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厭離穢土 (おんりえど、えんりえど)とは、浄土教の用語。欣求浄土と対句で使われることが多い。読みは、辞書によっては「えんり‐」を採用しており、「おんり - 」を誤りとするものもある。 この娑婆世界を「穢れた国土」(穢国)として、それを厭い離れるという意味であり、阿弥陀如来の極楽世界は清浄な国土であるから、そこへの往生を切望するという意味。 語源は、寛和元年(985年)に出された源信の仏教書である『往生要集』冒頭の章名に由来するが、その内容は「欣求浄土(ごんぐじょうど)」とともに、浄土教思想の基本的特質を表している。

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  • 厭離穢土 (おんりえど、えんりえど)とは、浄土教の用語。欣求浄土と対句で使われることが多い。読みは、辞書によっては「えんり‐」を採用しており、「おんり - 」を誤りとするものもある。 この娑婆世界を「穢れた国土」(穢国)として、それを厭い離れるという意味であり、阿弥陀如来の極楽世界は清浄な国土であるから、そこへの往生を切望するという意味。 語源は、寛和元年(985年)に出された源信の仏教書である『往生要集』冒頭の章名に由来するが、その内容は「欣求浄土(ごんぐじょうど)」とともに、浄土教思想の基本的特質を表している。 (ja)
  • 厭離穢土 (おんりえど、えんりえど)とは、浄土教の用語。欣求浄土と対句で使われることが多い。読みは、辞書によっては「えんり‐」を採用しており、「おんり - 」を誤りとするものもある。 この娑婆世界を「穢れた国土」(穢国)として、それを厭い離れるという意味であり、阿弥陀如来の極楽世界は清浄な国土であるから、そこへの往生を切望するという意味。 語源は、寛和元年(985年)に出された源信の仏教書である『往生要集』冒頭の章名に由来するが、その内容は「欣求浄土(ごんぐじょうど)」とともに、浄土教思想の基本的特質を表している。 (ja)
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  • 厭離穢土 (おんりえど、えんりえど)とは、浄土教の用語。欣求浄土と対句で使われることが多い。読みは、辞書によっては「えんり‐」を採用しており、「おんり - 」を誤りとするものもある。 この娑婆世界を「穢れた国土」(穢国)として、それを厭い離れるという意味であり、阿弥陀如来の極楽世界は清浄な国土であるから、そこへの往生を切望するという意味。 語源は、寛和元年(985年)に出された源信の仏教書である『往生要集』冒頭の章名に由来するが、その内容は「欣求浄土(ごんぐじょうど)」とともに、浄土教思想の基本的特質を表している。 (ja)
  • 厭離穢土 (おんりえど、えんりえど)とは、浄土教の用語。欣求浄土と対句で使われることが多い。読みは、辞書によっては「えんり‐」を採用しており、「おんり - 」を誤りとするものもある。 この娑婆世界を「穢れた国土」(穢国)として、それを厭い離れるという意味であり、阿弥陀如来の極楽世界は清浄な国土であるから、そこへの往生を切望するという意味。 語源は、寛和元年(985年)に出された源信の仏教書である『往生要集』冒頭の章名に由来するが、その内容は「欣求浄土(ごんぐじょうど)」とともに、浄土教思想の基本的特質を表している。 (ja)
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  • 厭離穢土 (ja)
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