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年頭の挨拶

 
一般社団法人日本地質学会
会長 山路 敦


地質学における大漁を願って.室津港にて


 あけましておめでとうございます.初夢,というか,独創性について夢のようなはなしを最初に.

 いろいろ独創的といわれる研究がありますが,知の根本問題は古代から変わらないのではないでしょうか.すなわち,その第一は,この世の起源と仕組みで,地球史やローカルな地史は前者に含まれます.また,火山活動やテクトニクスのメカニズムの研究は後者に含まれます.歴史物語としての知識の集積や,事象がどのように継起するかという経験則の把握をこえて,地史を理解するために後者は不可欠です.歴史とメカニズムの解明が両輪となって地質学は進んでゆくのです.多くの地質学者がその両方に貢献してきましたし,今後も貢献が積み重ねられてゆくでしょう.皆さんの成果もそれに含まれます.

 あえて古代から,というのは,たとえば宇宙の起源です.西ローマ帝国の末期,西暦400年前後を生きたアウグスティヌスというキリスト教の教父は,「天地創造のまえ,神は何をしていた?」という異教徒からの揶揄にたいして,時間もまた創造されたのだと答えたそうです.こうした応答は,明らかに20世紀以後の宇宙論にも残響してます.17世紀の科学革命で,答え方や答えるための社会的仕組みがそれ以前にくらべて大きく変わりましたが,チャレンジすべき真に根本的な問題は古代から変わっていないのではないか.

 そうした問題の第二は,自由意志の起源です.すなわち,われわれの行動がすっかり運命にからめとられているのか,そうでなければ,その自由は何に由来するのかです.アウグスティヌスは,自由意志は善悪に関して非対称であるといいます.つまり,われわれは悪をなす自由をふんだんに与えられているが,善をなす自由を持たないと.ただ神の恩寵によってのみ,人のおこないは善とされると.このように自由意志論は長く複雑な歴史をもち,また,われわれが社会をどうつくってゆくかにもかかわる根本問題なのです.成功しているか否かはおくとして,物理学者はこの問題にも果敢にチャレンジしています.たとええば,ロジャー・ペンローズは自由意志の起源を,神経細胞内の特定器官における,量子的ゆらぎで説明できると考えました.では,このチャレンジをした地質学者はおられたでしょうか.私自身は何も思いつきませんが,これについて重要な貢献をすることは,千年に一度の,地質学からの真に独創的な貢献になるのだと思います.

 さて,今年は昭和100年.多事多難な時代が再びめぐってきそうな気配です.多くの学協会同様,本会にとって,会員数の減少は大きな中・長期の問題です.人口が何割も減るのだから,わが国が地下資源の輸出大国にでもならない限り,会員数の長期減少は不可避でしょう.グラフの傾きをいかに緩やかにするか,また,減少状況下で活力をいかに保つかについて,知恵をしぼらねばなりません.

 本会では学生会費を新設したり,年会時に保育施設利用費を補助したり,地質技術者としてのキャリアパスを学生層に知らせたり,といった施策をすすめてきました.新入会員の獲得に努めることはもちろん,若手や中堅層へのそうした手当てはさらに伸ばしてゆくべきものと考えますが,シニア層に対する施策となると,ほぼ手付かずでした.

 このことをあえて取り上げるのは,今や本会の会員の約1/3がシニア層だからです.この比率からいって,この層だけを対象に経費のかかる事業を展開することは難しいでしょう.この層の方々には退会することなく,本会の会員であることを楽しんでいただき,また,本会で活躍の場を見出していただくことが,財政面からも求められているのです.そこで,シニア層の満足度をいかに上げるかを探るため,この層の皆さんを対象に,どんな事業を希望し,また,どんなことで活躍していただけるか,まずアンケート調査を始めたところです.これについてアイデアをお持ちなら,年齢層かにかかわらず,ぜひお知らせください.老人支配にならないよう留意しつつシニア層の満足度を上げるべく,施策を考えてゆきたいと思います.

 会員数の長期減少下での活力維持のために,地質学雑誌の活用はどうでしょう.人が減るとともに,知識が失われることは必定です.「だれだれが退職して,なになにができる人が居なくなってしまった」という話を最近耳にします.現在は少なからぬ人々が共有していて,たいして価値がないと思われている知識や技術であっても,『猿の惑星』にでてくる人類同様,なくしかねない思います.たとえば2060年に,定方位の薄片を作って定量的な観察することが,本会の会員にできるでしょうか.応用地質であれ地学の中等教育であれ,本会がカバーするどのサブ分野でも,失われる知識や技術はいろいろあるでしょう.ちょっとしたこと,と今は思われるものでも,そのtipsを和文で残しておくことが,地質学界の活力維持の助けになるように思います.そうしたことを,専門部会で企画されてはいかがでしょう.

 はなしは変わりますが,ここで研究不正について一言.主体的に研究不正を犯さないことは当然ですが,不正事案に巻き込まれることにも注意しなければなりません.たとえば,共著者として巻き込まれないとは限りません.それを防ぐためには,安易に著者に名を連ねるべきでないでしょう.名を連ねようとするなら,共著者の資格や義務をよく理解すべきです.場合によっては,共著者になるよう要請されたとしても,謝辞で名前に言及するにとどめるよう主著者に要請することが,選択肢になり得ましょう.

 不正防止のための教育は,十年ほど前から大学では必須となっています.指導教員は各学生に研究公正教育を定期的に行うよう求められていて,それを怠れば,今やそれだけでハラスメントとみなされます.十年以上前に企業に就職,または,初等中等教育の教職に就かれた皆さんが論文を執筆したり共著者に名を連ねたりするときには,オーサーシップに関する最近の規制などを調べていただくことが,ご自身や所属する組織の名誉をまもるために必要になっております.

 最後になりましたが,本年が皆様にとって良い年となりますよう,心からお祈り申し上げます.

2025年1月
一般社団法人日本地質学会
会長 山路 敦