中国に董事長として赴任することになったという知人から、どうしたら中国の現地従業員をうまく働かせることができるかと聞かれた。私は、かつて中国企業を買収し100名以上の中国人従業員をマネジメントした経験がある。そのときは、ずいぶん苦労をした。

 どうしたら上手く中国人の部下をマネジメントできるかというのは、とても難しい問題である。突き詰めると、結局は中国人をトップに据えて任せた方がいいという結論になってしまいがちだ。我々日本人には理解しがたい中国人のプライドや面子の問題があるからである。ただ、自身の経験から、どうすると中国人と上手くいかなくなるか、中国人の部下を怒らせてしまうか、ということについては十分に経験している。それをあらかじめ知っているだけでも、ずいぶんと結果は違うのではないかと思う。

場面1:みんなの前で叱って「面子をつぶすこと」

 これをやってしまったことがある。従業員全員にそのミスについて詳細を共有しておこうとしただけで、ずいぶんやわらかく説明したつもりだった。しかし、その中国人従業員は会社を辞めると同時に競争相手企業に転職し、徹底的、かつ執拗に当社の顧客を奪っていった。私に面子をつぶされたと感じた彼は、きっと今でも私のことを恨みに思っているのだろう。

 何か中国人従業員が仕事で失敗した場合、みんなの前で叱ったり、その過ちをケースとして皆に失敗をしないことと諭したりするのは最悪だ。面子をつぶされたと感じた中国人は、大げさにいえば末代まで恨む。こうなってしまったら、まず関係修復は不可能だ。

 日本では、時間が忘れさせるとか、水に流すと言った考え方がある、それは、中国にはまったくない。それがどれくらい執拗かというとこんなエピソードが中国にはある。900年近くも前のこと、南宋の宰相だった秦檜(しんかい)将軍の話である。彼は隣国である金との和平を進め講和を結ぶが、その過程で軍閥を弾圧し、さらには権力保持のために恐怖政治を敷いた。このため、その名は売国奴として後世にまで語り継がれ、杭州の岳王廟にある秦檜夫妻の像に唾を吐きかける人は今でも絶えない。日本には、死ねばどんな悪人でもその罪が許されてしまうという考え方があるが、中国にはそのようなものはない。だから、自分は覚えていなくても、相手の中国人は心の中でずっと恨み続けていたりするのだ。  

場面2:そんなこと常識だろうと「自分で考えさせる」

 最悪な言葉は「そんなことは当たり前だろう」「常識で考えてくれ」「大学を出ているのだから自分でなんとかしろ」「言わないとわからないのか」などだ。場面1で指摘した面子を傷つけるだけではない。こう言われると、中国人従業員は、自分の利益を中心に勝手に考え行動し始めるのだ。

 かつて私は、まとまった会社の運営費用を中国人総経理に渡したことがある。そのとき、「この金を上手く運用してください。現地の総経理なのだから常識で考えてくれればいいと思います」と言ってすべてを彼に委ねてしまった。会社には、予算があり、董事会でもその予算についてしっかり議論した後だったので、その総経理はしっかり予算通り進めてくれると考えていた。

 すると、3カ月ぐらい経って「すでにお金がなくなってしまいました。再度、まとまったお金を送金してください」との連絡がきた。6カ月分以上の資金だったはずなので「予算通り進めていれば足りなくなるはずは絶対にない」と問い詰めた。すると総経理はキョトンとしているではないか。調査してみると、すでに最初の2カ月で6カ月分の金を使い切ってしまったのだ。「これは背任だ」と思い首にしようとしたが、まわりの中国人経営陣に止められた。「彼は、職務を果たしたまで」「売れ行きが大きくなってきたから、在庫を増やしどんどん資金を使っただけのこと」「彼にとっては最良の判断だった」と。

 「なぜ、報告や相談を私にしなかったのですか」と問い詰めると、「なぜ、報告をしなければならないのですか。私に委ねたはずです」と反論してきた。「会社には予算があって、会社のことを考えて行動しなければ」と言うと、通訳も中国人経営陣が全員キョトンとした顔になってしまったので、もうこれ以上は追及するのをやめた。

 任せず、しっかりと管理をするのは私の仕事だったのだ。予算を守り、計画になかった出費については事前に報告をするべきというのは、日本人の論理でしかない。

場面3:「言い返す」

 「もう少し待遇を良くしてください」と突然、社員代表の中国人従業員が私の所に直談判してきた。私は、「給与も先月上げたし、職場の改善、食堂の改善、トイレの改善、次々と良くしていっている」「もう十分に待遇を良くしているはずだ」と反論した。

 すると、「食堂は、我々の必ずしも好みのものが出ません。それに値段が高い」。で私は、メニューを決めたのは彼らだったのでカチンときて「そんなに気に入らなければ、自社の食堂を使わなければいい」と言った。すると、彼らは「そんな食堂は意味がない。だいたい・・・」とこの言い合いが延々と続いた。どんどん論点がずれてきて、そもそも彼らは、どの点を改善して欲しかったのか、それすら聞けなかったのである。

 後で、これが深刻な問題に発展する。そもそもは、競争相手の企業が給料を上げたが、その上げ幅に比べて当社の給与が10%ほど低かったのでせめて、数%でも上げて欲しいという要望だったのだ。日本と違って、中国人同士は、よく給与明細を見せ合う。他社の給与についてもほぼ知っていると考えてよい。だから、他社と比べて少しでも給与が低いと転職してしまう。特に営業マンの転職は激しい。

 結局、どっと従業員が競争相手に流れてしまった。あの時私は、くだらない反論をするのではなく、しっかりと相手の言い分を聞くべきだった。それをしていれば防げた事態だった。

 中国人との会話では、言い返したり、反論をしたりするのは得策ではない。永遠と反論が続き、論点がどんどんずれていってしまう。こうした場面は、商談、特に見積もり商談でも見られる。中国人は必ず見積もりに対して値切ってくる。そのときに日本側はしばしば「その値切りは不当なものだと」反論をする。これは賢いやり方ではない。頭から反駁するのではなく、いくらにすれば納得するのか、お互いいくらの利益が享受できるのか、反論ではなく、確認作業をするべきなのだ。話が難しくなった場合は、一度、席を外すのもいい。反論の連鎖を避けるべきだからだ。

 最後にもう一つ。最悪の捨て台詞は「日本人だったら」の一言である。この言葉を発したら、あなたの中国でのビジネスは全て終わる。けれども、日本人経営者は中国でのビジネスで問題が起きるたびに「日本人だったら」と思っているのではないか。だから、とっさのときに最悪の言葉が出てしまう。

 相手を変えようなどというのは不遜だろう。自分の気持ちや考え方を切り替える以外に、中国で「上手に」やっていく手段はない。

本稿は、中国ビジネス専門メルマガ『ChiBiz Inside』(隔週刊)で配信したものです。ChiBiz Insideのお申し込み(無料)はこちらから。
山田 太郎(やまだ・たろう)
株式会社ユアロップ 代表取締役社長
1967年生まれ。慶応義塾大学 経済学部経済学科卒。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)などを経て、2000年にネクステック株式会社(2005年に東証マザース上場)設立、200以上の企業の業務改革やIT導入プロジェクトを指揮する。2011年株式会社ユアロップの代表取締役に就任、日本の技術系企業の海外進出を支援するサービスを展開。日中間を往復する傍ら清華大学や北京航空航天大学、東京大学、早稲田大学で教鞭をとる。本記事を連載している、中国のビジネスの今を伝えるメールマガジン『ChiBiz Inside』(発行:日経BPコンサルティング)では編集長を務める。