[go: up one dir, main page]
More Web Proxy on the site http://driver.im/
english
音楽的イメージのヴァリエーション(2/2)

3.「メタモルフォセス」

トバイアス:あなたの作品のもうひとつの面白い側面は、テクノロジーというテーマだと思います。急速なオスティナート、つまり繰り返すアルペッジオ演奏は、反映的であり、そのようなテクノロジーの世界に合っている。しかしながら、その現代を象徴するものであるテクノロジーというものを、徹底的に感情的な次元に変えてしまう。

グラス:確かに、そうと言えるでしょうね。音楽の核心は、反復ではなく表現力にあると、ずっと思っています。そういうふうに私は音楽を見ています。そして、私たちは、そのように音楽を感じるんだと思う。しかし、この音楽の出始めの頃は、今よりずっと過激的に思われた。でも、もう25年間、この音楽を聴いているということを、忘れてはいけないと思う。60年代の後半、70年代前半にこの音楽が初めて現れた頃、人々は私たちに物を投げたり、止めさせようとしたり、この音楽に対してとても怒っていた。皆が聴いていたのは音楽の技術的な部分であって、音楽が表現していることを聴いていなかったのです。それから技術的な部分に慣れてきたら、なんとなくそのことを忘れて、曲のリリシズムを聴くようになった。ただ時間がかかっただけだと思います。

トバイアス:表現力について話すなら、「メタモルフォセス」は、聴きなれてきた大きなスケールのトーンに比べて、静かな感じです。私にとって、その表現力は、あなたの音楽の中にある全く違う形の表現力のしるしだと思います。私的、内省的、静寂、親しさなど、ショパンの音楽にあるような、ロマン主義的西洋ピアノ音楽のように聞こえる。

グラス:だったらいいですね。ショパンのように聴こえたら嬉しいが、それほど高いレベルには至ってませんよ。アンサンブル作曲や劇用作品について話したし、5つの交響曲と弦楽四重奏曲もあるが、結局自分が演奏できる音楽がほしかった。合奏団の仕事で忙しいうちに、たぶんソロ音楽を作ったほうが良いと気づいて、70年代の後半にそうするようになりました。今の時点ではピアノ音楽だけの曲を数多く持っていますが。そのきっかけは、あなたがロマン主義やリリシズムと呼んでいるスタイルを探求したかったからなんです。あまりにも動的な音楽と一緒にされてきていたので、このような違う音楽を始めたんです。ちなみに、私は1年に15から20回のピアノ演奏会をするんですよ。ピアノのエチュードを今書いている。それらは少し違うけれど、基本的には自分のために書いている曲なんです。

トバイアス:それは『The Thin Blue Line』という映画に使われていますね。映画ではオーケストラ用にちょっと大きなスケールになっています。

グラス:どっちをさっきに書いたのかなあ。後で勝手に日付をつけるから、わかりません。どちらも、ほとんど同じ時、たしか数週間以内に作ったものです。

4. 『ドラキュラ』

トバイアス:『ドラキュラ』制作のきっかけとは?

グラス:古典的ヴィンテージ映画を数多く持っているユニバーサル社からのお誘いでした。ビデオとしてその映画を発売する考えがあったが、もっと現代的なものにアレンジしたがっていたようでした。サウンドトラックがないと気づいた時、作曲家にサウンドトラックを依頼すると思い浮かんだようです。私の取り組み方は、その映画が完成されていない映画として見ることでした。私がした事は、その映画を完成させることだった。もちろんトッド・ブラウニング監督がいなくて、私が間違えを犯したと言うことは出来なかった。本当にすばらしい仕事だったと思います。どうしろこうしろと言う人が誰もいない状況というのは、作曲家が映画の仕事をする場合は非常に稀なことなんです。

トバイアス:全くその通りです。普通は、監督と音楽監督が、監督やプロデューサが好きな音楽をつぎはぎした仮サウンドトラックを最初に作ってしまうから、作曲家がその時点で入りこむのは非常に難しくなってきますよね。

グラス:本当に困ったやり方です。でもそうする理由とは、編集者の誰もが言うように、編集者は音楽なしで映画を編集できないからだ。だから音楽を見つけ、フランケンシュタインの怪物のようなものを渡されるから、信じられないようなひどい音楽に聞こえる。そして、映画は出来上がってしまう。それが、映画にとって大事なことだから。まあ、『ドラキュラ』の場合も、映画はもう完成されてはいましたけどね。

トバイアス:よく使われる戦略は、例えばバロック時代の映画に、バロック音楽を使うというふうに、音楽を歴史的な時代に合わせるか、あるいは、ある音楽監督が言うような、歴史的ではなく民勢統計的な正しさに合わせるということになります。言い換えると、観客のタイプと要望に合わせるということです。

グラス:私は違う方法をとりました。『ドラキュラ』は、劇場作品としての観点から取り組んだのです。どちらにしても、それが私の映画への取り組み方なんです。私が見た限り、映画にした劇に見えたし、実際にそうだった。それから、それに伴う音楽団の大きさを考え、室内楽であるべきと思えました。考えとしては、弦楽四重奏団は、私が表現したかった親しみがあったし、弦楽四重奏団が思い浮かぶ、ドラマ的深みがあったんです。

トバイアス:でもクロノス・カルテットのこの作品の演奏には、微妙に音がはずれていることに気づきますけど。

グラス:ある特定の効果のために、弦楽器を使う方法をとりました。その曲を演じるように頼んだ時の条件は1年間の契約だった。私たちは、一緒に約20週間のツアーを行ったんです。その曲がとても成功したから、アンサンブルのために編曲することにしました。それは、合奏団は弦楽カルテットができないことが出来るし、弦楽カルテットは合奏団が出来ないことが出来るので、とてもおもしろかった。バスクラリネットの存在は、レンフィールドという人物を作り、その楽器が彼と一体となっていく。ところで、それは私が使ったもうひとつの技法で、オペラの世界からヒントを得たライトモチーフなのです。だから、人物にはテーマがあるのです。映画では、かなり珍しいことですね。しかし、音楽的な類似性を人物に与えることで、映画のドラマ的な構造を表す手助けをする手段となった。だから、レンフィールドの姿が現れる前に、彼の音楽が聞こえ、もうすぐ出てくるなと分かるわけです。

 音楽のないヴァージョンを聴くと、その古い映画のペースはとても陰気でのろいと感じるでしょう。だから、その音楽はペースが全く外れていたその映画のストーリーの欠陥を直せると思った。

 もちろん、私たちは、音楽がドラマ的な観点を与えてくれると分かってはいる。それは当たり前で、目に見えるものです。しかし、音楽によって映画のペースを変えるなんて、まあ、当然のようにそうなってしまうのです。でもこのように、古典映画であり、もう完成してしまって、さらに無茶苦茶なものに見えた場合、もしかしたら音楽によって、舞台監督のように映画の出来事を変える機会だなと思った。だからものすごく興味深いプロセスとなったんです。

トバイアス:実は、これには歴史的な前例があるんです。20年代中頃、ニューヨークの有名なロクシー映画館では、司会者が曲に合わせて映画を再編集していた。だから司会者が観客のために曲作りをしていました。その時いた演奏家や司会者の趣味によって多少ちがってはいましたが、この司会者は曲が完成したとき映像フィルムも再編集していたと言われています。

グラス:それは知りませんでした。今なら、八つ裂きにされてるところですね。

5. 『クンドゥン』

トバイアス:劇映画のために制作した、規模の大きい映画音楽についてお聞きしたいと思いますが、特に『クンドゥン』が中でも際立っているように思えます。優れたサウンドトラックとして広く認められていますね。あらゆる種類の音が取り込まれています。映画の問題は、面白くなるように、または効果的になるように台詞、音響効果と音楽をどう組み合わせるのかということです。『クンドゥン』では、これがとても効果的に見られます。例えば、テーマにふさわしい吟唱、打楽器の音などです。しかし、あなたの独特なスタイルとぴったり合っていますね。

グラス:まず、私はスコセッシと一緒に作業していました。一緒に仕事し始めたると、彼は最初抵抗しました。一緒に作業したくなかったんです。彼は、9ヶ月も10ヶ月も作曲に時間をかける必要はないと言いました。僕が映画を作って、後であなたが音楽を作ればいいと言った。しかし私は「いいや、マーティ、今始めなければならないんだ」と言いました。そして、彼も同意し、コラボレーションという考えが好きになった。それからはとても面白いプロセスになりましたよ。

トバイアス:スコセッシはバーナード・ハーマンのような人と一緒に製作することをとても楽しみにしていたと知られているので、優れた映画音楽を使う経験はとても長いものです。しかし、この映画では、砂曼陀羅の場面で、映像がとても形式的な構造に分けられています。突然、この形式的グラフィクな要素が映画の流れに取り込まれていて、なにげなく音楽が完璧にモチーフのパターンを際だたせています。

グラス:ご存知の通り、映画はダライ・ラマの話であり、スコセッシはチベット文化の芸術にぞっこんだった。彼はその時、チベットの何から何まで大好きで、おそらくまだそうかもしれないけれど、その時は本当にチベット文化にはまっていた。チベットは、私もすでによく知っていた地域だったんです。彼と映画について話すために会いに行った時は、70年代初頭、今から25年前に、ダライ・ラマに会っていたし、長い間チベット人音楽家と接点を持っていました。ですから、自分がチベット人音楽家と曲作りができると分かっていたし、チベット音楽がどんなものなのか知っていたんです。だから、彼にチベット人音楽家が映画への扉、道、入口を作ってくれるだろう、とスコセッシに言いました。西洋人観客にとって、その映画はエキゾチックであり、製作にあたっては、チベットの物でありながら、親しみのある物に基づかなければならないと言いました。そして、この音楽がその橋渡しになるだろうと勧めました。

トバイアス:おっしゃる通りになっていると思います。中には、あなたの典型的な音楽スタイルと違うところもありますね。フルートのソロのモチーフなんかは、他の楽器を越えて、民謡モチーフにも聴こえます。

グラス:おっしゃる点は分かりますよ。白い馬とインドからの逃亡の場面でしょう。それが出来た時をよく覚えています。

 私たちは芸術家のスタイルなどについて話したりしますが、面白いことは、音楽家や画家が不意に何かに動かされ、突然それまでやっていた事を、もうやらなくなったりする事があるということです。我々は、それにいつも気づくのですが、いつも驚かされるんです。しかし、ある意味それはどの作品においても素敵な瞬間であり、映画でも小説でも、我々はその瞬間を待ち望んでいる、惹かれていると思います。

 インドからの逃亡の場面についてちょっと話させて下さい。それは長さ22分の場面で、1巻より長いものです。スコセッシは巻を変えないで撮りたかったので、ディズニーの許可を得なければならなかったのです。彼は後に、それは映画音楽の歴史の中で最も長い単一曲演奏だと私に言いました。スコセッシなら知っているはずです。彼がそう言うのなら本当だろうと思いましたが、私はその時点では知りませんでした。彼と一緒に製作にあたっていましたが、私はヨーロッパツアーにいっており、映画も終盤になっていました。その曲を書きに時間内には戻れるだろうと思っていましたが、彼はちょっと先に進んでいたんです。それから彼から連絡があり、私に、今とても難しいシーンを作っているんだといいました。回顧シーンがあり、夢を見るシーンがあるものです。そして、これはとても驚くべきことなんですが、彼は私に、このシーンを作る音楽が必要なんだと言いました。私はニューヨークに戻り、週末が空いていたので、作業に取り掛かり、ほとんど同じような内容でしたが、急いでそのシーンに必要なだけの曲を仕上げ、彼に渡しました。けれど、その時スコセッシは、その最後の部分の音楽がどうしても欲しかったので、曲を受け取るまで彼の作業を中断していたくらいなんです。

トバイアス:それは監督と作曲家との関係の歴史という点では、とても珍しいことですね。この映画のテーマのひとつはもちろん亡命です。この映画はダライ・ラマの亡命の話です。そして、何度も現れるテーマのひとつは、人生の変化であり、その対応であり、抵抗と政治的危機です。そして、ダライ・ラマを演ずる役者に与えられた台詞のひとつは、非暴力は時間を要するというものです。そこで、この部分の音楽には何か主張するものがあるように思えます。形式的要素の組み合わせ、つまり、色、パターン、流れ、リズムという点では、たくさんの形式的な質が組み合っているように思います。しかし、意味的観点から言うと、音楽の変化はこの部分に役立っているという感じがするんです。

グラス:なかなかこんな機会もないので、説明したいのですが、その音楽のテーマというのは実は、その20年前に私が作ったオペラ「サチャグラハ」に関係しているんです。そのオペラは、非暴力を通じての社会の変容について、ガンジーの人生を表現したものです。ですから、あなたがおっしゃっている非暴力を通じての変化というテーマは、舞台という形でそれより20年前に伝えたものだったんです。ですから、この映画の話が来た時、私にとっては、とても慣れた分野だったんです。それらのテーマは同じではありませんが、言わせて頂けば、映画が目指したものは、20年前に手がけたオペラと、とても似ていたので、とてもくつろいだ感覚で制作できました。

――訳:クリスタル・ブルネリ、倉岡正高

 


ジェイムス・トバイアス James Tobias

カリフォルニア大学リヴァーサイド校、映画・映像文化及び英語学科デジタル・メデイア学の助教授。主に映像文化における音楽、インタラクティヴ・メディア、ニューメデイア、映画におけるジェスチャーを研究している。現在ネットワークメディア、媒介性、相互作用についての書籍を執筆中。ロサンジェルスに在住。

[戻る]


●コンサート情報

出演:
フィリップ・グラス+フィリップ・グラスアンサンブル
16名のオーケストラ
公演日時:
2003年10月17日(金) 19:00開演 『コヤニスカッティ』
2003年10月18日(土) 17:00開演 『ポワカッティ』
※18日のみ アフタートーク:フィリップ・グラス+スペシャルゲスト
場所: すみだトリフォニーホール
お問い合わせ:カンバセーション 03-5280-9996

●劇場公開情報

『ナコイカッツィ』2004年2月、ユーロスペースにて公開予定。