唐物抜荷事件(からものぬけにじけん)は、江戸時代後期の天保6年(1835年)、天保11年(1840年)の二度に渡って新潟町を主な舞台として発覚した、中国製品(唐物)の抜荷事件である。事件の発生地である新潟では事件後新潟町が上知され、薩摩藩や琉球王国、蝦夷地、そして長崎で抜荷対策が強化される等、各地に事件の影響がおよんだ。