先日,国立情報学研究所(NII)と情報処理推進機構(IPA)が「IT人材の育成に向けて産学の連携を強化する」という主旨で協定を締結したと発表した(関連記事)。この発表会で,NII側の出席者が「NIIではトップエスイーというプロジェクトで数年にわたってIT人材を育成している」と話していたのだが,恥ずかしながら記者は,NIIのこともトップエスイーのことも詳しく知らなかった。

 コンピュータ雑誌が,NIIやトップエスイーを取り上げることはあまりない(とは言い切れないかもしれないが,少なくともITproで「トップエスイー」で検索して引っかかるのは上の記事だけである)。このため,NIIやトップエスイーについてよく知らない人も多いのではないだろうか。

 そこで,NIIに取材を申し込み,トップエスイーについて詳しく話を伺うことにした。対応していただいたのは,トップエスイープロジェクトのリーダーを務めるNIIの本位田 真一教授である。

ITエンジニアに,新しいツールや手法を実践的に教える

 NIIの前身は,大学間ネットワークの運用や学術コンテンツ検索といった大学向けのインフラを提供していた学術情報センター。この学術情報センターが2000年4月に,「情報学」の中核的な研究機関として,国立情報学研究所(NII)に生まれ変わった。「情報学」についても記者は詳しく知らなかったのだが,計算機科学(コンピュータ・サイエンス)や情報工学だけではなく生命科学や人文・社会科学も包含する総合的な学問分野だそうだ。

 トップエスイーは,NIIが進めている様々なプロジェクトの一つで,2004年にスタートした。文部科学省の科学技術振興調整費(期間は2004年から2008年で金額は1億円/年)の適用を受けており,NTTデータや日立製作所,東芝,日本電気など20社の企業が協賛している。スタート当時はNIIのプロジェクトだったが,現在はNII内の研究センターの一つとして2008年4月に設立した「先端ソフトウェア工学・国際研究センター(GRACE)」のプロジェクト,という位置付けになっている。

 「学生は大学で実践的な教育を受けていない。このため,せっかく大学で先端的な技術を学んでも,ベンダーに就職後に現場で活かせないという問題がある。一方ベンダー側では,先端的な技術を現場で活用できる高度なSEが不足している」(本位田教授)。この産学に横たわる「ギャップ」を埋めるのがトップエスイーの目的である。

 ではどんなプロジェクトかというと,一言で言うと,社会人(ITエンジニア)向けに先端的なツール・手法を教える“学校”だ。入学時期は秋で,期間は1年半。授業は社会人が受講しやすいように午後4時半開始(1日2コマで1コマ90分)で,授業料は無料だ。現在は30人強の第三期生が授業を受けている。

 受講生は,協賛企業が推薦したエンジニアか一般公募に応募したエンジニア。一般公募の場合は,入学試験と面接試験に合格しなければならない。受講生は,「プロジェクト・リーダー一歩手前の30歳前後のエンジニアが最も多い」(本位田教授)という。

 講座としては「形式仕様記述」「コンポーネントベース開発」「ソフトウェアパターン」「アスペクト指向開発」など約20の講座を提供しており,受講生はここから8つの講座を選択する。「コンポーネントベース開発」なら「JUDE」というように,講座ごとに利用するツールも決まっている。

 各講座の教材(教科書やソフトウエア・プログラムなど)は,講座ごとのワーキンググループ(メンバーはNIIや大学の教員と協賛企業のエンジニア)が1年くらいかけて作成した。教材は,書籍にもなっている(SPINによる設計モデル検証など)。

 講座の特徴は2つある。一つは,協賛企業が「高信頼な病院システムの設計/実装」といった「実問題」を提供し,その実問題に対して実際にツール・手法を適用する演習中心の授業ということ。もう一つは,受講生がグループを編成してグループで演習に取り組むこと。「異なる企業の同世代のエンジニア同士がグループを組んで議論しながら演習に取り組むので,エンジニアにとっては良い刺激になる」(同)という。

 卒業するためには,8つ以上の講座の単位を取得したうえで,受講生の仕事上の問題にツールや手法を適用してその結果を発表する「修了制作」も完了しなければならない。授業内容は結構高度なので,1年半で卒業できるのは7割程度だそうだ。

教材を誰でも閲覧できるポータルサイトを公開へ

 トップエスイーの授業はこれまで無料だったが,2009年に始まる第四期以降は有料になる(授業料は年間54万1200円)。これは,2008年で科学技術振興調整費の支給が終わるためだ。第四期以降は,入学時期は春で期間は1年,4講座の単位を取れば卒業できるようにする。受講する講座を選べる短期コース(1講座15万円)も提供する予定である(短期コースは2009年に設立予定の特定非営利活動法人「トップエスイー教育センター」が提供)。

 「トップエスイーでは教材の作成に力を入れた。非常に素晴らしい教材が出来たと思っている」と本位田教授は語る。この教材を広く普及させるために,トップエスイーの教材を自由に閲覧できるポータルサイトの公開も計画しているという。ポータルサイトは,2009年3月に限定公開し,2010年3月までに一般公開する。ポータルサイトでは,トップエスイーの教材だけではなく,大学院で高度IT人材を育成する取り組みである文部科学省の「先導的ITスペシャリスト育成推進プログラム」(関連記事1関連記事2)で作成された教材も,閲覧できるようにする。

 ポータルサイトで閲覧できる教材は,テキストだけでなく動画も含む。「座学の部分に限られるが,トップエスイーのすべての授業を自由に見られるようにする。ITエンジニアの皆さんにぜひ活用してほしい」と本位田教授は最後に締めくくった。