくともやはり誰もが不安な状況だったと想像しますが、これを改善し、チームをまとめるために吉田さんが心がけたこと、具体的に行ったことを教えてください。
吉田 直接言ってきたスタッフもいましたし、あとから話してくれたこともありましたが、僕に対して懐疑的な部分は少しありましたよ。僕は『ドラゴンクエスト』関連の開発にメインで携わっていたので、僕のことを知らない人も多かったですから。そういう目を向けるスタッフがいても、これはしかたないです。僕の容姿もチャラく見えますしね(笑)。ですのでチーム全体には最初に「チームには皆川がいる、髙井もいる、玉井もいる(※)。その誰かとはいっしょに仕事をしたことがあるだろうし、彼らのスゴさもわかると思う。その彼らが、僕にボスをやってくれと言ってくれている。まずその信頼感で1回いっしょにやってくれ」。そして「僕はとにかく必死に仕事をする。いっしょに仕事をして、それを見て、ついてくるかどうか判断してほしい」と話しました。それからはもうとにかく対話することでしたね。「何でもいいから疑問に思うこと、言いたいことは言ってくれ」と伝えました。ほぼ毎日飲みにも行っていましたね(笑)。メールのほうが話しやすい人もいるので、メールでもいいと。おかげで毎日メールが400通くらい届くわけです(笑)。それらすべてに返事を出して、ひとつひとつ不安や不満、疑問を解消してあげる。スタッフの多くが「悔しい」と言っていましたし、キチンと方向を示して、僕自身もがむしゃらに働く姿を見せる。2ヵ月ほどで戦える体制は整いましたね。「吉田さんが本当にこんなに働く人だと思っていませんでした」と、言ってきたスタッフもいました(笑)。体制一新と聞くと、スタッフも総入れ換えというイメージを持たれるかもしれませんが、ほとんどそのままなんです。オリジナルスタッフの9割は残っていますので。
ーーしっかりとコミュニケーションを取る、というのが吉田さんのやりかたのひとつと。
吉田 必要なことですが、それがマネジメント手法かと言われると、僕はそうは思ってはいませんね。個人的にマネジメントに関して大事なことだと考えて意識しているのは"決める"ということ。とくに"やらなくていいことを決めてあげる"ことです。そのほうがスタッフは楽だと思うんです。「それはできなくていい」、「そんなにやらなくていい」と言ってあげる。そして、決める判断基準となる"そのゲームで何を実現したいか"をディレクションする人がしっかり持っていること。さらにMMORPG制作では、後々の追加のために"基幹設計をシンプルにする"ことも大事な要素だと思います。
※順に『新生 FFXIV』リードUIアーティスト兼リードWebコンテンツアーティスト皆川裕史氏、リードデザイナー髙井浩氏、アシスタントディレクター玉井進太郎氏。
「作り直したほうが早い」『新生 FFXIV』開発決定の経緯
ーー体制の一新、旧『FFXIV』は改修しながらサービスを継続。ここにさらに『新生 FFXIV』の開発という決断が加わります。この結論にいたった理由をお聞かせください。
吉田 まず単純に、僕が考える『FF』のしかもナンバリングタイトルであるという価値。そして、MMORPGというジャンルの最先端のトレンド。このふたつを融合したときに生まれるタイトルが、どのラインにいなければいけないかを考えました。そこから、これを達成するために旧『FFXIV』に加えなければならない要素を出す。その後は、それらが実現可能なのかどうかを、時間をかけて徹底的に調査する作業です。毎日8~9時間調査し、夜集まって報告会を開いて精査していきました。そうしてありとあらゆる可能性を探った結果、"作り直したほうが早い"という結論になったんです。理詰めで考えて検証した結果ですね。感覚論ではまったくないです。
ーーコストなどを考えると、企業としても非常に大きな決断だったと思うのですが。
吉田 自分たちが蒔いた種で、自分たちが失ったお客様の信頼感。そのツケを払うのに必要なコストだという話をしました。失った信頼は簡単には取り戻せないし、そもそもお金で買えるものではありません。姿勢を見せてそれを続けることでしか、もう一回友だちににはなってもらえないんです。誠意を見てもらうために、たとえいくらかけようが、言葉は悪いですが安いものです。これに関しては、会社からも「その方針でやりきって欲しい」と言って貰えてある意味すんなりと決まりました。
ーースクウェア・エニックスの決意を感じるお話ですね。ちなみに、この改修、新規開発という超大型プロジェクトにはどのくらいの人数が関わっていたのでしょうか?
吉田 正確な人数はお答えできませんので、僕が"中規模な会社の社長さんくらいのプレッシャーを感じる"ということでご想像ください(笑)。
1日の実作業時間は6時間、開発チームのタスク管理
ーーつまり少なくはない人数が関わっていると思うのですが、スタッフとスケジュールの管理、コントロールはどのように行われているのでしょうか?
吉田 これは橋本(※)の提案を採用したやりかたなのですが、そうですね、たとえば僕はこのあとファミ通さんの原稿を確認するというタスク(仕事)が控えています。これに対して、何事もなく順調にいけば2時間で終わる、という見積もりを出します。これが最小見積もり。反対に、「この仕事にこれ以上時間をかけたら、働く身として恥ずかしくて生きていけないレベル」という見積もりを出します(笑)。これが最大見積もり。仮に6時間としましょう。まずこのふたつの見積もりを出すわけです。これを2点見積もりと呼んでいます。この見積もりをすべてのタスクに対して設定します。1日の実作業時間は6時間で計算すると決められているので、この場合だと1日がファミ通さんの原稿確認で終わる可能性があるということになります。
さらに"タスクの粒度"と呼んでいるのですが、内容も吟味されます。たとえば、いろいろなメディアさんの原稿確認をひとまとめのタスクにしてしまうと「それは粒度が荒い」と指摘される。メディアさんによって、原稿の分量も違えば確認期間も違いますから、見積もりの精度を上げるために"ファミ通さんの原稿確認"、"〇〇さんの原稿確認"と分解してそれぞれに対して2点見積もりを出すように指示されます。こうして見積もったタスクがまず4週間分、1スプリントと呼んでいますが、シートでの管理に加えて、すべて壁に附箋で貼り出されます。タスクが終わったら、附箋は完了置き場に貼りなおされる。未消化タスクは翌日にスライドする、ということを毎日朝礼で確認しています。そして4週間経ったら、また次スプリントのタスクに対していちから見積もりをし直します。
これをくり返して結果も細かく記録する。おおよそは2点見積もりの中間の時間でタスクが終わるのが基準値。これが最大見積もりに寄る人、これは危険信号です。仕事が遅いか見積もりが甘いわけです。逆に最小見積もりに寄る人、これは働き過ぎか、見積もりの段階でもっと早くできるタスクを楽に設定しているかです。こういう人は、面談をして改善するように指示します。どうしても改善されない人は、出してきた見積もりに対して、その人に合った系数を掛ける(笑)。というやりかたをしているのですが、これは、どんなにリスクがあってもここまでには終わるだろう、といった全体の進捗の予測を立てやすいのが大きなメリットですね。また、結果が積み重なって傾向が見えてくると、長期計画も立てやすくなります。
ーー自分の仕事の進捗状況はもちろん、この人のこの仕事が終わっていないから自分がこの仕事に取りかかれない、といったこともひと目でわかるわけですね。
吉田 それは、負の連鎖の元凶ですね(笑)。その手のタスクは朝礼の際に優先順位の入れ換えをして、優先的に終わらせることで未然に防ぎます。それも"技術者としての存在すら問われるレベル"に設定された最大見積もりのところでは終わるわけです。さすがにそこを超える人はなかなかいませんので(笑)。なので、ほかのスタッフも、それに合わせて前倒しできるタスクを先にやろう、というふうに臨機応変に対応できます。このやり取りを全スタッフが毎日しています。と、偉そうに僕が語りましたが、これは全部橋本考案で、タスクの計算シートももとは彼が作っています。本当にすごいなあ、と思いましたね。
※スクウェア・エニックスCTO兼『新生 FFXIV』テクニカルディレクターの橋本善久氏。
ライバル? 『FFXI』と『DQX』
ーー少し変化球な質問になりますが、スクウェア・エニックスとしては『FFXI』と『ドラゴンクエストX 目覚めし五つの種族 オンライン』(以下、『DQX』)、というMMORPGがサービス中です。ターゲットとする層やゲーム内容の差別化といったことを話し合ったりすることはありますか?
吉田 ありますよ。齊藤、藤澤(※)とは旧知の仲ですし、『FFXI』についても松井(※)と今後のことを話したりします。
ーー両タイトルについて、MMORPGとして吉田さんはどう見ていますか?
吉田 『DQX』についてはMMORPGに人を連れて来てくれるタイトルだと思っています。そして「『DQX』がおもしろいなら、同じオンラインの『FF』はどうなんだろう?」と思っていただけたら、ぜひ『新生 FFXIV』や『FFXI』をどうぞ、という感じです(笑)。『DQ』と『FF』の関係って、昔からそういうものだったと思いますし。『FFXI』に関しては、あれだけのコミュニティに支えられて10年続いた、ひとつの完成された作品。今後もそのコミュニティといっしょに歩んでいくだろうし、たとえば『新生 FFXIV』とお客を取り合うとか、そういったレベルのものではないですね。
ーーライバル視するということは……
吉田 ないですね。それぞれが向いている方向が違いますし、バランスもとれていると思います。
※『DQX』プロデューサーの齊藤陽介氏、ディレクターの藤澤仁氏。
※『新生 FFXIV』リードバトルプランナー兼『FFXI』プロデューサーの松井聡彦氏。
『新生 FFXIV』、手応えはいかに
ーーでは、その2タイトルに加わることになるMMORPG『新生 FFXIV』についてお聞きします。まず、αテストの現時点での手応えは?
吉田 僕が想像していたよりもいい手応えを感じています。テストに参加していただいている皆さんから「αテストだと思って正直ナメていました」、「このままβテストでいいんじゃないか」といった意見をいただけたのは何より嬉しかったですね。ネガティブにスタートしたタイトルですから、「ここまでできていますよ」という部分をしっかり見せられるように、こだわってα段階でもクオリティのハードルを高く設定したのがよかったと思います。
ーーそもそも『FFXIV』を知らない、触ったことがない、という人たちへのアピールポイントを教えてください。
吉田 『新生 FFXIV』は"『FF』のすべてが詰まった『FF』"というのが、押していきたい部分のひとつです。チョコボがいて乗れる。カインみたいな竜騎士もいる。イフリートもラムウも、バハムートもいます。僕はクラシック『FF』が好きなので、同世代の人に「俺たちのよく知ってる『FF』だ!」と思っていただいて、そこからお子さんや後輩に伝わっていく、というのは狙っているところです。とはいえ、そもそもMMORPGということで食わず嫌いな人も多いと思いますし、そこに対して無理矢理「いいから食べてよ」というつもりはないです(笑)。『新生 FFXIV』に興味を持って遊んでくれた方が、自信を持って親しい人に勧められる。そういうものをお見せして、自然に広がっていくのが理想ですね。そのために、βテストは大規模に行う予定です。βテストは無料ですし、そこで『新生 FFXIV』をおもしろいと感じてくださった方が、身近な人に「タダだし、いいからやってみてよ。絶対損はさせないから」となれば、それが一番のアピールになると思っています。
ーー吉田さんは、『新生 FFXIV』は何をもって成功と言えるとお考えですか?
吉田 ビジネスマンとしては失格かもしれませんが、売り上げは正直二の次で、やはり、お客様の信頼を取り戻すことをもって、ですね。
ーーズバリ、自信のほどは?
吉田 あります。なければこのプロジェクトを背負ったりしません。
ーー期待しています。最後に読者にメッセージをお願いします。
吉田 はい。とにかくいろんな話題にこと欠かないプロジェクトですが(笑)、今後はできるだけ多くの方に触っていただく機会を設ける予定ですし、「あっ、これぞ『FF』だな!」という情報も出していきます。ご期待ください。
解説:『ファイナルファンタジーXIV: 新生エオルゼア』
2011年10月14日にその存在が初公開され、旧『FFXIV』のサービスと並行して開発が行われてきた『新生 FFXIV』。今年10月29日よりαテストが開始されており、今後、吉田氏曰く「大規模な」βテストを経てPC版とプレイステーション3版のサービス開始へと向かう(開始時期は未定)。グラフィックやUI(ユーザーインターフェース)を始め、さまざまなゲームシステムも刷新されており、その名の通り"新生"した姿を見せてくれそうだ。