團團珍聞(まるまるちんぶん)は、1877年(明治10年)から1907年(明治40年)まで刊行された、主に週刊の戯画入り時局風刺雑誌である。マルチンと呼ばれた。社説にあたる茶説・洒蛙説(しゃあせつ)のほか、狂句・狂歌・風刺戯画で藩閥政府を皮肉って人気を呼び、自由民権運動の機運をあおった。『團々』、『団団』、『団々』と書いている資料もある。一時期、妹格の『驥尾團子』(きびだんご)誌もあった。