船越 昌隆(ふなこし まさたか、文化9年(1812年)- 明治19年(1886年)8月1日)は、幕末の広島藩家臣。八百十郎(やおじゅうろう)という通称で知られている。子に後の枢密顧問官・男爵の船越衛、海軍大将・子爵の加藤隆義がいる。