中島 與曽八(なかじま よそはち、慶應4年(1868年)2月19日(3月12日) - 昭和4年(1929年)10月6日)は、明治・大正期の大日本帝国海軍軍人、工学者。最終階級は海軍機関中将。位階は正一位、功級は功一級、勲等は大勲位旭日大綬章、勲四等瑞宝章、学位は工学博士。諱は永清。